46.公爵

 結局、上から目線にはさらに上から目線よね、とにっこり笑う義母上とヴィーの意見が受け入れられた。つまり俺は、一度エルザント公爵家と養子縁組をすることになるようだ。ははは、一瞬だけど公爵家子息だってさ、俺。

 で、了承の手紙を送った五日後にはハーヴェイのお屋敷にお客人がやってきた。……ここから王都まで、三日ちょっとはかかると思ったんだけどなあ。どんな速度だ。


「初めまして。エルザントの当主、アーカイルだ」


 そうしておいでになったお客人……エルザント公爵家当主アーカイル様は、キラキラ光る銀色の髪に深い赤の瞳を持つ細身の男性だ。

 俺は王族の方と面会するのはこれが初めてなので、少し緊張している。保護者として一緒にいてくれる義父上のリラックスぶりが羨ましい。義母上はヴィーと共に、隣の部屋でお茶してるとのこと。……まあ、いいけど。


「セオドール・アルタートンです。この度は、お話をありがとうございます」


「いやいや。ご実家のお間抜けさには、苦労されただろうねえ」


「あー、ははは」


 あの、そのお言葉に俺はどう答えたらいいんだよ。いや、答え自体は「はい」なんだけどさ、さすがになあ。

 同じことを考えてくれたらしく、義父上がツッコミを入れてきた。


「アーカイル、そうはっきり言ってやってはセオドール君がかわいそうだろうが」


「いやだってクランド、実の息子がはっきり言えないなら周りが言ってやるほうがいいだろう?」


「アルタートン家が間抜けなのは、セオドール君には関係ないからな?」


「分かってるよ、そんなこと」


 義母上を取り合って二人してどつかれた、だけあって仲が良さそうで何より。義母上が義父上を選んだこともアーカイル様は納得されているとのことで、今はきちんとした奥方がおられるとのことだ。

 ……俺の養子縁組についてはその奥方からも許可もらってるらしいので、一安心である。話がきちんとまとまったら、改めてお礼の手紙を書こう。うん。

 それはそれとして、義父上と養父上……になる人がすっかり二人で仲良し会話をしておられるので、方向性を戻そう。


「……あのー」


「ああ、ごめんごめん」


「む、すまんなセオドール君。アーカイルと顔を合わせるのは久方ぶりだったもんでな」


「それはそうですね」


 一応二人とも謝ってくれたし、久しぶりに会う友人同士なので良いことにするか。王都に住まう公爵と、辺境地を治める伯爵だもんね。ほいほい会うわけにはいかないよな。

 ……そうすると、アーカイル様は何で俺を養子にすると申し出てくれたんだろう。俺のことをそう知ってるとは思えないけれど……と考えたところで、御本人からお答えが提出された。曰く。


「うちの娘がセオドール君に一目惚れしたので、アルタートン家について調べるから手伝え。九年前、クランドが僕に言ってきた言葉だよ」


「え」


 何やってんですか義父上、と視線を向けた先には、ニンマリと楽しそうに笑う義父上がいた。いや、確かに俺とアルタートン家のこと調べたとは聞いたけれど。


「というわけで、僕は君についてはそれなりに知っている。もちろん、調査依頼をしてきたクランドとか調査してくれた部下以外に漏らしたりはしてないけどね。部下たちももちろん、口を閉じてくれている」


「そんなことはしない、と信用しているから依頼したんだ」


「うん、ありがとう。領地を持たない公爵として、国を守ってくれてる辺境伯家の信用には答えないとね」


 俺について、家について調べていることをアルタートンに知られない。それができると義父上が分析して、調査を手伝ってもらった相手なんだ。そのおかげで俺が今ハーヴェイにいられるのだから、感謝しかないよな。

 それにね、と言葉を続けたアーカイル様に、俺は視線を戻す。他にも、何かしていただけていたんだろうか。


「一応ね、僕の方からも王都守護騎士団やアルタートンにはそれとなく申し入れしてたんだよ? 事務処理に関して部外者が関わっていないかとか、次男がいるのは分かっているんだから少しは外で働かせてやったらどうだとか」


「そ、それはまた……」


 いやものすごく色々してくださってたらしい。俺の扱いに変化はなかったから、聞き流されてたんだろうな。

 良いのかそれ、王都守護騎士団もアルタートン伯爵家も。相手、公爵よ?


「僕、陛下の側つきとして王都の事務処理の統括してるんだ。だから、書類の中身なんてそれなりに見るしどこの家にどれだけ子供がいるのかも分かってる。君がほとんど家の外に出たことがないことなんて、調べるまでもない」


「は、はい」


「ただ、いくら公爵でも人の家の中まで、そうそう手を突っ込むわけにはいかなくてね。そのせいで、君には長らく苦労をかけたんじゃないかな。ごめんね?」


「いえ! あの、お気遣いいただいて、ありがとうございます!」


 実家やその周りはともかくとして、俺のことを気遣ってくれていた人がここにもいた。

 俺はそのことに、頭を下げて礼を言う。それから、謝罪も。


「それより、アルタートンの父や兄が公爵の言葉をきちんと受け取れなくて申し訳ありません」


「ああ、そこは気にしてないよ。おかげで、セオドール君をうちの息子にするチャンスができたし」


 いや本当にごめんなさい、としか言いようがない。本気で大丈夫なのかな、父上と兄上。

 王都守護騎士団は……団長が何も知らなかったとしても、監督責任はあるよなあ。もう、どうにでもなーれとしか言えないな、俺。


「なら、さくっと手続きしてしまえばいいか」


「うん。養子縁組には実家の許可も要るけど、アルタートンの先代に話は通してあるから」


「何さっくりと外堀埋めてるんですか。ありがたいですが」


 そう言えば、お祖父様に何とかしてもらうって手があったか。そうそう、お話できたわけではないし……うっかり変な話漏らそうものなら、あとであの二人に袋叩きされてる可能性もあったからなあ。


 本当に、義父上と養父上には感謝この上ない。

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