45.立ち位置
アルタートンとハーヴェイの模擬戦が行われて、十三日後。
俺たちは模擬戦が終わってすぐにいそいそとアルタートン領を離れたので、その後どうなっているかはよく知らなかった。ルビカたちと一緒に義父上に報告したところ、いい笑顔で「あとは私たちが調べるから、ゆっくりしておいで」って言われたからね。
で、今日になって俺とヴィーは義父上のところに呼ばれた。義母上も一緒にいて、結果としてお茶会となったのだけれど。
「まあまあ。ベルベッタ夫人、実家に帰ってたんですか?」
「そのようですわよ。知り合いのご夫人からお手紙を頂いたですけれど、『お父様にお話してみます』とか何とか言って、うまく逃げ出したようですわ」
「兄上がそういう台詞聞いたら、多分自分に有利な話だと思い込んで許可するでしょうね」
ヴィーの疑問に対し、義母上がころころと笑って答える。というか、ベルベッタ夫人の言い方に何となく似てる気がする。
まあ、結婚式の参列者にご友人でもいたのだろう。アルタートンとハーヴェイ、どちらも武門だから交友関係が被っていてもおかしくないもんな。
というか、ガーリングのご両親は確実に式にいたじゃないか。新婦の両親なんだし。それで、しばらく滞在していたところにああいう話を出されたのでいそいそと娘を連れて帰ったってことか。いや兄上、少しはおかしいとか思えよ。
「その実、ガーリングはアルタートン周りの調査をして、その結果を王都守護騎士団の団長閣下に進言申し上げたとさ。もう少し早くやらんもんかね」
「アルタートン家は、王家の覚えめでたい武家ですから。ガーリング家は伯爵夫人の親族ですし、そういう家の次期当主だから大丈夫だろう、と甘く見ておられたのでしょうね」
その結果を義父上と義母上が、呆れ顔で紡いだ。呆れと言うか……ばっかじゃねーのおめーら、とか言いそうな表情。
先に調べておけばよかったのにね、とは俺も思う。九年前、俺と約束を交わしてくれたヴィーの話を聞いて調査をしてくれたハーヴェイを見習え、とも。
「で、だ」
と、急にお二人の視線が俺に集中した。真剣な表情に切り替わっているのが分かる、何かあったな。
「そのアルタートン家の当主閣下から、大変にしょうもない申し出があったそうですの」
「はい?」
ただし義母上のほうが、さっきと同じ顔に戻る。えーと、多分父上に馬鹿じゃね、とか言いたい感じで。
……まあ、馬鹿な申し出なんだろうけどさ。義父上が無造作に広げる、アルタートンの蝋封の付いた封筒から出された便箋に書いてある話は。
「『次期当主たるロードリックの不祥事を恥ずかしく思う。ついてはハーヴェイ家への風評被害を防ぐため、次男セオドールをアルタートンにお戻し願いたい』だとさ」
『は?』
思わず出た声は、ヴィーと全く同じものだった。
いやよくそんな申し出できたな? 要するに俺をアルタートンに戻して、兄上の後釜なり補佐なり執務押し付けなりする気だろうが。
ふるふるふると首を必死で横に振る、帰ってたまるかという俺の意志を義母上は「安心なさいな」と笑って受け止めてくれた。
「もちろん、謹んでお断りいたしますわよ? わたくしたちはアルタートンの家と縁を結びたいのではなく、セオドール君をヴィーの婿にしたいだけなのですから」
「まあ、セオドール君の頑強さはアルタートンゆえのものだから、それは否定しないけれどね」
義父上の思惑自体は、俺がこちらに来たときに聞かされているからなんとも思わない。ぶっちゃけ、後々生まれるであろう俺とヴィーの子どもたちにアルタートンの丈夫な身体が遺伝してくれれば、それはそれで嬉しいことだし。
「そ、それは安心しました。正直、俺もアルタートンに帰りたくはないので」
「ふふ。何があっても、わたくしがセオドール様を離すことはありませんわ」
なので俺も本音を素直に言うと、ヴィーが俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。う、ちらりと上目遣いにこちらを見てくる表情が可愛い。笑って返そう、うん。
で、そのヴィーが俺から義両親に視線を移したので、俺も移す。
俺たちの中では結論はまとまったけれど、外に向けてどうするか。そういう話だろうな。
「でもお父様、お母様。実際、今後何やら言ってくる方はおられると思うのですが」
「それなのだけどね、ヴィー」
大変に上機嫌な義母上は、自分の側に積んでいた数通の封書を手に取った。それぞれ、蝋封で閉じられていたようだけど。
「セオドール君を養子に迎えたいお家から、いくつか打診が来ているの。そちらのお家からうちに婿に来る、って手があるのだけどどうかしら」
「は」
一度別の家に養子に行って、そこからハーヴェイの婿になる、とな。
これが女性の場合だと、いくらか話を聞いたことがある。女性の実家が嫁ぎ先と釣り合わない身分の場合によくやる手、らしい。
いやまあ、最終的にはハーヴェイの、ヴィーの婿になるんだけどさ。
「何なら、エルザント公爵家からも話が来ているからね。そこの養子ってことなら、アルタートンも太刀打ちできないだろ?」
「……公爵家、ですか……」
いやいや待て待て義父上、公爵家ですか。いえ、エルザントなら俺でも知ってますよ。
数代前の王弟殿下が、臣籍降下して創った公爵家。領地を持たず、王都に邸宅を構えている。やっていることは主に王家の補佐で、低いながら王位継承権はあるけれど基本的に誰が継ぐかボケ、というのが家訓らしい。以上、兄上の部下の噂話より。
情報源が情報源なだけに信憑性は低いけれど、創立の経緯辺りは確かなはずだ。で、何でそこの家から俺を養子にしていいよ、なんて話が来るんですかね。義父上。
「今の当主のアーカイルとは、マージの取り合いをした仲でねえ」
「あらあら、同年代の交流パーティで子供のような喧嘩をしておられただけじゃないの。私がお二人をお止めしたのよ、拳で」
「……公爵家の方をどついて大丈夫だったのですか? お母様」
「現公爵様が俺が悪かった、とご自身のご両親の前で明言なさったもの」
「俺も悪かったごめん、って言ったぞちゃんと!」
…………。
俺たちの時よりはまあ、ちゃんとした方々だったんだなあ、と思う。
「まあまあセオドール様。お申し出くださったお家をそれぞれ確認して、それから考えましょう?」
「そうだね、ヴィー」
ともかく、アルタートンとバッサリ縁を切るにはこの手が一番だろうな、と俺は思った。
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