43.判断
「……勝者、ハーヴェイ!」
父上の、微妙に震えた声が俺たちの勝利を場内に伝えた。途端、おおおおおと地響きのような歓声と……うわあああというなんというか悲鳴のような声が湧き上がる。
「よっしゃあ! 儲けたー!」
「くそ、今夜の飯おごりか!」
「今すぐ払えよお前の一ヶ月分!」
「財布の中身がああああ!」
……どう聞いてもギャンブルの結果な叫びが混じっているのは、まあ俺の知ったことではない。父上や兄上が許しているのか黙認なのか、それとも違法なのかはてさて。
まあ、観客勢は置いておいて。こちらに視線を向けた父上の顔は、分かりやすく引きつっている。兄上とその部下が、俺たちをさくっと倒すことを期待していたんだろうな。その横にいる兄上の奥方は……あ、何か無表情だ。わあ。
「ハーヴェイ辺境伯令嬢、その婚約者よ。よい戦を見せていただいた。我がアルタートン、そして王都守護騎士団もぜひ参考にさせていただきたいと思う」
「フフ。お褒めいただき光栄ですわ、伯爵閣下」
「恐縮です。伯爵閣下」
俺の名を呼ばなかったのは、あくまでも俺がハーヴェイ側であると言いたかったんだろうな。アルタートンの次男だと認めているなら俺の名を呼んで、敵ながらあっぱれとか言ってもおかしくないし。
もっとも、その父上に返答したヴィーが表面上は笑顔を取り繕いまくっているのがわかったから、俺もそれにならった。後で何か食べるか、戻ってから模擬戦なり魔物退治なりやって鬱憤を晴らそうな。
「対して、我が配下よ。王都を護るべき騎士が、国境の護りである騎士団に敗れてなんとする。いざというときに、陛下や王都を守れぬではないか」
「……く、修行が、足りませんでした……すみません……」
そして、父上は何とか起き上がった兄上に冷たい視線を向けた。兄上も恐縮してしまっているのは、やはり伯爵家の当主の威厳に対してか。
あと父上、その言い方はハーヴェイが反旗を翻す可能性を考えているのか、と俺が穿ってもおかしくないよな。そんな事になった場合……それは王家やそちらの面々が、ハーヴェイに対して酷いことを言ってくるからだろうけど。
それに父上は、アルタートンの当主としてその前にやることがあるもんな。
「また、先程ロードリックが不審な発言を連発したようだが。これについては、事情を聞いてから判断を下す。連れて行け」
『はっ!』
当主の手が振られると、今までは警備についていたであろう騎士たちがぞろぞろと出てきた。兄上の腕を軽々とひねり上げ、そのまま場外へと連れて行く。
「な、俺は何も、おかしなことは!」
いや、俺に仕事押し付けたとか全力でぶっちゃけただろうが。
兄上の『仕事』とはつまり、アルタートンの次期当主としての仕事……もしくは王都守護騎士団の一員としての仕事、そのどちらか。
いずれにしろ、部外者である俺にやらせるような仕事ではない。やったけど。
「お、おいセオドール! お前、俺を擁護しろ! この役立たず!」
「しませんよ。役立たずですから」
あ、兄上が馬鹿なことをお抜かし遊ばされたからつい、サラッと答えてしまった。でも、このくらい言ってもいいよな?
ヴィーたちをちらりと伺ったら、全員いい顔で親指を立てていた。ははは、良かったみたい。
と、ヴィーの視線が主賓席に向けられた。彼女が見ているのは……ああ、ベルベッタ夫人か。
「……ガーリングのお父様に連絡を取ってくださいまし。急いで」
「は、既に」
「ありがとう」
遠くて聞こえにくいけれど、彼女に付いていた侍従とそんな感じの会話を交わしていたのは何となく分かった。多分、兄上に関することだろう。……兄上のやらかしを許すか許さないか、実家の判断を仰ぐつもりかな。
で、そこから父上の方を向いた彼女は、ふんわりとした笑みを浮かべていた。……うんあれ作り笑顔だね、母上が得意なやつ。
「お義父様。わたくし少々疲れましたので、先に失礼いたしますわ」
「う、うむ。家でリリディアがお茶の準備をしてくれているだろう、ゆっくりしなさい」
「ありがとうございます。では」
父上の許しを得て、ベルベッタ夫人は退席していく。さてどうなるか、これまた俺の知ったことではない。
俺は事実上ハーヴェイ辺境伯家次期当主の配偶者で、生家であるアルタートンとはほぼ絶縁しているから。婚約契約書に曰く。
それはそれとして、母上がいないのは家でのんびりしてたからか。あの人、自分の興味ないことからはとことん逃げるからなあ。
そんなことを考えながら見ていると、父上は気を取り直したように大声を張り上げた。これでも騎士団の副長、大勢に向けての発声は得意だからね。
「それでは皆の衆、よくお集まりいただいた。会場の外にて軽食を振る舞う故、ゆっくりしていくが良い」
「いやっほう!」
「俺、これが楽しみでなあ!」
「食うぞー!」
「今日の晩御飯浮いたー!」
……これが楽しみ、と言っている人がいるってことは模擬戦やってるときにはいつも軽食振る舞ってるのか。なんだろう、父上ってそういう気遣いとかサービスとかできる人なんだ、ってちょっと驚いた。
これもまた、外面ってことか。内側、しかも『役立たず』である俺には向けられることのない、サービス精神。
「軽食を振る舞う……そういう催しですの?」
「知らないよ。俺は、家の外の催事にはまるで縁がなかったから」
「なるほど。もっとも、ハーヴェイでもバーベキューくらいはやりますけれども」
一応ヴィーにはさくっと説明したから、今後はハーヴェイ領でもバーベキュー以外に何かご飯が振る舞われるかもしれないな。
畑仕事が増えるかもしれないけれど、それはそれで楽しそうだ。
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