42.うっかり
一旦距離を取り、ランスを構え直す。あちらのミングウェイがやる気になってくれないと、こちらもなあ。
「ひ、ひん」
「よしよし。ミングウェイ、あれは敵だ、魔物だ。俺たちでやるぞ」
「……ぶる」
ミングウェイが、どうにかやる気になったらしいな。兄上は再び、俺に向けてランスを構える。俺も、チョコの背中で兄上をにらみつけた。
「ロードリック・アルタートン、参る!」
「セオドール・アルタートン、行きます!」
いや、今更名乗りも何もないだろうに、と思いつつも付き合ってみる。何だか気持ちいいな、とか考えている間にチョコが勝手に走り出す。こいつ、他の騎士たちが名乗って走り出すのとか見ていたのかな。
「うおおおお!」
「はあっ!」
さすがというか、兄上が本気を出すとかなり一撃が重い。けれどダンテさんやヴィー、時には義父上までが俺の相手をしてくれたおかげで何とか耐えられる。
「こちらから!」
「なんのっ! ……っ」
兄上のランスを押し返して、勢いのままに今度は俺が突きを連続で入れていく。チョコもミングウェイもしっかり足を踏ん張っていてくれてるから、お互い馬から落ちないように……相手を落とすために攻撃を叩き込む。
「ミングウェイ! これは敵だ、怯むな!」
「ひんっ」
当然というか、兄上も遠慮なくランスを……向こうはどちらかと言えば棍棒みたいに殴ってくるのだけれど、その中でミングウェイを叱咤してる。俺は必死に防ぎながら、チョコには聞こえるくらいの声で囁いた。
「チョコ、俺は大丈夫。普通に戦って勝とう」
「ぶるっ」
ふんす、と荒い鼻息でチョコが答えてくれた。そうしてじりじりと、こちらが押していく形になる。兄上の殴打を弾きながら俺は突くから、少しずつミングウェイが下がってしまっているんだよな。
「はっ、役立たずのくせに! 何でてめえが、この俺と戦えるんだよ!」
俺がなかなか倒されないからか、兄上が苛立ったように叫んだ。
十年前、小さな俺は小さな兄上にボコボコにのされてしまってそれから反抗することはほぼなかった。
もしかして、兄上の意識は当時のままなのだろうか。俺もあなたも、結婚するくらいには成長したっていうのに。
それにもう、俺の環境は違うから。
「ハーヴェイで、戦のやり方はたっぷり教わりましたからね! 実践で!」
どん、と兄上の肩口を突く。ミングウェイがすいと後退したこともあり、衝撃は大したことないだろうな。あの馬、結構賢いんだと思う。
「てめえ、家じゃ何もやってねえだろうが!」
それに対して、兄上はそこで何を言うんだろうか。俺が反論できないとでも、思っているのかな。
ヴィーみたいにうまく煽ることはできないけれど、兄上が相手なら何とかなるかも。
「俺の仕事だって書類の山持ってきたのは、そちらの皆さんでしょうが!」
「役立たずに仕事をやっただけだ! 俺の補佐に俺の仕事をやらせて何が悪い!」
……なった。まじか、あんな大声で叫んでるし。
ちらりと見ると、アルタートンの騎士たちはぽかんとしている。ヴィーはすごく晴れやかな笑顔で、多分よくやったとか言ってるねあれ。いや、よくやりましたわ、か。あと、この隙にリーチャが相手を殴り倒した。
「……ロードリック?」
「ロディ……どういうことですの」
そうして主賓席、父上とベルベッタ夫人があっけにとられた顔で、こちらを見ている。兄上はえ、という表情で主賓席を見上げて、それから思いっきり顔を歪めた。
兄上の奥方は、そりゃ知らないだろう。あなたとはほぼ面識なかったし、あなたが嫁いでくるのに邪魔だと俺は追い出されたようなもんだからな。
けれど、父上。あなたが知らないというのは、本当にどうしようもないと思うんだ。家の中のことを、まるで見ていないということだから。
たとえ母上に任せていたとしても、自身の部下でもある兄上の言動についてまったく気づいていないなんて。
「アルタートン伯爵閣下」
その中でヴィーが、りんとした声を張り上げる。高くもなく低くもなく、この場の隅々にまで聞こえるように。
「セオドール様がアルタートン家を出る前の、ご嫡男様がお作りになったという書類の筆跡を確認されることをお勧めいたしますわ!」
「……どうやら、そのようだな」
「ご嫡男様の……というよりは、王都守護騎士団の部下として判断なさいませ。そして、その上司として己を見返りなさいませ」
「ぐ……わ、わかった」
ヴィーの声は、観客たちの端々にまで届く。もしかしたらこの客たちの中に、騎士団の関係者だっているかも知れない。
そのことを理解しているからか、父上は苦々しげに頷いた。
「俺は! 兄として弟に、仕事をやっただけだあああ!」
けれど、兄上は納得できなかったのか、なりふり構わずミングウェイを走らせた。俺に向かって、ぶんぶんとランスを振り回しながら。
「その判断は、あなたがすることではないっ!」
「ひひいいいいいん!」
対して俺は、まっすぐにランスの穂先を兄上に定めてチョコを走らせる。そうしてすれ違いざまに、兄上の首を穂先で引っ掛けて、鞍の上から落とした。
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