39.奥方の意見
「一つ、よろしいでしょうか」
不意に、主賓席から声が上がった。ああ、この声は結婚式と披露宴で聞いた、ベルベッタ嬢……えーと、兄上の奥方だからベルベッタ夫人か、彼女の声だ。
彼女は父上の隣、一つ間を開けて座っていたようだ。そこから立ち上がり、軽く手を上げている。
「ベルベッタ。どうした」
「此度、ここで行われるのはアルタートン家とハーヴェイ家の模擬戦でございますわね。ハーヴェイの方々は七名のご様子、であればアルタートン側も同じ人数で挑まれたほうがよろしいのではありませんか?」
「おや」
あ、こっちが言うといちゃもんになりそうだから言えないことを言ってくれた。向こうの大将の妻だもんね、言ってもいいよね、うん。
「ほう」
「べ、ベル?」
「ロードリック様の妻として、言わせていただきますわ。今の状態でしたら、アルタートンが勝利したとしてもそれは数の力によるもの、と御覧の皆様方が判断なさるかもしれません。それは、名高きアルタートンとして受け入れられるものですか?」
父上がおや、と目を見張り、兄上は何でそんな事言うんだみたいな引きつった顔をしている。だけど、ベルベッタ夫人はきっぱり言ってのけた。
ああうん、あの言い方なら二人は受け入れるだろう。『名高きアルタートン』というところがポイントだ、あの二人はプライド高いもんな。
「え、あ……ああ。そ、そうだ、な」
「ふむ、確かにベルベッタの言う通りではあるな。ロードリック」
ほら、兄上は思わずコクコク頷いてる。父上は……義理の娘である彼女の意見に納得したらしい。声を低くして、兄上の名を呼んだから。
この場合は、当主から次期当主への命令と考えて良い。ベルベッタ夫人の言う通りにしろ、って。
「……分かった。ドナエル、ライオス、それとヒービルは下がれ」
「はっ」
「分かりました」
「承知しました。下がらせていただきます」
そうして兄上が指名した三人が、馬を連れて下がる。
……あれ。そういえば彼らは、アルタートンの屋敷で見たことがある兄上の侍従だ。そもそも騎士団の部下だったのを侍従にしたのかその逆か、といったところなのかな。ふむ。
「ありゃま」
それで俺は納得したわけだが、変な声を上げたプファルを先頭にハーヴェイ側は珍しいものを見る顔になっている。まともな判断をしたからか、兄上がその判断に従ったからか。
……周囲に観客がいるから、父上が外面の良さを発揮してるんだよ。兄上は父上の命令だから、渋々従ったわけで。
と、ルビカがこっちを見た。
「ベルベッタ嬢……じゃないか、夫人ってこちらの味方、じゃないよな?」
「違うだろうね。ただ、母上の親族で侯爵家の出だから単純に、貴族としてのプライドから出た言葉だと思うよ」
「なるほど。そういうことならば、納得した」
俺の推測だけど、と付け足して彼の質問に答えてみたけれど、多分間違ってはいない。こちらに不利なのが嫌だからとか言うのではなく、彼女が言い放った言葉の通りだ。不公平な数での模擬戦は貴族として恥ずかしい、と考えたまでのこと。
そう考えると、アルタートンでの模擬戦のやり方を書いてくれたのも理由は同じか。やり方を知らなければ不公平だ、と。あれ、兄上の奥方としてはいい相手じゃないか、これ。
「奥方様は、悪い方ではありませんわね。観客がいるとは言え、それを受け入れた伯爵閣下の判断は正しいわ」
ヴィーがうふふ、と唇の端を少し上げている。少し、ほんのすこーしだけ見るべきところはあったとか考えているだろ。
父上はアルタートン伯爵家の当主だし、王都守護騎士団の副長だからね。それなりの判断力はあるし、まともな思考もあると言えばある。家の中、もっと言えば俺に対してはそういうのは働かなかったけれど。
「では、数でかかればよかったと思わせればよろしいですか?」
「ええ。皆、ハーヴェイが国境の護りである証をこの場でお見せしましょう」
ナッツの問いにヴィーは、大きく頷いてみせる。実際のところ、俺がアルタートンの戦力をちゃんと知っているわけではないからこの勝負がどうなるかは分からない。だけど、全力でやってみせるべきではある。
それに、ヴィーを始めとした皆がものすごくやる気になっているからな。ヴィーの婚約者である俺が、やらなくてどうする。自分に、言い聞かせる。
「双方、準備はできたようだな」
兄上側の三人が退場して七対七になったところで、父上が場内をぐるりと見回した。観衆がざわり、とその瞬間を待ち望むように静まる。いや、今までも結構騒いではいたけど、あまり気にはならない感じだったな。そういう作りなのかね、ここ。
まあ、いいか。父上の手がす、と挙げられたので、意識を兄上の方に向ける。このくらいは、どこでも同じ合図だから。
「それでは……アルタートン家騎士団対ハーヴェイ家騎士団、模擬戦、開戦!」
手が振り下ろされて、模擬戦が始まった。
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