38.模擬戦の前
披露宴から三日後。
俺たちは、アルタートン家が持っている訓練場にいた。既に向こう側にはアルタートン家の一部隊、兄上とその部下の皆さんがおられる。
あちらは総勢十名、こっちはヴィーと俺、プファル、ルビカ、カルミラ、リーチャ、そしてナッツの七名。他の皆は宿の留守番と控室の留守番。全く信用されてないな、アルタートン家。俺もしてないけど。
「この度は、こちらの要請を快諾いただき感謝する」
そう、ヴィーに対して礼を言ったのは主賓席にいる父上。ああ、今日は見物に徹するつもりなんだ。
「いえ。わたくしどもハーヴェイといたしましても、高名なるアルタートンの騎士の力をぜひ見てみたく思いましたので」
ヴィーはにっこり微笑んで、胸に手を当てて軽く頭を下げる。きちんと戦闘服を着込んでいるので、カーテシーはできないからね。
こちらは全員平気な顔なんだけど、あちらは父上も含めてすごく不満げな顔だ。その理由は、父上がぼそりと言ってくれた。
「それにしても、普段遣いの馬を連れてきているとは」
「何しろ、一番扱いやすい相棒ですので」
要請に対する承諾の返答をしたためた手紙に、ヴィーは愛馬を連れてきているのでお気遣いなく、と書いておいたとのこと。それでどうして不満なんだろうね。ハーヴェイの本気を見たくないのかな、父上は。
……いや、まだ本気じゃない気はするけどね。
さて。
アルタートンの騎馬戦は、十名ほどのチーム戦である。大将を一人置き、敵の大将を馬から落とした側の勝ち。飛び道具は手槍のみ、まあ剣をすっ飛ばすやつはともかく短剣とかの暗器は禁止。別に殺すのが目的じゃないし、絵面が悪いから。
そういうのを俺が知ることはなかったのだけれど、一応あっちから頼んでやることになったためこのやり方はちゃんと送られてきた。見たことのある文字じゃなかったのだけれどなんとなく女性っぽいので、もしかしてベルベッタ嬢なのかな、書いてくれたの。
まあ、いいけど。ともかく、配置は昨日決めた。宿の厩で、馬たちの世話をしながら。
「わたくしは大将を務めます。セオドール様はわたくしの前に。プファル、ルビカは先陣を。カルミラは右、リーチャは左を」
「分かった。チョコ」
「ぶるる」
ヴィーの前に俺が配置される、ということは多分、兄上辺りは突貫してきそうだ。けど、チョコがものすごくやる気なんだよなあ。
よし任せろ踏み潰してやる、とでも言わんばかりだ。いや、踏まないほうが良いと思うよ。
「イーフ。チョコに踏み潰されないよう、雑魚を狙うぞ」
「ひん」
プファルもイーフも、さすがにチョコは怖いらしい。なんというか、親分ぽいんだよなチョコって。名前は可愛いんだけど。
「ミスト、我らも雑魚を片付けるぞ。おそらく、敵はヴァイオレット嬢の前にセオドール様をぶっ飛ばしに来るだろうからな」
「ひひん……ひん?」
「ぶるっ」
ルビカ、言い方それでいいのかよ。いやまあ、相手がアルタートンだと『役立たずの次男』をまずどつきに来そうだけどさ。
あとミスト。いくらチョコの舎弟だからと言って、今回はご機嫌伺いする必要ないからね? どうせやることは理解してるんだろうし。馬って、皆賢いからね。
「ラム。行けるね」
「ぶるるぅ」
カルミラとラムは、言葉がなくてもなんとなく意思の疎通はできるようだ。いや、人と馬なんでそちらのほうが普通だと思うけど。鐙で脇腹を軽く蹴ったり、手綱や手で首筋を叩いたりして指示をするのがさ。
「ナッツ。あなたはわたくしのそばで、情報分析をお願いします」
「お任せを」
別に全員馬に乗らなくてもいい、ということでナッツがヴィーの側にいる。ヴィーの代わりに指示を叫んだり、相手の状況を見たりする役割だ。これが実戦だと、他の部隊との連絡役だったりするけれど。
「とは言え、作戦はなくてもいいですよね。あちらがどういう戦法取ってくるか、何か分かりますし」
「ひとまずは俺を仕留めに来る、だろうな」
「多分、敵の数は多めだろうなあ」
ナッツの言葉に、俺は頷く。プファルがニヤニヤしているのは、どちらかと言うと殴る数が多くてラッキーとかだろう。俺としても、父上にしろ兄上にしろぎりぎりの十人は出してくるだろうし。
「ヴァイオレット様とセオドールは、体力温存しといてください。どうせならボス相手にいいところ見せてほしいんで」
「それはありですね。個人的にはお二人でふっとばして頂きたいのですが」
「ルビカもカルミラも、好きに言ってくれるなあ。ハーヴェイが勝つ前提で言ってるよね、それ」
二人に対して一応、突っ込んでみる。本人の性格はともかく、アルタートンの当主や次期当主が騎士としては強い人物だというのは事実だから。
「もちろん、勝利が前提ですわ。お相手はアルタートンですが、わたくしはハーヴェイですもの」
でも、ヴィーがはっきり言ってくれたから、何だか勝てるような気はしたけれど。
それに、俺はアルタートンで、ハーヴェイで鍛錬もしたからな。騎士団の皆と一緒に。
「なら、気を引き締めて行こう。一応、王都守護騎士団の騎士を相手にするんだから」
だらけて負けるなんてことだけはないように、俺は声を張り上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます