37.申し込み

 無事に宿まで引っ込んで、一緒に来てくれた皆に会場での話をした。


「くそ、その場にいたら俺が許さなかったのに」


「だからいなくてよかったのでは? 結婚披露宴で主役ぶっ飛ばしたら大事ですもの」


 何故か、プファルが一番怒ってくれていた。実は良いやつなんだよな、というのは分かってるんだけど。

 それを、カルミラがたしなめている。いやほんと、そんなことになったらあの兄上と父上のことだ、何をやらかすか分からないからなあ。


「これが戦場でしたら、遠慮はしませんが」


「披露宴会場なんて、ある意味戦場ですけども」


 ルビカとリーチャが、指をバキボキ鳴らしている。留守番ありがとう、特に問題はなかったらしいな。……あったらそれこそ問題なんだけどね。貴族が使う宿だし。


「戦場だったら、誰が動くより先にヴィーが遠慮しないだろうなあ」


『ですよねー』


「もちろんですわ」


 俺の感想には全員、それこそヴィー本人まで頷く。兄上よりは外面の作り方が上手い……というか、貴族はこのくらいの腹芸が普通ではないのかな。まあ、俺に関係するわけでなし。

 で、そのヴィーがちらりと視線を向けた先は、ルビカだった。


「ところで、ルビカ」


「はい、こちらに」


 ヴィーが差し出した手の上に、ルビカが取り出した封書が置かれる。蝋封から見て、間違いなくアルタートン家から差し出されたものだ。

 リーチャが差し出したペーパーナイフで封を開き、中の便箋を取り出す。内容を一瞥してヴィーは、ふっと鼻で笑った。


「……アルタートン家より、騎士団との模擬戦の申し込み、だそうですわ」


 早っ!

 というか、多分ヴィーが兄上煽る前に出してたよなこの封書! でなけりゃ、披露宴から帰ってきたタイミングで留守番のルビカからはい、と渡されるわけがないだろ!


「本当に来るんですのね」


「というかこれ、完全に最初からやるつもりでしたね」


 カルミラが呆れ、リーチャがやれやれと肩をすくめる。いやまあ、こんな機会でもなきゃ私的に模擬戦とかしないだろう。どちらかと言えば、ハーヴェイの戦闘能力の実際を見ておきたいあたりか。


「兄上か父上の差金であることに間違いはないですね。この書き方だと、騎馬戦を想定しているようです」


 見せてもらった内容を読み解くと、多分そうなる。模擬戦の場所に指定されたのは騎馬戦の訓練場で、結構広い。ついでにいうと、たまにイベントで模擬戦をやるので観客席なんかもちゃんとあるわけだ。

 で、こちらが戦闘用の馬を持ってきていないことを前提に騎馬戦、ということなんだろうけどさ。ヴィーがニッコリ笑う。


「チョコとシルファを連れてきていてよかったですわ。あなたたちの馬は」


「俺はイーフに乗ってきましたし」


「ラムはいますけど、基本馬車馬ですよ?」


「ミストはすっかりチョコの舎弟なんで、問題はないかと」


「あー、うちのムートは置いてきました。ちょっと調子悪くて」


 プファルの馬がイーフ。割とテンション高めらしい、赤っぽい馬。

 カルミラの馬がラム。きらきらした金のたてがみが綺麗な、栗毛の馬。

 チョコの舎弟になっちゃったミストはルビカの馬、芦毛っていうのかな。歳を重ねるに連れてだんだん白くなっていく馬。

 で、調子が悪くて来てないムートはリーチャの馬。……チョコよりがっしりした、荷車引く馬だよね確か。


「つまり、少なくともわたくしとセオドール様、プファル、カルミラ、ルビカは愛馬で戦えるということですわ。リーチャは他の馬でも問題はありませんわね?」


「それは任せてくださいませ。農耕にも馬は必要ですから、手懐けるのは得意ですからねえ」


 ヴィーの言う通り、ここにいるうち五人はいつも自分が乗っている愛馬を使って模擬戦ができる。リーチャはどの馬でも大丈夫みたいで、ただムートとの相性が一番いいというだけだ。


「というか、愛馬がいないと思って模擬戦頼んできたんですかね。アルタートン」


「さあ、どうかしら」


 プファルの疑問はもっともなんだが、こればかりはアルタートンの血族である俺でも分からない。もしかして父上や兄上、こういうときは使っている馬置いていくんだろうか……と思ったけど、考えてみると俺たちとあっちじゃちょっと違うか。


「父上や兄上は王都守護騎士団員だから、馬はそちらの管轄になるんじゃないかな。俺たちはハーヴェイ家の直属なわけだから、こういうときでも自分の馬は連れてこられるけど」


「模擬戦を申し込んできたのは『アルタートン家』ですものね。お家の馬をお使いになるのでは?」


 なるほど、カルミラの意見ももっともだ。……もちろん、俺はアルタートン家の馬は知らない。厩があるのは知っているけれど、近寄るなと言われていたから。


「まあ、お受けいたしましょう。良かったですわねプファル、アルタートンの騎士の実力を知ることが出来ましてよ」


「そうですね。ハーヴェイよりどのくらい弱いか、見定めましょう!」


 ……あの、プファル。

 一応俺、血筋としてはアルタートンだからね?

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