36.外面

 兄上たちの興味がこっちから逸れたことを確認して、カルッカ嬢がふうと小さくため息をついた。そうして、近くの立食テーブルに手を差し伸べる。


「……ヴァイオレット様、セオドール様。こちらで一緒に、軽く食事いたしませんこと?」


「まあ。そうですわね、軽くいただきましょう。ね、セオドール様」


「そうだね」


 いやもう、こうなったら多分美味しいであろう食事をしっかり頂いて宿に戻るしかあるまい。ヴィーも同じことを考えていたんだろう、お互いに顔を見合わせてから頷いた。


「わたくし、ちょっと失礼いたしますわ。連れと待ち合わせておりますので」


「私もですわね。では、これにて」


 おっと。

 カルッカ嬢と一緒にいた方々は少し困ったような顔をして、離れることにしたようだ。まあ、確かにお連れさんはいるはずだから、今の話を情報として伝えるのだろう。だったら、俺たちが止めることはない。


「ええ。また」


「ご迷惑を、おかけしました」


 挨拶をして彼女たちと別れ、ソフトドリンクとカナッペなどを取ってきてからカルッカ嬢に示されたテーブルに移る。ある程度距離を離して置いてある軽食用のテーブルに付けば、あまり他人の耳を気にすることはないだろう。ないよな? 兄上。


「大変でしたわね」


「兄上はもとからあんな感じですよ。外面はいい……らしいんですが」


 俺は、家の中の兄上しか知らない。だけど、兄上の侍従たちからその評判を聞いている。たまに父上や兄上の知人が屋敷を訪れることがあって、その話をちらりと伺う限り……まあ、あの兄上が外では清廉潔白な騎士、を気取っているらしいと判断した。


「人は多かれ少なかれそういう部分があるものだけれど、あの態度はどうかと思いますのよ。奥方様、大丈夫かしらね」


「もし本性を出しておられなければ、これから苦労することになりますわね」


 カルッカ嬢とヴィーは、ベルベッタ嬢について心配しているようだ。実際どうなんだろう? 個人的には、外面だけ見せている気がするんだけどな。俺の知ってる兄上を分かってて嫁いでくるのなら、それは趣味の問題というか、なあ。


「あら。そういえばカルッカ様は、お連れの方は?」


「今あちらで、母が『外面の良い』ロードリック様とお話してますわね」


 ヴィーの問いに、カルッカ嬢が小さく指で示す。ああ、確かに俺たちの親世代の方々が、兄上夫妻と和やかに会話を交わしているな。

 カルッカ嬢の御母上、つまり現ブライナ侯爵夫人から見て兄上、ロードリック・アルタートンがどういう人間に見えるのか。それとカルッカ嬢が先程見た兄上とは、かなり違うのだろうな。


「お身内、そうでない殿方、そしてわたくしども女性。様々な目線から見た結果を重ね合わせて、わたくしどもは人を評価しなければなりませんわ」


 カナッペを一つ口にして、カルッカ嬢は少し疲れたような声を出す。これも外では出さない態度なのだろうが、今目の前にいる俺とヴィーには見せても良い、と考えてくれているらしい。ちょっと、嬉しいな。


「お手数をおかけします。俺は家の中の兄上しか見たことがないので、外から見た印象というのがわからないんです。……まあ、いくら何でも家でのままであるとは思っていませんでした」


 それでも、兄上の本性を見て疲れたのは悪かったと思い俺の本音を素直に話した。ヴィーにちらりと視線を向けると、彼女があとを引き継いでくれる。


「そうですわね。少なくとも、ここでセオドール様とお話なさるまではうまく演じておられたかと」


「それが、弟君を目になさったことでついうっかり、家の中での性格がお出になったということですのね」


 カルッカ嬢、さすが侯爵家次期当主ということか。観察力がかなり鋭いと思う……ヴィーの親戚だったり友人だったりするのも影響は、していないといいなあ。うん。


「わたくしはともかく、招待された方々の中には王城にお勤めの方などもいらっしゃいますわ。その方々の中で、先程のお話を聞いていらっしゃった方もおられましょう」


 まあ少なくとも、こういった物の言い方はさすが親戚としか言いようがない。回りくどい割に、聞く人が聞けばその意味はさくっと理解できる言い方だ。

 この場合は、つまり


「……王城に、兄上の評判が伝わる、ということですか……」


「実際の評判なのですから、伝わっても問題ではありませんわよ? それに、セオドール様にもヴァイオレット様にも関係のないことでございましょう?」


「まあ、他所様のご嫡男の評判が落ちるかもしれない、だけですしねえ」


 ふたりとも、言い方に棘があるな。多分、外から聞いていたら俺の言葉にも、あるんだろう。

 そのくらいには俺は、どうやら酷い扱いをされていたらしいから。

 ほんの数瞬、このテーブルは暗くなった。ただ、はっと顔を上げたのはやはりというかカルッカ嬢で。


「まあ、お料理は美味しいですから楽しみましょう。ね?」


「そうですね。ヴィーも食べよう、このソテー美味しいよ」


「セオドール様がお勧めなのでしたら、いただきますわ」


 ひとまずは食事に専念することにした。終わって様子を見て、さっさと宿に引っ込めばいいだろう。うん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る