35.祝い

「ふん。祝いの言葉は、ありがたく受け取ろう。なあ、ベル」


「ええ。ありがとうございます、ハーヴェイ伯爵令嬢」


 兄上は、何とか表情を取り繕った。隣にいるベルベッタ嬢は、さっきの酷い顔を見ていないようでにっこり微笑みながらこちらに礼をする。

 それから、ふと首を傾げて兄上に視線を向けた。


「……ねえロディ。わたくし、あなたの弟様とほとんどお会いしたことない気がするのだけれど」


「ああ。セオドールはあまり出来が良くなくて、引きこもっていたからね」


 表向きには、そういう事になっているらしい。王都守護騎士団の副長である父上と、その後継者として騎士団員を務めている兄上の言うことだから外では、すんなりと受け入れられていたんだろう。

 カルッカ嬢とかは、さっきのヴィーの話を聞いているからその辺りの齟齬に気づいている。ほとんど表情に出していないのは、一応ここが人様の結婚披露宴会場で目の前にいるのがその主役だから、だろうな。

 主役、特に兄上のほうがそれに気づいているかはともかく。


「ハーヴェイ家には、出来の悪い弟を押し付けて悪いと思っているよ。既にかわされている婚約だが、面倒だと思ったのであればいつでも返してくれて構わない」


「まあ」


 気づいてないな。平然とした顔で、そんなふうにヴィーに言ってくる兄上は。

 対するヴィーの方は、白い目で睨むように微笑んでいる。くす、と唇の端をほんの僅か引き上げて……あの、臨戦態勢はやめてくれないかな。いや、物理的に戦うわけではないだろうが。


「ふふふ。お気遣いありがとうございます、アルタートン伯爵令息ロードリック様。ですが、ご心配には及びませんわ」


 ……物理的に戦ったほうがいいのか? これ。いや、ヴィーと兄上が戦ってどちらが勝つかは、今の俺にもちょっと分からないのだが。というか、プファルとカルミラが参列者じゃないからって別室待機で良かったよ。あの二人、ここにいたらどうなってるか。


「セオドール様との婚約は、そもそもわたくしが心より望んだことでございます。我が父、母、騎士団から使用人に至るまで皆、セオドール様をハーヴェイの一族としてお迎えすることには諸手を挙げて賛成しておりますの」


 そんな俺の考えを他所に、カルッカ嬢ほか参列者各位が見守る中、ヴィーはにこやかに微笑みながら朗々と意見を述べる。

 ああうん、何か義父上義母上その他皆様方にはめっちゃ受け入れられたもんな。今一番反発してるのはプファル……だと思うんだけど……あれ?


「何しろ、セオドール様は心優しいお方でございますわ。我がハーヴェイ騎士団に身を置き、鍛錬なさればなさるだけお力をつけになられましたし、乗馬に関しましても乱暴者であった馬が自ら頭を垂れ背を許すほどですの」


 いや、アルタートンでは鍛錬とかほとんどさせてもらえなかっただけだからね。乗馬は……チョコが懐いてくれたからなあ。

 ちなみに、チョコはシルファと一緒に俺たちの馬車隊についてきてくれている。何かあったら乗って逃げろ、ということらしいんだけどシルファはともかく、チョコは敵を踏み潰していきそうなんだよな。


「内務に関しましても、例えば書類作業ですがセオドール様の字は美しく、かつ書式も整えられていてとても見やすいと文官たちには評判ですわ。セオドール様の書類を見本として、我が領では事務作業がよく進んでおります」


 あ、うん。確かに俺が作った書類、すっかり見本になってるな。

 ヴィーの言い方だと、俺がアルタートンで兄上の書類処理をしていたことはわからないだろうから、口を挟むことはないか。

 ただ、兄上が一瞬だけ苦虫を噛み潰した顔になっていたけど。

 俺は何も言わないけれど、ふとカルッカ嬢に視線を向けると彼女はいたずらっぽく目を細め、そして頷いてくれた。……何とかしてもらえそうだな、うん。


「アルタートン伯爵令息におかれましては、この身を案じていただきありがとうございます。ですが、ご心配は無用ですわ。ねえ、セオドール様」


 わざとらしく、芝居がかった仕草でヴィーは、兄上に挨拶をしてみせる。やっとここで俺に話が振られたので、こちらも同じように笑ってみせよう。


「お聞きの通り、私はハーヴェイ家にて歓迎されております。そもそも、アルタートンを出た段階で私は事実上ハーヴェイ家の者である、と婚約契約書に記されており、その契約は発効済みです」


「何!?」


 ああ、兄上は俺の婚約契約書なんて見ていないよな。自分が手掛けるべき書類すらほとんど見ていないのだから、自分に関係しない書類なんて尚更。


「そういうことですので、私はアルタートン家に戻る気はございません。嫡男様と奥方様、お二人で支え合ってお家をもり立ててください。遠く辺境の地より、お祈りいたします」


「セオドール様はこのわたくしが、責任を持ってこの上なくお幸せにいたします。どうぞ、ご案じなさいませぬよう」


 俺とヴィー、二人同時に礼をする。と、どこからともなくぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。


「ふふ、素敵な弟君とその婚約者様で良かったですわね。アルタートンの後継者様」


 ……カルッカ嬢だ。さすがヴィーの親戚、言い方がそっくり。

 で、それに答えたのは兄上ではなく、ベルベッタ嬢だった。……義姉上、とは言わないことにする。


「そうですわね。ねえロディ、ここは収めましょう?」


「………………ぐ、そ、そうだな。この場はベルに免じて、これで収めてやる」


 そうして兄上は、あくまでも自分が優位だと主張してこの場を去っていった。あちらにいる、父上のお知り合いであろう方々のところに行くんだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る