34.噂
「神の御前において、アルタートン家のロードリックとガーリング家のベルベッタを結びつけるものとする」
結婚式そのものは、何事もなくさくっと終了した。そりゃまあ、神の前で新郎新婦の結びつきを宣言する儀式だからね。
兄上も、兄上の奥方となるベルベッタ嬢も、そして双方の両親たちも神妙な態度のままで式を終わらせる。参列者である俺たちも同様に。
そうして、神の前の儀式から人の中の儀式である披露宴に移ったところで、俺は。
「お久しぶりです、ハーヴェイのご令嬢。そちらが婚約者様ですよね」
「まあ、ヴァイオレット様! 噂のご婚約者様と、とても仲がよろしいようで何よりですわ」
……何でか知らんが、ヴィーとともに一部の参列者に取り囲まれていた。
ああ、披露宴と言ってもまあ立食パーティなのでまあ、もともとの知り合い同士が言葉をかわしたり良いお相手がいたらいいかな、という感じになる……んだが。
「ふむ、やはりあなたがた二人はお似合いですわね」
取り囲みの中におられるカルッカ嬢、まじまじと腕組んで俺たちを見て大きく頷いている。
というか、噂の婚約者って何だ。カルッカ嬢はヴィーの親戚でお友だちっぽいから良いとして、俺どんな噂流れてんの!?
「……あの、質問よろしいでしょうか」
「大丈夫ですわ、セオドール様。この方々は、わたくしやハーヴェイ一門と親しい家柄の方々ですの」
恐る恐る手を上げると、ヴィーが笑って頷いてくれた。カルッカ嬢も「わたくしも保証いたしますわ」と言ってくれたので一度呼吸を整えて、皆様方に聞いてみる。
「あの、俺のことでどんな噂が流れてるんでしょうか? あまり表に出ないもので、よく知らないんです」
『まあ!』
いえ、声を揃えて楽しそうに笑わないでください。他の参列者の皆さんから何アレという視線で見られてるんですが。
……まあ、基本ガーリングやアルタートンの身内とかだしなあ。ヴィーがハーヴェイの次期当主なのは分かってるはずだけど、あの若造がとか田舎者がとか思ってるかもな。ガーリングは母上側の親戚ってこともあって、そういう見方をする傾向にあるようだし。
さて、俺に関する噂曰く。
「ヴァイオレット様が幼き頃に見初めた、運命の殿方だと伺っておりますわ」
「武門の出で、ヴァイオレット様に寄り添うには適格な殿方とわたくしは聞いております」
「……ええと」
「ふふ、正確なお話が広まっていて何よりですわ!」
俺は頭を抱えたくなって我慢している状態だけど、一方ヴィーはというと満足げに笑っている。まあ、ヴィーが幼い頃に一目惚れしてくれた武門の出、というのは間違ってないからなあ。
「ハーヴェイ一門の皆様やそちらの騎士団の方がたのお身内から、そういったお話はよく聞かれますのよ」
「わたくしも、それとなくお友だちには流しておりますわね」
身内同士での話はともかくカルッカ嬢、あなた意図的に流しておられますね。いやもう、何やってるんだろうなハーヴェイ一族。
……これは、義父上義母上もお知り合いにぶちかましている……んだろうな。さて、どこまでどんな話が広がっているのか、想像するのも怖い。
なんてことを考えていたら、話をしてくださった方のお一人から尋ねられた。何でも、兄上の部下の御母上らしい。
「ところで、セオドール様とおっしゃるともしかして、アルタートンの」
「一応、次男です。ヴィーと婚約した際に、事実上ハーヴェイの者となっておりますが」
書類上は未だにセオドール・アルタートンであるので、きちんと答える。この言い方でいいのかな、と思っていたらその方はぽん、と手を打たれた。
「まあまあ、そういうことでしたの。では、お兄様のお式ということでお呼ばれなさったのね」
「いえ。ヴィーとその婚約者、という体で呼ばれております。恥ずかしながら、俺はアルタートンでは役立たずと言われておりましたので」
『は?』
父上も兄上も、俺を『役立たず』と呼んでいた。故に、俺がアルタートンが主催の場で彼らの認識を口にしても問題はない、と思う。少なくとも、九年前のあのパーティでは俺はそういう扱いだったから。
「何の話をしているんだ? セオドール」
久しぶりに聞いた声に、一瞬で背筋が凍った。アルタートンの屋敷にいたときの、あの感情が蘇る。
俺は、このひとには、かなわない。
「まあ、アルタートンのご嫡男様と、奥方様」
「……ロードリック様、ベルベッタ様」
けれどその感覚は、ヴィーの冷たい声で吹き飛んだ。彼女とともに向き直り、この宴の主役である二人の名を呼んで頭を下げる。
「ご結婚、おめでとうございます。アルタートン家のますますのご発展を、お祈りいたしますわ」
あくまでも『知り合いの次期当主夫妻』に対する態度を、俺たちは取る。カルッカ嬢や他の皆様方の前で、恥ずかしい真似はしてやらない。
だから兄上、あなたも新妻の前で酷く顔を歪めないほうがいい、と俺は思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます