33.ヴィーの友人

 控室はいくつかあって、そのうちの一室に俺たちは通された。先客はいたけれど、まあ一つの家に一室なんてことは無理だしね。


「ヴァイオレット様!」


 と、その先客……女性がヴィーの名前を呼んだ。そりゃ知り合いやお友だちもいるよな、と思いつつ軽く腕を動かしてやると、ヴィーは小さく頷いて離れる。


「まあ、カルッカ様。直接お会いするのは久しぶりですわね」


「五年ぶりでしたかしら。ハーヴェイ領はお忙しいですものね」


「ここ二、三年は落ち着いているのですが、あまり王都まででてくる用事もありませんしね」


「そうですの。でも良かったわ、ここで会えるなんて」


 艶のある黒髪を結い上げた女性は、落ち着いた緑のドレスを着ている。立ち居振る舞いから高位貴族であることは分かるんだけど、何しろ俺はアルタートンではほとんど外に出なかったからな、そういった方々と面識がまるでない。

 声をかけるのもためらわれてしばらく見ていると、ヴィーがカルッカと呼んだ女性がちらと俺に目を向けた。あ、細められた目は面白そう、という感情だな。


「そちらが、噂のセオドール様? わたくしを紹介してくださいな」


「ええ、もちろん」


 ああ。カルッカ嬢がそう言ってくれればヴィーも、俺を紹介しやすいな。助かる。

 そうして向き直ったヴィーの言葉に、俺は慌てて姿勢を低くせざるを得なかったわけだが。


「セオドール様。わたくしの大叔母様が嫁いだブライナ侯爵家の、現当主のご長女カルッカ様ですわ。わたくしと同じく、次期当主でおられます」


「ブライナ侯爵家! 存じ上げずに失礼いたしました。アルタートン家の次男、セオドールにございます」


 王国の東を護るハーヴェイ同様、北を護る要の家であるブライナ侯爵家。ヴィーの大叔母ということは先代辺境伯閣下、お祖父様の姉妹が嫁がれた先ということか。ヴィーと同じく、当主のご嫡女が次期当主だという話は聞いたことがある。うわあ。


「ふふ。あなた様のことは、ヴァイオレット様から時々伺っておりましたわ。わたくし、王都守護騎士団に身内の者がおりましてね」


「光栄にございます。それでは、その皆様に父や兄がお世話になっていたかもしれませんね」


「その関係もありまして、わたくしも呼ばれております。独身でございますから、何がしかのちょっかいがあるのかもしれませんが」


 おや。……確かに、確定した婚約者もいないという話だった気がする。……つまり、この式とその後の披露宴で他所の家から列席している独身の若い男性組とある種のお見合いとなるわけか。


「独身というなら、わたくしもですわ。……そういうことですの、セオドール様」


 と、ヴィーの方も困ったように眉根をひそめながら言ってくる。……いや、確かにまだ俺とヴィーは結婚してないけどさ。ちゃんと契約が結ばれた、正式な婚約者だってば。

 まあ、どのような手を取ってくるか分からない。何も手出しはしない、なんてこともあるかもしれないけれど、少なくともカルッカ嬢に関しては身内から婿を送り出したい、という気はする。俺をハーヴェイに出したみたいに。


「くれぐれも、お気をつけください。そこまで愚かとは思いたくないのですが……その、内々にどなたかは」


「まだ本決定ではありませんが」


「あ、おられるのですね。では、強くお出になられたほうが良いかと思います。人の目がありますから、侯爵家相手にそう強くは当たれません。多分」


 本決定ではない、とおっしゃるカルッカ嬢の頬が、ほんのり赤く染まっている。つまり、少なくとも好意を持つお相手がカルッカ嬢にはおられて多分、内定までは進んでいるのだろう。

 父上も兄上も、少なくとも外面は良いはずだ。そうでなければ、俺がアルタートンを出たあとになって書類で困っているとかそういう話が出てくるわけがない。


「そうなのですか? ヴァイオレット様」


「アルタートンのご当主であれば、人様とのお付き合いには良い顔をされる方のようですしね。……ブライナのご当主様がよろしいのであれば、もうサクッとお進めになったほうがよろしいですわよ」


 カルッカ嬢とヴィーはほとんど同じ立場だから、自分がやったようにやればいいと言ってる気がする。とても楽しそうな笑顔だしなあ。


「そ、そうですわね。お父様も、お相手様も乗り気でいらっしゃるので、多分」


「ご当主様が乗り気ということは、お家としても問題ないということですよね。なら、大丈夫ですよ」


 俺が背中を押すように発言すると、カルッカ嬢は、ぱあと晴れた顔になって「はい!」と頷いてくれた。

 ……ブライナ侯爵家とハーヴェイが縁続きであることくらい、父上なら知ってるだろうからなあ。どんどこ縁を繋いで、アルタートンの地位を盤石なものにしたいんだろうけれど。


「そろそろお時間ですので、教会大広間へおいでくださいませ」


『はい』


 俺にはよくわからないんだけれど、どちらかと言えばアルタートン包囲網が作られている気がするんだ。

 ヴィーやカルッカ嬢、他の参列者と一緒に式場へ向かいながら俺は、そんなふうに考えている。

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