32.式場へ

 ヴィーが父上を煽った、翌々日。兄上の結婚式当日である。


「お式の前日であれば、もう少しやわらかくご挨拶しましたよ?」


 準備の終わったヴィーが、穏やかに微笑んでいる。要は中一日あるために、いくら何でもアルタートンの当主が頭を冷やせないわけないよなあ、ということだね。


「ま、父上が機嫌を直せてなくても外面だけはしっかり保っていただきたいものだね」


「アルタートンのお家のために、そこは頑張っていただきたいところですわ」


 ハーヴェイにお世話になるようになってから、俺もすっかり図太くなったものだと思う。もっとも、隣にヴィーがいてくれるおかげだろうから、俺自身もう少し頑張らないとな。

 と、ヴィーの視線が俺に固定されたままなのに気づいた。まあ、お互いに礼服姿だしね。


「うふ。ほんっとうにとてもお似合いですわ、セオドール様」


「ありがとう。ヴィーもよく似合ってるよ」


「ふふ、ありがとうございます」


 兄上のおかげで素敵な礼服に袖を通せたのだから、ここは良しとしよう。

 俺はヴィーの髪色である薄めの赤を差し色に使った、深い青の上下。カフスなどのアクセントにはヴィーの瞳の色である金茶にちなみ、琥珀が使われている。

 対してヴィーは、俺の髪色の金が差し色にあしらわれた深い青のドレス。俺の目は浅い青なんだけど、イヤリングや髪留めにはその色にちなんでアクアマリンを使用している。

 で、俺たちだけが礼服を着ているわけではない。俺たちを式場まで送迎するメンバーについては、騎士団の制服を着用している。今日はカルミラも、メイド姿じゃなくてこっち。ヴィーの側つきということだし。


「プファルもカルミラもかっこいいなあ」


「ふ、ふん。ハーヴェイの分家として、恥ずかしい姿を晒すわけにはいかんからな」


 何でかプファルが俺の側つきらしいんだけど、これは本人が言っている分家ってのが大きいらしい。分家の嫡男が従っているところを見せて、俺が本家の婿だということを式に参列する皆さんに大いに広めるとのこと。


「同じく、ヴァイオレット様とセオドール様に仕える者として身を整えたまでのことです」


 カルミラも分家出身だから、以下同文。ヴィーの側についている、赤みがかった髪の騎士はハーヴェイ分家の者、と認識されるんだとか。なるほど。


「では、そろそろ参りましょうか。留守の間はよろしくお願いします、ルビカ、バルナバ、ルギエ」


「お任せを」


 カルミラの声に答えたのは、こちらは動きやすいように軽装のルビカや騎士たちだった。

 宿の部屋には、ルビカとあと二名ほどが留守番をしてくれることになっている。……いや、ここアルタートン領だから領主が何をしてくるか分からない、って皆が言って聞かないわけ。まあ、ルビカたちがいてくれるなら大丈夫かな、とは思うんだけど。




 結婚式の会場は、街中にある教会。アルタートン領の中では当然というか最大のもので、王都近辺の貴族領でも一二を争う大きなものだとか。あとなんというか、絢爛豪華。……ハーヴにはここまで大きなものはないけれど、その分シンプルで俺は気に入っている。


「ハーヴェイ辺境伯家ご令嬢ヴァイオレット様、並びにご婚約者セオドール様。よくお越しくださいました」


 結婚式や葬式などにも利用される施設なので、受付から控室からきちんと整っている。カルミラに先導され、後ろをプファルに守ってもらう形で受付にやってきた俺たちは、ヴィーが示した招待状でその身柄を認識してもらった。


「この度はおめでとうございます。これで、アルタートン家も安泰ですわね」


 挨拶するのは、あくまでもヴィーだ。俺はその隣で涼しい顔をしていればいい、と言われている。まあ、受付にいたのは兄上の侍従たちだったしな。正直、口も聞きたくない。


「はい、ありがとうございます。では、控室にてお待ちくださいませ」


「待たせていただきますわね。では参りましょう、セオドール様」


「ああ、行こうか」


 心にもない祝いの言葉を述べたヴィーに、俺は腕を差し出す。そこにきゅ、としがみついた彼女は受付にちらりと視線を向けて……ふふん、と何だか上から目線のような感じで笑った。いやいや、面倒なことしないでくれよ。


「控室って、どちらですの?」


「ん? 案内役が来てくれるだろ? まさか、領主様の御一家がそんなところケチるわけもない」


 っと、俺のほうが面倒事をやっているか。いや、慌ててやってきた女性が「ご案内いたします」って言ってくれたからいいんだけど。

 ちなみにこの女性は兄上に軽食やお茶などを持っていく担当のメイドさんで、兄上が手を出してるとか出してないとかほんのり噂が立っていた、気がする。俺が知ってるのは兄上の侍従、受付にいる彼と付き合ってるって話だけどさ。


「ふふ、ありがとうございます」


「は、はい」


 まあ、アルタートン次期当主の結婚式なんだからこういう雑用とかは家の使用人がやってもおかしくないんだけどさ、もうちょっと手際よく出来ないものかな。……兄上周りの使用人や侍従だから、というわけではないだろうし。

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