31.ご挨拶
のんびりとした行程を経て、五日ほどでアルタートンの領都に入った。……そう言えば、ハーヴェイ領の領都はハーヴだけどアルタートン領都はアルス、だったっけな。あまり名前呼ばなかったなあ、そういえば。
アルタートンの屋敷から少し離れた宿に一度入り、軽く身支度を整えてから挨拶のために実家に向かう。挨拶は口実で持ってきたお祝いをさっさと渡してこちらが身軽になるために、とはヴィーが笑いながら言っていた。やれやれ。
先触れにはルビカが行ってくれたとのことで、馬車で到着すると門が開いた。玄関前にはバロットが待っていて、馬車から俺が降りてくると分かりやすく顔をしかめる。ヴィーの殺気立った笑顔で引きつってたけど、それはあんたが悪い。
「先触れが来ていると思いますが、ハーヴェイ辺境伯家より参りましたヴァイオレットでございます。この度は婚約者とともに、アルタートン家ご嫡男様のご婚礼お祝いのご挨拶に伺いました」
「は、話は伺っております。当主夫妻がお待ちでございますので、ご案内いたします」
表面上は穏やかな挨拶を終えて、バロットの先導で……まあ当然というか、応接室に入った。『他所の家の次期当主とその婚約者』だもんな、うん。ちなみに、侍女代わりにカルミラがついてきてくれている。
一応、ちゃんとお茶は出してもらえた。それでも口にせずに待っていると、程なく父上と母上が入ってくる。俺とヴィーは座っていたソファから立ち上がり、客人として礼をした。
「ハーヴェイのご令嬢、よく来られた」
「この度はご嫡男様がおめでとうございます。式へご招待いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。遠いところをおいでいただき、ありがとうございます」
「本当に。こちらまでは長旅でしたでしょう、ゆっくりしてくださいましね」
父上の挨拶はまあ普通のものなんだけど、それに続いた母上の台詞がなあ。言ってることもそうだが、割と軽薄な物言いで。
片道のんびり五日は長旅とは言わないと思うんだが、母上の場合『辺境から王都近辺までの旅』はまるっと長旅という認識らしい。母上はご実家も王都に近い領地持ちだから、本人の自覚はともかく辺境住まいは田舎者みたいな感覚がある、気がする。
「いえいえ。お祝いの品もお持ちしておりますので、付き人に運ばせております。お受け取りくださいませ」
「これはこれは、重ね重ねありがとうございます」
ヴィーの、唇の端が一瞬だけひくっと引きつったのは多分俺にしか分からない……といいなあ。
できれば兄上の結婚式の後はもう御免被りたいんだけど、こちらの結婚式にも呼ばなきゃいけないだろうなあ。うわあ、いやだ。
「セオドール。お前も元気そうで何よりだ」
と、父上の視線がこちらに向けられた。あくまでも、俺のことは婿に出した次男扱いのようである。いや、間違ってないんだけど婚約契約書の内容、忘れたとは言わせない。
「はい。伯爵閣下と奥方様に置かれましてはお久しゅうございます」
なので、アレに応じた対応で頭を下げる。途端、母上が訝しげに顔を歪めた。あなたも読んでいないとは言わせない……と言いたいところなんだけど、本当に読んでいない可能性はある。
「……何を言っているの、セオドール。前のように父上、母上でいいのよ?」
「便宜上アルタートンの姓を名乗ってはおりますが、私は事実上ハーヴェイの者でございます。そう、婚約契約書に表記がございます。ですので、それにふさわしい呼び方をしたまでのことですが」
「え……旦那様?」
あ、やっぱり読んでないな、母上。うろたえながら父上の顔を見る表情は……単純にどういうこと、私は聞いていないわという感じか。俺が自分の子かどうかは、この際論外の様子。まあ、母上は兄上の出来が良ければいい部分があるし。
で、父上の方はというと。
「何を、『役立たず』のくせに生意気な!」
いや、だから俺、『ハーヴェイ辺境伯家次期当主の婚約者』だよね? あなたの中ではいつまでも『役立たずの次男』なのだろうけれど。
かっとして踏み出した父上と俺の間に、カルミラがするりと入った。メイドスタイルのどこにしまっていたのか、長い杖を盾のように構えて。
「ハーヴェイ次期当主の婚約者様への無礼はなさいませんよう、重々にお願い致します。アルタートン次期当主様のお式の前に、刃傷沙汰はお嫌でしょう?」
「な……」
「わたくしども、立場が立場ですので直属騎士団よりすぐりの者を護衛として連れております。どうぞ、お気をつけ遊ばせ」
ヴィーが殺気全開で笑う。いやもう、相手が父上でなければ腰抜かしてるレベルで怖い。……俺はヴィーの隣りにいて、殺気が俺には向けられていないから平気なだけで。
「ありがとう、カルミラ。助かったよ」
「これが務めですので」
で、俺は助けてもらったのでお礼を言う。平然としたままで頭を軽く下げてカルミラは、杖を背中側に回してすすと下がった。
「ご、護衛だと」
「ハーヴェイ分家の者ですし、実力は我が父の折り紙付きでございますよ」
父上の顔をやっと見直したけれど、酷く引きつっているな。もしかして、俺の婚約者なのだから力で押さえつければどうにかなるとか思ってなかっただろうか。
どうしても、女性を下に見る傾向があるんだよな、父上。ハーヴェイと違ってアルタートンは、代々男性が後を継いできたから。俺には姉妹とかいなかったから、アルタートンの女性がどれだけ強いのかというのは知らないけどさ。
「伯爵家であれば、当主のそばに置く使用人もそれなりの身分でございましょう? それを見下すのはどうかと思いますわ。ねえ、セオドール様」
「そうですね。くれぐれも、屋敷の外でそのような言葉をお吐きになりませぬよう」
この話は、ここで収めるつもりかな。ヴィーの考えをそう受け取って俺は、一応父上にそう言った。……ハーヴェイ分家といえばプファルが子爵家だけど、カルミラも子爵か男爵の家の出なんだろうな。いずれにせよ貴族だ、扱いには気をつけないといけない。
父上はまだ引きつったままだったけれど、母上のほうがそこに気づいて口を挟んでくれた。
「そ、そうね。ごめんなさい。あなた方の騎士に対しての暴言、どうか許してちょうだいな」
「リリ! ……く、そうだな、済まなかった」
ここで問題を起こして、ハーヴェイから王家なりどこかに問題を奏上されるとアルタートンは困る。多分そういう判断でだろうけれど、父上も謝ってくれた。済まない、なんて言うことすら父上は珍しいからな。俺なんて一度も言われたことないぞ。
「謝罪はお受けいたします」
それを知ってか知らずか、ヴィーはあっさりとそう答えた。まあ、ごねたところで話が好転するとは全く思えないしね。もと身内の俺がそう感じるんだから、そもそも他人のヴィーやカルミラにしてみれば、な。
「さあセオドール様、宿に戻りましょう。お式の準備がございますでしょうから」
「そうですね。では伯爵閣下、夫人。式場にて」
父上に対する態度から一転、穏やかに笑ってくれたヴィーが差し出した手を取って、俺はもと両親に礼をした。
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