30.結婚式に行こう

 俺がハーヴェイ領に住まいを移してから、四ヶ月。

 間もなく行われる兄上の結婚式に出席するために、俺とヴィーはこれから出立する。


「では義父上、義母上、行ってまいります」


「お父様、お母様、行ってまいります」


 参列のために作った礼服は、持っていく荷物の中にきちんと収まっている。俺たちが乗る馬車と、荷物やあと結婚祝いの品などを積み込んだ荷馬車が二台。護衛も含めて十名ほどの、こじんまりした部隊で向かう。


「セオドール君、問題があればすぐにうちの馬車で帰ってきていいからな」


「は、はい」


 義父上は、俺の肩をがしっと掴んでそう言ってくる。地位としてハーヴェイ家直属の騎士団員であること、婚約契約書にてハーヴェイ側の者として扱われていることから、アルタートンが何を言ってきても反論はできるそうだ。まあ、逃げるが勝ちとも言う。


「そうね。ヴィー、セオドール君をしっかり守ってあげるのよ」


「もちろんですわ。皆もついておりますもの」


 義母上とヴィーは、ものすごく好戦的な笑みを浮かべている。いやもう、いっそアルタートン対ハーヴェイで模擬戦やってもいいのではないだろうかというくらい。……実際にやってどちらが勝てるかは、さすがに分からないけれど。

 そうして、ヴィーが言う皆。この場合は、俺たちに同行する護衛の皆さんである。まあ、当然というか騎士団から選ばれてるわけだけど。


「そうだな。プファル、ルビカ、ナッツ、リーチャ、そしてカルミラ。頼んだぞ」


『お任せくださいませ』


 ほぼ知ってる顔。もちろん、他にもいるけれどこのメンバーは側つきということで。

 最後のカルミラは、ヴィーと同い年でちょっと小柄な少女。ヴィー付きのメイド、という体で付いてくるのでメイドスタイル。

 よく見ると赤が混じっている黒髪を三つ編みにして眼鏡を掛けて地味なふりをしているんだけれど、プファルと同じくハーヴェイの分家の出だそうでまあ、実際はパワフル騎士である。


「では、そろそろ行きましょう。お乗りくださいませ」


 俺たちの乗る馬車の御者を務めるナッツが、のんきに声を上げる。まずはヴィーを、そして俺を手を添えて馬車に乗せてくれた。カルミラは後ろの荷馬車にするりと入り込み、他は各自の馬に乗って出発。

 荷馬車の御者たちも騎士団から選ばれたメンバーで、いざというときの荷馬車の対処は任されている。ま、賊くらいならさっくり切り捨てるんだろうけど。




「……まあ、次期当主が動くんだから、騎士団が護衛につくのは当然か。知った顔が多いのは安心できるしな」


 馬車が領都ハーヴの壁の外に出て、ゆっくり進んでいるのを確認してから俺は、小さくため息をついた。いや正直、この中で一番強いのはヴィーなんだろうけどさ。でもほんと、知り合いというか同僚というか友人ばかりなのは安心する。行き先が行き先だし。


「ええ。それに、ある意味敵陣ですもの……言い方がきついですか?」


 俺の言葉に答えるように、ヴィーもさっくりと本音を漏らしてくれた。いや、まったく。


「全然。俺からしても、まあ敵陣だよなあ……兄上が、俺の顔を見て何て言うか」


 一応、婿に出る予定の弟が兄の結婚式に出席するのは何の問題もない。ヴィー宛に来た招待状の宛名に婚約者、即ち俺も入っているのだから、行かないなら行かないで絶対に文句を言ってくる。賭けにもならないレベルで。


「何をおっしゃられたところで、セオドール様がお気になさることはありませんわ。まさかとは思いますが、手をお出しになってきたら軽くひねって差し上げますから」


「あーうん、俺がやるよりヴィーのほうが良いか……ごめん、頼めるかな」


「お任せくださいませ」


 うんヴィー、ドレス姿で力こぶ作らなくていいからね。

 なお、俺の服もヴィーの服も、礼服はともかく今着ているものは少々余裕を持たせてある。要は戦闘になった場合に戦えるように、だ。礼服でもまあまあ戦えるらしいけれど、さすがにない……よな?


「それにしても。ルビカやナッツは分かるんだけど、プファルまで付いてくるとは思わなかった」


「ああ」


 相変わらずお嬢様の婿は俺のほうが適格だとか叫びつつ、模擬戦では対俺の勝率が五割を割り込んでいる。と言っても本当に僅差なんだけど……そのプファルが、ヴィーはともかく俺の護衛で来るなんてな。


「よい機会ですから、アルタートンの騎士を見てみたいのだそうですよ。どうせなら一度や二度、剣を交えてみたいとか」


「あ、そういうこと」


 ヴィーに言われて納得した。俺としても、ハーヴェイの騎士とアルタートン……というか王都守護騎士団の騎士の模擬戦とか見てみたいよな、たしかに。


「でも、お相手してくださいますかしら?」


「父上も兄上もプライドの高い方々ですから、その辺りをくすぐってやれば向こうから剣を抜くかと」


 その前に拳握って突っ込んできそう、とは思うんだけど、いくら何でも他家の騎士にそれはないだろう。ないと思う。

 あったりしたら王都守護騎士団、どういう教育してるんだとたちまち噂になるはずだ。そこの騎士の一人、しかも副長の嫡男が迎える結婚式なのだから、有力貴族の招待客もいるはずだもんね。

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