28.招待状
焼肉パーティ終了後、俺とハーヴェイ本家一同は屋敷に戻った。メイドさんにお茶の準備をしてもらい、リビングに集まる。
もちろん、兄上からの招待状について会議をするためだ。ご面倒をかけて申し訳ないというか、後三ヶ月切ってるだろうが。
「大体ね。セオドール君が来る前には何のお話もなかったのに、いきなりなんておかしいじゃないの」
義母上が、べんとテーブルの上に招待状を放り出しながらおっしゃった。あ、やっぱり元々招待状は出してなかったのか。
父上からしたらつなぎを取りたい相手だろうけれど、兄上からしたら国境に領地のある他所の貴族、位の認識だったのかもな。国防にとっては重要な家のひとつなんだけど。
「俺の婿入りで一応の親戚関係になったから、慌てて招待したってところでしょうね」
その招待状を手にとって、くるくると見回す。宛先はヴィーで、横に小さく婚約者様、と記されている。この綺麗な文字は確か母上の字なんだけど、あの人俺の名前書きたくなかったか、そうか。
「あら、アルタートン家はセオドール君とは縁を切ったんじゃなかったかしら」
「そういうことは言われたはずですけど……まあ、父上と兄上だしなあ」
呆れ顔の義母上に頷きつつ、父上の言葉を思い出す。
『セオドール、これよりお前の家はハーヴェイ辺境伯家となる。しっかり働き、骨を埋めてこい』
まあ、回りくどい言い方だけどもうお前はアルタートンの人間じゃない、という感じだよな。ヴィー宛の招待状に俺の名前を書かず婚約者様、なんて書いてあるのもつまりはそういうことだ。
それでも、俺がハーヴェイに来た後で招待状を送ってくるってことは、兄上の弟である俺の婿入り先にいい顔をしたいとかだろう。まったく、あの家族は。
「自分に都合の悪いことは忘れているんだろうな。ままあることだが」
ふん、と義父上が鼻を鳴らす。俺が持っていなければ、招待状をびりりと破られてもおかしくなかったな、あの顔。
「さて、どうしようか。欠席してもいいが、この手の相手は後々面倒になりそうだ」
「だったら、出席したほうが良いと思いますよ。欠席してしまえばアルタートンは確実に、ないことないこと言ってきますから」
いや、欠席という義父上の提案はすっごく魅力的なんだけどね。
もしそうしたら兄上は自分の結婚が羨ましいんだ、ろくな婿がいないからとか何とか言う。聞いた人の印象がどうなるかは多分考えない。
父上とか母上とかは、うちの息子を婿に取ったのに兄の結婚式に来ないなんて失礼だ、王家の覚えめでたいアルタートンに何か文句でもあるのかなんて余計なことまで言いかねない。……さすがに内戦にはならないだろうけど、多分、きっと、おそらく。
「……そう言えば。セオドール君が持ってきてくれた荷物の中に絹があったね。確か、アルタートン領の特産品だったが」
「まさか、布の中に何か入ってましたか」
「絹の販路を広げたいので、良い取引先を紹介しろという手紙と金子がね」
あ、義父上、まじで怒ってるな。その割に、今まで俺には何も言ってこなかったけど。
「セオドール様が悪いんじゃないですからね。手紙が入っていたことなんて、ご存じなかったでしょうし」
「そうね。ああ、お金は二人の結婚資金の一部にしてあるから大丈夫よ」
対して女性二人、ヴィーと義母上は上機嫌だ。ただしふたりとも、こめかみに青筋が立っている。やっぱり怒ってるし。
父上のしょうもない考えは看破されているだろうけれど、ここは俺がはっきり言っておくか。
「まあ父上のことですし、ハーヴェイと仲良くなれば隣国に輸出するための関税や通行税を優遇してもらえるとか」
「あらいやだ。そんなこと、すると思っているのかしら」
「まだ、書状で言ってきてはいないからねえ。証拠があれば、それで逆に割増するつもりなんだけど」
「それに、絹ってアルタートンだけではありませんからね。他の領地でも、生産はされていますし。ハーベストとか」
……ありゃ。ハーベストって、プファルの実家だよな。そちらの領地で絹が作られているのなら、わざわざアルタートンから買うのはないか。他の家ならともかく、ハーヴェイはハーベストの本家なわけで。
俺が持ってきたアルタートンの絹は何だかんだで使われているようだけれど、品質はどうなんだろう。こちらの人なら、ハーベストの絹と比べることもできるだろうし。
「同等、といって良いんじゃないかしら。シャナン・ファクトリーで分析してもらったけど、そんな感じだったわよ」
だから尋ねてみたら、義母上がきっぱりと答えてくれた。ハーベストの絹はまだ生産量が少なめで、販路が限られているらしい。
だったら俺の知ってるアルタートンのやり方を記して、ハーベストに送ってもらおうか。黙っていろ、とは言われたことないし……もしかしたら、俺がアルタートンの養蚕に関して無知とか思ってないだろうな。あり得るけど。
「……セオドール様。わたくしはセオドール様とご一緒するのはとても嬉しいのですが、確実にあちらのお家から何か文句をつけて来ますわよ」
と、話を本題に戻そう。ヴィーの指摘は、確かにそうだ。俺が平気な顔して、もしくはヴィーと仲良く参列したら、それはそれで父上……より兄上だな、いちゃもんをつけてくるのは。
「難癖をつけて家に引き戻そう、なんて愚かなことにはならないと思うが……相変わらず書類は遅いわ読みにくいわで、王都の文官の間ではすっかりアルタートンの評判は落ちているからね」
「右筆とか秘書とか雇わないんですね、兄上」
義父上が、とっても楽しそうにそんな報告をくれた。いや、だからちゃんと文官雇えば問題なかっただろうに。内輪で何とか回しているんだろうか。
けど、そんなしょうもない話から俺がアルタートンに引き戻される可能性がないとは言えないのがこう、情けない。一応血が繋がっている者として、うん。
ただ、義父上の笑みは収まらなかった。懐から別の書類を取り出して、ひらひらと封筒を見せる
「アルタートン家とセオドール君の関係について、こちらの『息子』として扱えという書面があってねえ。婚約契約書っていうんだが」
「は?」
婚約契約書。そんなもの作っておいたのか、義父上。
もしかして、アルタートンと俺の回りの調査をした結果、そういうのを作っておいた方がいい、となったわけか。
「ジョナス・アルタートン伯爵の署名がきちんと入っているからね。だからヴィー、セオドール君のことは事実上の配偶者、ハーヴェイ家の一員として行動して構わない」
「まあまあまあ、そういうことでしたら!」
途端、ヴィーはとても晴れやかに微笑んだ。ああ、可愛らしいな、俺の大切な婚約者。見惚れる。
「出席、ということでお返事を書かせていただきますわ。婚約者ともども、佳き日をお祝いさせていただきますと」
「それなら、参列用の礼服をあつらえないとね」
「人様の結婚式に参列するのですから、程よく地味でないといけないわね。まあ、シャナン・ファクトリーであれば適切に作ってくださると思うのだけれど」
「自分たちの結婚式用には、また別に作ってもらうからね。主役なんだから当然だけど!」
結論が出た瞬間、ハーヴェイ家の話題は次に移った。あ、またあちこち測られるんだろうな。いや、地味に楽しいけどね。
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