26.焼肉の元
「セオドール様、プファル。猪の気を、そらしてくださいまし」
ハーヴェイ辺境伯家をいずれ継ぐヴィーは、鍬を剣代わりに構えながら堂々と言い放つ。俺たちを囮に、自分が猪のとどめを刺すつもりなのだろう。それが、最善策だから。
「分かった。一番強いのはヴィーだからね、任せるよ」
「猪の攻撃に当たらなきゃいいんだろ、任せろ」
俺は、指示ととどめをヴィーに任せると言った。
プファルは、そこまでの囮役を任せろと言った。
だからこれで、俺たちの簡単な打ち合わせは終わる。眼の前でぶふー、と鼻息荒く身構えている大猪に向けて、足に力を込めた。
「じゃ、行くよプファル!」
「おぉ、俺を置いていくんじゃねええ!」
地面を蹴って、猪の周りを回るように走る。一瞬遅れて、プファルが反対回りに駆け始めた。猪が何だ、何だというように視線で俺たちを追う。首を振って追うには、猪の首はあまり向いてない。
「おりゃああああ!」
俺に意識を向けた猪の死角、後ろからプファルが鍬で殴りかかった。足の方向はちゃんと気にしてるから、蹴り飛ばされることはないだろう。……普通の馬に蹴られても危ないんだから、この巨大猪の蹴りを食らったら人間、無事ではいないだろうし。
で、プファルの一撃は猪の足首にクリーンヒットした。身構えて踏ん張っていたから、当てやすかったのだと思う。途端「ヒィイイイ!」と悲鳴を上げながらその足を上げて、猪はプファルに向き直る。つまり、今度はこちらが死角。
「はああっ!」
俺のすぐ前、耕したばかりの地面にめり込んだ足先に向けて、これまた耕すように鍬を振り下ろす。ずば、がつんと硬い音がしたのでもしかしたら、骨まで届いたかもしれない。
「ぷぎゃっ!」
「っと!」
猪の悲鳴が聞こえて、慌てて鍬を引き抜いた。次の瞬間、足が振り上げられてずしんとまた別の場所に踏み降ろされる。そう、足なんだから踏んだり蹴ったりするだろう。文字通り。
「おら、こっちだ焼肉の元!」
「ぶふぃ!」
プファルの叫びとがきんという金属音、それに重なる猪の悲鳴。その向こうに見える、一撃必殺の隙を狙っているヴィー。
……ひとまず焼肉の元、というのはどうかと思うのだけれど俺たちの晩御飯になるのだから、いいか。
「今日の晩御飯、ありがたく頂く!」
こちらが横薙ぎにした鍬が、足払いのように猪の足首を跳ね飛ばした。バランスを崩し、ぐらりと大きな身体が揺れる。
「セオドール様、見てくださいまし!」
ここを機会と見て取ったのか、ヴィーが上空に舞い上がる。……なんだろうねあの身体能力、猪の体高の三倍ぐらいは行ってるよ。
まさか、俺もやればできるとか言わないだろうな? いや、二倍なら、何とか?
それはともかく。
「わたくしの、一撃いいいいいっ!」
上から声と、風と、鍬の一撃が降ってきた。見事に、さっきプファルが言っていた額の少し上に、まっすぐに。
「ぴぎいいいいい!」
「うるさいですわ! おだまりなさいませ!」
……ついでとばかりに、首筋に踵落としを決めている。ぼきり、と言う音がしたんだが……あれで、首、折った?
「……折れたな。さすがお嬢様」
「……うわあ」
プファルが納得したように頷いたので、本当に折ってしまったらしい。
……えーと、義父上がアレを出来そうなのは納得するんだが。
「父上と兄上、アレできるのかな」
アルタートン家も、ハーヴェイ家と並んでその血筋が持つ肉体はまあ丈夫というか強いと言うか、である。正直、俺もその恩恵を受けているわけで、修行時間が短くても何とか騎士団の先輩各位についていけている。
それと、アルタートンでも大猪の肉が食事に出てくることは何度もあった。時には父上が、時には兄上が自分が仕留めたと自慢げに語るのをへえ、と聞き流していたけれど。
「アルタートンの当主ならできんじゃね? 俺はもうちょっと修行しないと無理だけど」
「修行すればできるんだ!?」
「一応ハーヴェイの分家だからな、うち」
ちょうどそばに来たプファルいわく、そう言うことらしい。
……ああ、それでこの一頭、俺たち三人に丸投げされたわけだ。ハーヴェイの本家、分家、アルタートンだから肉弾戦でどうにかなるだろう、と。
他の四頭は、とくるりと見渡すと既に終了済みのようだ。子供はともかく、もう一頭の親、どう見ても投げられて頭から落ちて、という感じに見えるんだが誰が投げた。
「ああ、そっち終わったかい? さすがだねえ」
ぱんぱんと手を叩いてにこにこ笑っているリーチャがいたので、尋ねてみる。この人か、もしかして。
「ヴィーがやってくれました。あの、そちらは……」
「あたしが投げた。ちょっと手間だったけどねえ」
やっぱりか!
というか、大猪って人間が投げることができるんだ。わーすごいなー……って、リーチャって何者なんだろう。
いや、今考えるのはやめておく。それどころじゃないから。
「ほら、迎えの荷車来たよ! 猪積んで、ハーヴに持って帰るから!」
『はいっ!』
だってこれから、大猪を領都ハーヴに持って帰っていろいろな処理して、夕食の焼肉にしなくちゃならないんだから。
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