25.猪包囲網

 この畑は、領都ハーヴの壁の外にある。ただ、魔物が接近してきても分かるよう、森林とは距離を取っているんだけど。

 大猪は、その距離をかなりの速度で突進してきたようだ。ふうふうと息は荒く、鋭い目がこちらを睨んでいる。プファルは……その後方、ひとまず猪の蹴りは食らいそうにない場所で伏せたままだ。動くと、意識を引くかもしれないからな。

 と、畑の外……森からこちらへとのしのし、と歩いてくる影がある。体型は今目の前にいる大きな猪と同じ形……大きいのが一つ、小さいのは二つ? 三ついるかもしれない。


「ヴィー、まだいる」


 大声を出すと猪を刺激して、こっちに突進してこられるかもしれない。だから声を低くして、ヴィーに呼びかけた。

 俺が視線を遠くの猪の方に向けると、彼女もそれにつられて見てくれた。よし。


「そうみたいですわね」


 頷いたヴィーは、素早く周囲に目を走らせる。と、その中でナッツがちょい、と右手を軽く上げた。


「ナッツ、数は確認できました?」


「アレ入れて五頭。サイズからいって番と子供だな」


 なるほど、大猪の数を把握してたのか。ナッツの言うアレ、は目の前にいるやつだろうから後から来る大きいのと番、小さいのが子供で三ついるということになる。

 ……あ、だいぶ接近してきて気づいたけれど子供の方もかなり大きくなってるな。体高が俺の胸元くらいまである。


「だそうですよ、リーチャ」


「ふふふ。これはありがたい」


 あ、リーチャの目が据わっている。口元にはこらえきれない笑みが浮かび、そうして彼女はぶんと右の拳を振り上げた。


「よおし、お前たち! 今夜は焼肉だよ! 怪我したら取り分なくなるからね、ぬかるんじゃないよ!」


『おおおおお!』


 途端、ここにいる騎士団員ほぼ全員が雄叫びを上げた。いや、俺もついつい……と思ったらヴィーもノッていた。

 大猪、親二頭に結構大きくなった子供三頭。野菜も込みで焼肉にすれば、皆お腹いっぱいにはなるはずだ。子供の肉は柔らかいし、倒してすぐに血抜きなどの処理をすれば臭みがつかず美味しくなる、とはリーチャはじめ先輩方の言うところだ。

 アルタートンでも大猪の肉は食べたことがあるんだけど、ちょっと鉄の味とかして苦手だったんだよな。あれが処理不足からくるものなら、ハーヴェイで食べる肉はきっと美味しいから。


「ぶひいいいい!」


 おっと、一番近くにいるやつが吠えた。その後ろで、やつの意識が向かないだろうと考えたのかプファルがむくりと起き上がる。右手には、鍬をしっかり握りしめて。


「おりゃあ! 親は俺が倒すううううう!」


 そうして、思いっきり振り上げた鍬を猪の尻に叩きつけた。つる、と滑るような感じがしたのは毛皮が油を含んでいるから、だな。

 振り返ろうとした猪に向かって、俺は走り出した。後から来る四頭には、リーチャや他の仲間たちが行ってくれてるのが見えたから大丈夫だと思う。


「一人でやるな、血の匂いで興奮したらどうする!」


 声を上げながら、プファルと二人で挟むように猪の前に出る。肩までが俺の背丈くらいある大猪は、当然横も同じくらいというか丸く太っている。目は鋭いし、口元から牙も見えるし。たしか雑食だと聞いたことがあるから、うっかりするとこっちが食われる。


「っ、そ、そうだな」


「ぶふうっ」


 剣を持たない代わりに、鍬を構え直すプファル。俺も持っているから、同じように構える……当然だけど剣とバランスが違うな。

 まあいい、いざってときはそばにある何でも武器にして戦わないといけないんだから。


「よ、よーし。今日は特別に! お前と組んでやる、ありがたく思え!」


「うん、ありがとう!」


「~~~」


 ……おや。

 プファルの方から組んでくれるって言ったからお礼を言っただけなのに、何凍りついたように固まってるんだろう。俺はそんなに信用がないんだろうか?


「セオドール様、プファル!」


 ヴィーの叫び声と共に、猪の巨体が横っ飛びにふっとばされた。どうやら俺に迫ってきていたところを、ヴィーが横から脳天に飛び蹴りを食らわせたらしい。恐るべし、ハーヴェイ。


「……やっぱ本家は違うわ」


「何をおっしゃってるんだか。やろうと思えばプファルも、このくらいは出来ましてよ? セオドール様には、わたくしが付いておりますからご安心を!」


「あ、はい」


 俺やプファルとは違って、持ってる鍬をくるくると軽い木の棒のように回転させるヴィー。いやうん、俺もアルタートンなんだからそこそこ身体能力は高いのだろうけれど、ちゃんとした訓練を始めて一ヶ月ちょっとだからね。


「他の個体は、皆様におまかせしております。リーチャもお強いですからご心配なく」


「つまり、こいつは俺たち三人でやれってことか」


「そういうことになるね」


「ぶひ、ぶふううう」


 ヴィーも入って三人になった包囲網を、猪はぎろりとにらみつける。ああでも、ヴィーが一緒だっていうだけで何だか勇気が湧いてくる、気がする。


「額の少し上、微妙に皮と骨が薄いところがあるからよ。そこに一撃食らわせりゃいい」


「まずは足止めからだね。ほんとありがとうプファル、教えてくれて」


「うふふ」


 急所を教えてくれたからまた礼を言ったんだけど、なんだかプファルが「うぐ」と息を呑んだ気がする。はて。

 それからヴィー。とても笑顔が可愛いんだけど、そんなに今の会話が面白かったかな?

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