24.畑仕事

 ハーヴェイ領の騎士団には、戦闘訓練や座学以外にも重要な任務がある。

 ずばり食料調達。……魔物や大型動物の狩りもそうだけど、さらに畑仕事もあるんだよね、これが。


「まあ、確かに重要任務だよな。戦うにしろ何にしろ、食べないと始まらないし」


 他の作物を採り終わった畑に肥料を入れ、土を耕す。しばらく寝かせておいて、次に備えるんだそうだ。

 他の畑は芽が出始めたところとか、葉が生い茂っているものとか、そろそろ実り始めているのはきゅうりかな。

 ハーヴェイ辺境伯領は王都よりは少し南にあって、温暖……というよりはちょっと暑い感じの気候。なので農作物もまあまあできるんだけど、その分魔物が食べに来たりするのでその攻防も騎士団のお仕事になる。


「多く作ってしっかり保存しておけば、飢饉が起きたときに民に放出できるしな」


「というか、自分で作った野菜て美味いぜ。俺、セロリ克服した」


「わたくし、今でも苦手ですの。ナッツが羨ましいですわ」


 何だか仲良くなってしまったルビカとナッツが、俺とヴィーのすぐそばで鍬を振るっている。ヴィーは農作業ももう慣れた様子なのだけれど、少し頬を膨らませているのは多分セロリのせいだな。セロリごめん。


「俺が、美味い野菜を、作るんだああ!」


 そうして、今日も元気なプファル。叫びつつも、しっかりと地面を耕しているのはさすがだな。

 俺も負けてられない、とざくっと鍬を食い込ませた。収穫後ということもあり、ほどほどに耕しやすい。


「ほらほら若い衆、しっかり耕しな! 半年後、一年後の自分の腹は、これで満たされるんだからね!」


 騎士団の中で、農作業をメインにやっている班がある。今大声を上げているのはその班のリーダーでリーチャ・バルック。緑がかった銀髪をポニーテールにした恰幅のいい女性、というか姐さんと言ったほうが似合うなと思うんだけど口には出してない。


「リーチャ、こっちはこれでいいのか?」


「もう少し、肥料入れてもよさそうだね。……そうそう、そのくらい」


 別班に指導しつつ、こちらの様子も見てくれている。面倒見のいい人だとは先輩各位から話を聞いているんだけど、たしかになあと思う。

 ……俺、アルタートンでは一応ちゃんと面倒は見られてたけど、その面倒とは違うからなあ。まあ、楽しいからいいか。


「畑耕すのは、鍛錬になるからねえ。それに騎士団たるもの、畑を荒らしに来る魔物くらいは退治できないと」


「んでついでに肉も調達する、と」


「そうそう」


 ナッツと仲良く、ざくざくざくと耕している。いやスピード早いなふたりとも、俺は追いつけないぞ。

 いや、無理に追いつく必要はないか。自分なりにしっかり、耕していかないと。


「セオドール。しっかり腰入ってるねえ、遅いのはしょうがないさ」


 いきなり、名指しで呼ばれた。顔を上げると、いつの間にかまあまあ近くまで来ている。極端に接近してこないのは……ああ、ヴィーがなんかそわそわしてるからだな。というか、仲間相手に臨戦態勢は駄目だぞ。


「あ、ありがとうございます。農作業、縁がなくて」


「農家の出か趣味でやってるかじゃないと、そう縁はできないね。悪いけど、騎士団にいる間は頑張っておくれよ」


「はい、もちろんです」


 趣味で庭いじりをする人はいるので、そういう人なら慣れているとリーチャは言いたいんだろう。

 そう言えば、俺、趣味ってあまりなかったな。何か見つかるといいな、と思って鍬を握り直した。


「ヴィー、こっち手伝ってくれるかな!」


「はい! 今参りますわ、セオドール様っ」


 ここで暴れてもらっても困るので、ヴィーを呼んでみる。彼女も騎士団の先輩に当たるのだから、当然俺より作業は慣れているからな。

 というか、鍬とシャベル両手に持っていそいそと来てくれる姿はとても可愛い。……辺境伯邸ってそれなりに広いから、庭の隅っこで花なり野菜なり作ってもいいかな。二人で。


「うおおおお! 俺も手伝ってほしいぞお嬢様あ!」


「あんたは一人で静かにおやり!」


 ……まだ喚いてたプファル、よく見たら畑一枚耕し切ってないか。いや、他の連中もいるけどさ。

 明日筋肉痛にならないように、マッサージでもしてやったほうが良い気がする。もっとも、筋肉痛で潰れてくれれば一日静かでいいかもしれないけど。


「……ちぇ」


 プファルが大人しくなった。リーチャに叱られたのが効いたのかな、と思いながらちらりとそちらを見て、とっさに叫んだ。


「プファル、伏せろ!」


「っ!」


 俺の叫びにちゃんと反応してくれて、べしゃっと倒れるように地面に伏せたその上を大きな影が飛び越えた。大猪だよな、アレ。

 食用には良いんだけど、何しろ体高が人間の身長くらいあるビッグサイズ。それで馬と同等レベルの速度で突っ走るので、一般人はとにかく逃げるしかないという、一応魔物の範疇に入る存在だ。


「うわわわわ」


「散開!」


 慌ててるプファルは置いといて、ヴィーが叫んだ。途端、俺も含めてここにいる騎士団員がばらっと散り、着地したところで一旦停止した大猪を包囲する形になる。

 と言っても、農作業中に剣はぶら下げてない。俺たちが持っているのは鍬やらシャベルやらの農具なわけで。

 さて、どうする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る