23.父たちの腕

「負けねえぞくそおおおお!」


 翌日からも、わりと和気あいあいな感じで訓練は続いている。いや、なんか一人だけテンション高いけど。


「プファルは、ずっと元気だねえ」


「何を言われましても、わたくしの婚約者はセオドール様で確定なのですが」


 俺とナッツ、二人を同時に相手にしてけろっと模擬戦勝利しているヴィーがにこにこ笑っている。いや、さすがハーヴェイ家の嫡女というか。


「俺も、訓練頑張らないとなあ。ここで怠けて、プファルにふっとばされるわけにはいかないし」


「まあ、俺たちも頑張るんで安心してくれよ。っていうか」


 休憩で汗を拭きつつ、ナッツと言葉をかわす。まあ、ヴィーと対等には戦えないと思うけれど、役立たずにはなりたくないしな。

 と、ナッツがくるっと顔を向けた先。ルビカが「何だ?」と首を傾げていた。


「なあルビカ。普通さ、領主だの隊長だの団長だのが一番強い必要ってないよな?」


「ないない。ハーヴェイとアルタートンは、ある意味特殊じゃねえか?」


 そのナッツの質問に、ルビカはぱたぱたと手を振って答えた。まあ、確かにそうだよな。

 集団の長が一番強い必要は、人間の場合あまりない。動物や魔物の群れの場合は強さが権力みたいなところがあるから、わかるんだけど。

 ただ、ハーヴェイは義父上が一番強いし、その義父上の後継者としてヴィーが選ばれたのは候補の中で彼女が一番強かったからだ。

 アルタートンは、まあ似たようなものか。俺は兄上に戦闘力で敵わないから、そもそも後継者としては論外だった。


「……セオドールの父上、そんなに強いのか」


 ルビカの答えを受けて、ナッツは俺に向き直る。俺の父上の話なんだから、たしかに俺に聞くのが一番早い……んだろうけれど。

 俺は、家の中の父上しか知らない。だから、知っていることを答えとして差し出そう。


「まともに戦っているのは見たことがないけれど、時々国王陛下からお褒めの言葉は頂いてたな。第一師団長だし、大型の魔物が出た場合は先頭に立つこともよくあるらしいから」


「……兄上の書類絡みみたいなこと、ないよな?」


「ないと思うけど」


 兄上の書類絡み。つまり、部下などを扱き使ってその戦果を自分のものにする、みたいなことか。

 それはなあ……というか、どうやってごまかすんだろ。父上は副長だから、上に団長がおられるんだよな。ものすごく厳しい方だという話は、俺にすら届いてるんだから。

 で、俺だって知ってるレベルの話を、例えばルビカが知らない訳はなく。


「いくら何でも、そこまではないだろ。言ってもセオドールの父上、まだナンバー二なんだぜ」


「ああ、そっか。副長だっけ、上いるもんな」


「うん。だから、おかしなことしてたら気づかれると思うんだ」


 王都守護騎士団長、ガロイ・オートミリア侯爵。王都を護るトップは、国王陛下の懐刀と言ってもいい武門のご当主だ。

 なお、父上とは仲良しではないという評判……あんまり仲良しだとこう、騎士団を私物化しかねないとか何とかで互いに監視役みたいなところがあるらしい。ちなみにこれは、父上が愚痴ってたのを聞いたことがある。


「アルタートン伯爵でしたら、実はわたくしのお父様が数度ばかり魔物討伐をご一緒したことがございまして」


 と、唐突にヴィーがそんなことを言ってきた。……さすがに俺絡みの調査とか言うわけじゃ、ないよな。

 父上も義父上も武人なんだから、普通に任務として一緒になることはある、はず。


「そうなの? ヴィー」


「ええ。七年前にスタンピードが起きたことがございますでしょう」


「ああ、アースリザードの変種が王都に突進してきたあれか」


 スタンピード。

 元々は動物なり魔物なり人間なりが、何かの要因で暴走する……文字通り突っ走る、という意味合いだったらしいんだけど。

 それが転じて、現在では主に魔物の群れが移動しつつ暴れまくる、みたいな使い方をされている。

 で、七年前のそれは魔物の群れの進む先が王都方面だと分かったので、当然そこは守護騎士団の出番となったわけだ。


「確かに父上が部隊率いて出たけど……あ、そうか」


「変種の背後から、ハーヴェイの軍勢が数を削って削って削りまくったのですわ」


 魔物が突進していくんだから、その背後から部隊が追いかけながら最後尾の魔物を倒しまくる。それで、魔物側の戦力は減っていく。

 進行先には別の部隊が展開しておいて、待ち伏せ攻撃すればいい。


「で、王都の少し手前で守護騎士団と挟み撃ちにして全滅させたんだっけね。なるほど」


 七年前は待ち伏せ側に父上が、追撃側に義父上がいたわけだ。最終的に二つの部隊で挟み撃ちにして、アースリザードを壊滅させた、ということになる。

 ……リザードと言っても、人の身長の倍くらいある体長に鋭い牙と硬い皮を持つ、肉食の魔物だからね。倒した数は……えーと三桁後半だったっけか。


「王都目前にたどり着いたときには、二百ほどに減っていたそうですわ。その三分の一ほどを、アルタートン伯はご愛用の槍と剣で舞うように切り裂かれたと、お父様がおっしゃってました」


「辺境伯閣下も、同じくらいを倒されたと聞いていますが」


「ええ。そういうことよ、ルビカ」


 ヴィーの話と、ルビカの話。

 つまり、少なくともその時点では父上と義父上は同じくらいの能力はあったわけか。


 ……あ、いや。

 義父上は部隊を率い、スタンピード勢の背後からその数を削り取りながら王都まで向かった。その分の数は、入っていない。


 まあ、いずれにしろとんでもない腕の持ち主だとは再確認できた。

 兄上も、その程度には魔物を倒せるんだろうな。多分。

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