22.文字は丁寧に
午後からは、小班に別れてそれぞれやることがある。
馬の訓練をするもの、剣の訓練を続けるもの、あと座学。俺はヴィーとともに、最後の班に入っている。ヴィーは次期当主として勉強しないといけないし、それは婚約者である俺も同じだからね。
といっても、座学というよりは文字や文章を書く練習、のほうが正しいとか。ナッツのように平民から入ってきた人だったりすると、読み書きができなかったりするしね。
「ほら、これ。俺が前に見たやつじゃないけど、同じ字だから持ってきた」
で、同じ班に入ってるルビカが、書類をいくつか持ってきてくれた。騎士団で書類作業する際のお手本に、と置いてあるものらしいんだけど。
「あら。本当に、セオドール様のお書きになる文字ですわね」
「うわあ、本当に俺が書いた書類だ」
ヴィーは、俺がちょこちょこお手伝いをしてる関係で俺の文字を見たことがあるのでさっくり断言してくれたわけなんだけど。
確かに、書いた覚えのある書類がでてきた。これはまあ、ハーヴェイ家にあってもおかしくないやつだな。
「……魔物から得た物資の取引リストですわね。これ」
「魔物討伐が終わった後にさ、皮や骨とか肉が結構余ったんで必要なら要りませんかって売ったんだ。ハーヴェイにも来てたんだな」
討伐した魔物から取れる資源に関しては、その扱いは討伐した部隊に任される。予算が足りないときの補填なんかに使われたりもするんだけど、王都守護騎士団からハーヴェイに売ってたわけだ。たしかに、記憶にある。
……当時は、ハーヴェイ家がヴィーの実家だなんて知らなかったなあ。世の中、地味に狭いよな。
「この時の購入品目は、確か爪と牙だったよね。ヴィー」
「ええ、そうですわね。ハーヴェイ領は武器よりも、魔物解体用のナイフが数多く必要ですから」
ざっと見たところでなんとなく内容を思い出したので、ヴィーに確認する。なるほど、武器は鍛冶屋さんがちゃんといるはずだから特に問題はないので、そうじゃないものを得るために爪と牙を買い込んだ、と。
魔物の種類にもよるんだけど、大型の牙と大型・中型の爪は加工することで動物や魔物を解体するためのナイフになる。皮や肉を切り裂くには、それ用に発達した魔物の部位を使うのが最適ということなんだっけ。あれ、でも。
「ナイフに使う爪や牙って、こちらの方が手に入るんじゃないのか? 王都近辺より、こちらの方が大きい魔物は多いだろ」
「それが、質がいまいちなんだよな。魔物が多い分、縄張りなり何なりの争いが多いみたいで」
「それで傷がついたり、欠けたりしてるんだよねえ。矢じりみたく、使い捨てで使うにはいいんだけどよ、長く使う刃物にはちょっと」
「なるほど」
俺の疑問には、ルビカとナッツが答えてくれた。あれナッツ、お前も座学班なのか。まあ、本人が必要だと思うから来てるんだな。よし。
で、まあ傷が多いということなら仕方がないな。解体してる最中にぼき、って折れたりするかもしれないから、解体ナイフは矢じりほどじゃないけど消耗品なのだし。
「……んで、こんなふうに丁寧に書けばいいんすね?」
「そうだね。癖字とかあると思うけど、丁寧に一字ずつ書いていけば他人にもちゃんと読んでもらえるよ」
さて、座学班の作業の一つ。要するに文字の練習ということで、その見本としても俺の書類を持ってきたらしい。
んで俺はその書いた本人なので、流れで他の団員の文字も見てやっている。いや、いいんだけどさ。
なお、ヴィーは本人の性格が出ているのかかなり力強い文字を書く。俺の字と並べるともう、俺恥ずかしいんだけど。細くてへろへろしてて。
「そう、ここのまとめ方はいい感じ」
「ありがとうございます!」
「ここは品目だから、もう少し大きく書いても大丈夫だよ。あまり小さく書くと目立たないしね」
「はい!」
……いや、皆ちゃんと読める文字を丁寧に書いてくれて俺、嬉しい。兄上んとこの部下の皆さん、俺に読ませる気あるのかってレベルの殴り書きが多かったから。
兄上は……サインは独特の縦に長い書き方なんで兄上のサインだってわかるんだけど、他の文章ってそう言えば何年か見てない気がするな? ま、いっか。もう見る機会もないだろうし。
そんな中。
「うがー!」
なんか、少し離れた席で叫び声が上がった。声の主は……ああ、プファルか。え、お前も座学? なにげに、ヴィーの婿の座まだあきらめてないとか?
「おーいプファルどうしたー」
「書き物の練習、飽きたんじゃね?」
「練習ごときで飽きるんじゃ、お嬢様の婿にはなれんぞー」
……他の団員一同の声からして、実際にそうらしい。まあ、俺の慣れ方がある意味異常なんだろうけどさ。
「そうですわよ? 辺境伯家当主配偶者として、沢山の書類と格闘することになるんですから」
「ぐっ」
ヴィーがさっくり突っ込んだのが見事に刺さったらしく、プファルがうめいた。けれど、頑張って立ち直りながら吠え返してくる。
「け、けど普通は当主が書類にサインするだけだろ!」
「内容の精査は必要だし、それ以前の問題として書類を書く前に中身をきっちり煮詰めないとだめなんだぞ?」
「ぐぉっ」
俺は当主ではないけれど、書類作業に事務作業は元々やっていたからね。そこらへんを、理論詰めでツッコミ返してみよう。
「それに、ヴィーがなにかの用事で領地を留守にしているときは、先代か配偶者が全権を担うことになる。つまり、書類は書かなくちゃいけないし万が一どこかがちょっかいを出してきたら指示もしなくちゃいけないし」
「い、戦の指示くらいはできるっ」
おお、さすがにハーベストの嫡男だけあって戦場で指揮官はできるみたいだな。けれど、それだけでは当主の婿、配偶者はちょっと無理なんじゃないかな?
「それだけじゃ駄目だっつーてんの。俺たち騎士団にも指示しなくちゃなんねーし、内政でおかしな指示出したらデミアン殿に絞られるだろーし」
「ぐぐぐ」
ナッツがその辺りをしっかり反論してくれたせいか、プファルは机に突っ伏した。多分、下手したらデミアンさんに絞られるってのが聞いたんだと思う。あの人はハーヴェイ家の家令だから、ヴィーの婿としての仕事は彼が見ることになるわけだしね。
「だからわたくし、セオドール様に来ていただいたんですのよ。もちろん、お約束をお守りするためでもありますけれど」
俺の横にピッタリ張り付いて上機嫌のヴィー、俺は君にとってありがたい配偶者になれるかな。
いや、ならないとな。せっかく約束を守ってもらって、ここにいるんだから。
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