21.皆でお昼を
プファルに勝ったことで、なんというか他の騎士団員……つまり先輩各位とはなんとなく打ち解けられた、気がする。
午前中の訓練を終えた後、現在俺たちは食堂で昼食の真っ最中である。さすがにこういう場所なので、トレイにいろいろ積んでいくバイキング方式だ。
「アルタートン家では、ご当主や兄君から訓練は受けたんですか?」
「いや、それはなかったよ。父上は兄上に訓練はつけていたけれど、俺はそう言うのなくてね。きちんと訓練受けられたのはこちらに来てからだね」
「マジすか」
俺の向かいでサイコロステーキをもしゅもしゅと食べながらメインで話を聞いてくれているのは、ルビカ・シェオーネって言ったっけな。ハーヴェイの分家ではない小さな男爵家の三男で、後継がないのを良いことにハーヴェイの騎士団で頑張ってるんだとか。
「デミアンとダンテ隊長にお願いしたんですのよ。基礎さえ身につけていただければ、セオドール様は伸びるお方ですから」
他の先輩方も、ひとかたまりになって皆でもぐもぐ食べている。プファルも、少し離れたところで肉にかぶりついてるな。
ヴィーは当然のように、俺の隣を陣取っている……いや当然か、婚約者だもんなあ。
ところでヴィー、そこ言い切ってよかったのかな? いや、確かに戦闘力伸びてたっぽいけれど。
「うちでも父とか兄貴とか、木刀でそれなりに相手してくれましたけどねえ」
「最後にまともにやったのは、多分十年くらい前だね。兄上にボッコボコにのされて、それ以来俺は兄上の補佐というか……文書係というか」
茶髪で大柄のルビカが肉を飲み込んでから首をひねるのに、実際のところを素直に吐いてみた。そうしたら途端に、ルビカどころか周囲の面々の顔色がざっと変化する。
「いや、それなくねっすか?」
「実力差はともかくとして、訓練されてない相手フルボッコとかないっすわ。ナッツ、お前五男だったよな」
「うちは、一定の年令になったらまず身体作りからだったよ。だから兄ちゃんたち、あちこちの軍や騎士団にいるだろ」
即座に突っ込まれる程度には、アルタートン家のやり方はおかしいらしい。俺は他の家の内情とかまるで知らないから、そういうことすら分からなかった。
あと五男だという緑がかった黒髪を刈り上げてるナッツは、代々傭兵の家柄なんだそうだ。名字がない平民だけど、その実力は確かだということで軍どころかいろんな貴族のお抱え騎士になっていたりもするらしい。
……アルタートンに仕えてる人には、緑っぽい黒髪はいなかったな。多分父上が平民の傭兵とか嫌がったのではないかな、と俺の勝手な推測。王都守護騎士団でも、、父上は知らないけど兄上の直属の部下には貴族の子弟しかいなかったはずだし。
何で俺、そういう方々の名簿まで見てるんだろうね。ねえ?
「おい、ヴァイオレット様の婚約者なんだからもうちょっと言葉に気をつけろ」
「いやだって、ヴァイオレット様だって普通にしゃべってるし」
……なんか考え事しているうちに、話題が俺への言葉遣いになっていた。ここは、俺が一言言っておけばいいか。
「言葉遣いは気にしなくていいよ。ヴィーも普通に会話してるんだろ?」
「ええ。わたくしはこれが通常ですしね」
うん、今のヴィーはこの口調が普通だから普通にしゃべってて、騎士団の皆もそれが当然のように普通に会話してる。
だったら、外から来た俺に対して敬語やら何やらはおかしいからね。
「……まあ、セオドール殿が言うのなら」
「呼び捨てでもいいってば、ルビカ。少なくとも、騎士団の新入りってのは間違ってないわけだし」
「えー……んじゃまあ、とりあえず結婚式まではセオドール、で」
「結婚したら、さすがに様はつけるぞ」
「分かった」
こちらも呼び捨てにしたので、ルビカは納得してくれた。ナッツの台詞には納得……皆、ヴィーのことをヴァイオレット様、って呼んでるしね。
「ま、呼び方と言葉遣いはさておいて、だ」
さて、ルビカがまた話題を変える。事務処理のまとめもやってるそうで、だから俺の書いた書類も見たことがあるのかな……と思ってたんだけど。
「アルタートン部隊長んとこの報告書は俺、見たことある。三年前だかのやつだったけどあれ、セオドールが書いてたんだな」
「三年前なら俺だな。まあ書いたといっても、資料押し付けられて清書させられただけだけどな」
実際に見ていたようだ。アルタートン部隊長、という言い方は兄上のことを指すから、その時期その部隊の書類ならば最終的に書いたのは俺、ということになる。
「普通はそう言うの、ちゃんと所属してる団員が書くんだよ。何が機密事項になるか、わかんねえからな」
「じゃあお前、機密漏洩ってやつじゃ」
……言われてみれば、たしかにそうだ。
どこでどんな魔物を倒したのか、どういう方法で倒したのか、必要な武具や魔法、その他アイテム等など。あと倒したことで得られるもの。
要するに戦闘力や兵站などの情報なわけで、国内ならともかく隣国などに流れた場合そこからこう、いろいろ研究されてこちらの弱点とか知られる可能性がある。
まあ、俺が書類書いてる時点で機密がどうとかなってないんだけどな。もっとも当時、俺は外に出る機会がほとんどなかったから情報漏らす相手もいなかったけど。……俺の存在自体、あまり知られてない気がするし。
とは言え、アルタートンの書類をハーヴェイ騎士団所属のルビカが読んでてだいじょうぶなのかな、って思ったんだけど。
「俺が見たのはちゃんと許可出てるよ。つーか、書類としてめっちゃ綺麗だから参考にしろっつって回ってきたやつだし」
「え」
「たまにあんだよ。そういう見本になるやつ持ってきて、こうやると書きやすいし読みやすいだろって見せてくれんの」
「そ、そうなんだ……」
いや、何だそれ。
そりゃあ、俺は頑張って読みやすいように書いたよ。書きやすい形式にしないとどんどん仕事が溜まるから、自分で形式考えて作り上げたよ。
それが、書類の見本になったのか。マジですか、ルビカやナッツじゃないけれどそう言いたくなる。
「そんときは俺、さすがアルタートンの嫡男とその部下とか思ってたんだけどなあ」
実際は、セオドールが書いてたんだなあ。
ルビカがため息混じりに言った言葉に、呆れの色が混じっているのに気づいたのは俺だけじゃないだろう。
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