16.馬たち
翌日。
早速、俺が乗る馬を選ぶことになった。最初からパートナーとして訓練したほうが、実践のときもうまく動いてくれやすいらしい。
案内役は、ダンテさんが引き受けてくれた。……まあ、次期当主の婿だしということで。
「わたくしのシルファも、そうやって仲良くなったのですよ」
結局ついてきちゃったヴィーも、そんなことを言っている。愛馬はシルファというらしい。あの白い馬がそう……なお、地味に目つきは悪い。敵を眼力でひるませるためには最適ですわ、とかなんとかヴィーは言っていたな。
そんなわけで、非番の馬たちがのんびりしている牧場へやってきた。領都ハーヴの外れにあって、騎士団の人たちの訓練場とか宿舎も近い。
「……えーと」
柵の外から見ていたら、俺に気づいた馬たちがぞろぞろと近寄ってきた。顔舐めてきたり、髪の毛はむっと噛んできたり、服の裾を引っ張ったりとやられたい放題である。これは、一体?
「セオドール様が萎縮しておられるので、有り体に言うと馬に舐められていますね。文字通り」
「うわ、そうなんですかっやめてやめて髪食べないでっ」
ダンテさん、こうはっきりと言ってくれてありがたいんだけど。つまり俺、こいつらに下に見られているのかうわあ。
「こら、あなたたちおやめなさい! わたくしのセオドール様を、な、な、なめるなんてっ」
「お前ら、人の髪や服は食べるものじゃないって親から教わらなかったか? 食べるなら草だろうが」
必死にもがいていたら、ヴィーが無理やり割り込んで追い払ってくれた。ダンテさんは見てるだけで……ああ、離れた馬たちをなだめているな。
ところで、なぜヴィーは赤面しつつ涙目になっているんだろう。服や髪が汚れてしまったからかな、それは済まない。俺が馬にビビってるから、そういうことになるんだよな。
「ごめんヴィー、助かった。ダンテさん、そちらの馬たちお願いします」
「わわわわたくしのセオドール様を噛んだり舐めたりなんて……酷いですわ」
「……ヴィー?」
「え、あ、いえ。あ、あとでお湯とお着替えを」
「それはね、うん」
いやほんと、ヴィー、どうしたんだ?
……俺がしっかりしないと、またこんな感じで彼女をうろたえさせてしまうことになるのか。頑張らないとな、少なくとも馬に舐められたりしないように。
とか考えていたら、馬の一頭と目が合った。漆黒の、シルファより目付きの悪い馬。身体つきも大きくて、誰かの馬だと思ったのだけれど。
「あれ、君は?」
「おや、チョコじゃねえか」
「チョコ、というんですか」
ダンテさんが口にした馬の名前、とても可愛らしい。多分子供のときにつけられた名前なんだろうから、成長したら合わなくなったということなのかな。
「うちでも気性が荒いやつ……というか、相性のいい騎士がいませんでね」
「気難しい、と申し上げたほうが正確ですわね」
おや。
気難しくて、乗る人がいないのか。それはまた……と思っていたら、チョコがのっそりと俺の前に立った。柵があるのに、もう目の前にいる感じで。大柄だから、余計に。
「お?」
「あら」
ダンテさんとヴィーが首を傾げながら見守る中、なぜ俺は馬と見つめ合っているのだろうと思うこと数秒だか数分だか。
ぶる、とひとつ頭を振るったチョコが、とんと自分の鼻先で俺の頬をつついた。そして、他の馬たちを振り返る。あ、あの目つきで睨みつけられてさすがにあいつら、怯んでる。
「………………え、えーと」
「もしかしてチョコ、セオドール様が自分の乗り手だと主張してるんじゃないでしょうか」
ダンテさんが眉間にしわを寄せつつ、チョコに「そうなのか?」と尋ねている。もちろん返事が返ってくるわけでは……何だか、馬のくせにドヤ顔しているような。
「……そうみたいですよ。セオドール様」
「え、なんで」
あの、ダンテさん。今のドヤ顔って肯定の返答なんですか。いや、俺には馬の感情とかわからないですが。
「わたくしと同じで、セオドール様に一目惚れしたのだと思いますわ」
「は?」
おいヴィー、しれっと何を言っているんだ。というか、もしかして九年前に一目惚れされたから助けてくれたのか。
……い、いやまあ、そういうことなら一度会っただけの俺を婿に、というのも理解できなくはないけれど……他人事であれば。
「よ、よくわからない……けれど、俺でいいのか? チョコ」
一応、俺も尋ねてみることにする。そうしたらチョコは俺を見て、ふんすと鼻息を荒くして、そうして頬ずりをしてきた。
マジか、俺を乗せてくれるというのか。この気難しいらしい、チョコが。
「ありがとう。馬には乗ったことがないから君も大変だと思うけど、よろしく」
つい顔を撫でてやると、チョコは任せておけ、とでも言うようにぶるると唸ってみせた。
……まあ、乗り手に選んだと言うか選んでやったからしっかり訓練しろスパルタで行くぞ、と言っていたらしいのが分かったのはこの二日後くらいかな。結構筋肉使うんだよな。
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