17.騎士へ
チョコとペアを組んで乗馬の訓練に励むこと、おおよそ二週間。
「チョコ、行くぞ」
「ヒヒン!」
ぽんと軽く腹を蹴ってやると、すいと動き出す。手綱の動きに合わせててくてくてく、と美しく進むチョコ。俺は鞍の上で姿勢を正し、チョコに指示を与えていく。
……ここまで、動いてくれるようになったんだ。感涙。
「頑張りましたな、セオドール様」
指導役で付いていてくれるダンテさんが、チョコよりもがっしりとした彼の愛馬の上で目を細める。
フル装備の騎士を乗せたらかなり重いから、騎士団の馬たちはしっかりした丈夫な種類なのだとか。父上や兄上の馬は見たことないけれど、ちゃんと世話してるはずだよな。
「なかなか強敵でしたからねえ……チョコが」
「そうですな。どうやら、自分は乗せてやるだけだから自分に通じるように指示を出せ、という感じでしたし」
ダンテさんの言う通り。チョコは俺を選んでくれたものの、そこからが厳しかった。
こちらが下手に出たり萎縮したりしてると、さっぱり指示には従わない。
少しでも判断にふらつきがあると、ちらりと睨みつけてくる。
それで、きちんとした指示ができるとよしよしと言った感じでいななく。
「確かに、指示が気に入らなかったり通じなかったりすれば馬は動きません。ですが、チョコの場合は」
「俺のことを、自分が育てたとチョコは思ってますよね。実際にそうですけれど」
馬に育てられる騎士。ないとは言わないけれど、自分がそうなるとは思っていなかったよ。
もっとも、馬に乗るところから始まって二週間でなんとか指示を通せるレベルになったのは、ダンテさんとチョコが俺を鍛えてくれたおかげだなあ。
「ヒン」
「ははは。分かってるよ、チョコ。お前は俺の、乗馬の師匠だ」
「ぶるる」
ぽんぽんと首筋を叩いてやれば、チョコの目が細められる。相変わらず目つきは悪いんだけど、それはそれとして愛嬌があると思う。
まあ、言い方はアレだけど慣れた、とも言う。
「では、そろそろ戻りましょう。お昼ですし」
ダンテさんがそう言ったので、やっと今の時間に気がついた。うわ、たしかにもう昼か。俺もそうだけど、チョコも平常時にあまり長く人を乗せてると疲れがたまるからな。いや、訓練中だからまだ軽装だけど。
「そうだね。チョコ、今日もありがとう、厩舎に帰るよ」
「ヒン」
……たまに、チョコって人の言葉理解しているんだろうかと言う気がする。こういうときの、短い鳴き声での返事とか。
ヴィーに尋ねてみたら「シルファは分かってくれているんですよ」とのことだったので、そう言うこともあるのかな。
チョコを厩舎に戻して、ブラッシングしてやってから屋敷へと向かう。その道すがら、ダンテさんが尋ねてきた。
「そう言えば、ご存知ですか。アルタートン家のことなのですが」
「何かありましたか?」
「二週間ほど前から、……ロードリック殿が担当される書類の処理が滞るようになったとか。おそらくはその前から、詰まり始めていたのでしょうが」
「は?」
兄上が担当している書類の処理。つまり、俺が丸投げされていた書類だ。
俺が家を出た後、いくら何でも兄上が人を手配してないはずがないんだよね。それでも、処理が遅れているらしい。
なんでだ?
「セオドール様はご自覚がないようなのではっきり申し上げますが、書類処理の能力はかなり高いですよ。閣下やヴァイオレット様からの評価も、満点に近いものがあります」
「そう……言われたことは、あったかな」
義父上やヴィーには、たしかに書類がうまくまとめてあるとか読みやすいとか仕事が速いとか、褒められた記憶はああ、ある。照れくさくてちょっと聞き流してる部分はあったけれど、そんなに評価が高いのか。
「でも、満点ではないんですね」
「もう少し、部下や使用人を使うようにとのことでした」
「ああ、そうか。なるほど」
満点ではない点、一人で仕事をするなということだ。……そうだよな、一人でできることなんて限られているし。
…………なんで、アルタートンじゃ一人で回せたんだろう? 一応、資料とか聞き込みとかはちゃんとやったけれど。
考えても理由が見つからないので、思考を中断する。それを待っていたかのようにダンテさんは、話題を変えてきた。
「セオドール様につきましては、乗馬の能力が一定に達したとみなされますので明日付で騎士団の所属となります。もとご実家が何かおっしゃいましても鼻で笑って構いません、と辺境伯御一家全員からのお話がございます」
「鼻で笑って……」
ああ、明日から騎士団員になるんだ。そうすると、正式にハーヴェイ家に雇用されたことになるな。
ヴィーの婚約者と二重の意味で、ハーヴェイの人間に俺はなる。
「あなたはハーヴェイ家次期当主の婚約者にして、騎士団の団員でありますので。アルタートンが何を申したとしても、『他所の家』の戯言だと主にヴァイオレット様が」
その上で、主にヴィーがアルタートンには返さないよ、という主張をしているらしい。……九年前の約束を守って連れ出してくれた彼女の、これは約束を果たすための意思表示か。
「……万が一下手な手段に出たら、物理的にお返しする気満々ということですね」
「はい。もっともその前に、マジェスタ様が全力で論戦を挑まれることでしょう」
「……アルタートン、義母上に口で勝てる人多分いないと思います」
「でしょうね。いえ、アルタートンに限りませんが」
ああ、義母上ってそれだけ言葉で勝てる人なのか。義父上は、もともと口論苦手そうだから比較対象にはならないけれど。
よくわからないけれど、アルタートンがハーヴェイに俺のことで何か文句を言ってくる可能性がある。それについてはまず、義母上が口で叩き潰す、らしい。
口で勝てなければ、実力行使でなにかやってきてもおかしくないのがアルタートン家。それに対しては、ヴィーが物理的にお返しすることになる。んだけど。
内戦にならないといいけれど……うーむ、どうしよう?
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