15.夜会話

 午後からはゆっくり休んだ。読書したり、ヴィーとお茶を一緒にしたり。

 夕方には義父上が戻ってこられたので、夕食は皆で一緒に頂いた。近くの森で大型の鹿が取れたとのことで、メインディッシュは鹿肉のソテー。あ、臭みもなくて結構美味しい。


「あい分かった。セオドール君には、明日から乗馬の訓練をしてもらうことにしよう」


 デザートのゼリーを口に運びながら、辺境伯閣下つまり義父上はそう言ってくれた。まあ、剣の訓練も続けることになるだろうから頑張らないとな。


「ありがとうございます、義父上」


「乗馬の指導が上手い者をつけるから、安心してくれ。まずは馬に慣れるところから、だろうけれどね」


「はい。馬にはまるで縁がなかったので、これから学びます」


 よかった。馬に乗れるようになれば、遠出をするときにわざわざ馬車の準備してもらわなくてもいいからね。

 それに、ヴィーと一緒に遠乗りとかできるようになるだろうし。まだ、やったことないからさ。

 そんなことを考えていたら、隣りに座っているヴィーがにっこりと笑ってくれた。


「よかったです。わたくしもお手伝いしますから一緒に頑張りましょうね、セオドール様」


「うん。お世話になるね、ヴィー」


 伊達に騎士団の副団長をしているわけではないヴィーは、幼い頃から馬に乗っていたらしい。最初は義父上と共に、次は小型種に、そして今の愛馬と出会った、とのことだ。

 俺にはそういうのがまったくなかったから、正直うらやましい。兄上は……多分、それなりの年令から訓練してたんだろうなあ。今、王都守護騎士団に入れている、ということは乗馬技術に問題はないということだから。

 話をしているうちに、ほぼ食事は終了となった。最後にお茶が配られて、それぞれ口に運ぶ。


「それはそれとして、旦那様。セオドール君にちょっとした書類を任せてみたのよ。丁寧で仕事が速くて、私はとても助かりましたわ」


「おや、そうなのか。実家でも事務作業をよくやっていたのだから、たしかに得意そうだけどね」


 母上の言葉で、話題は……結局俺の話なんだけど、また別のところに移る。

 少し前に、ハーヴェイ家のあまり機密ではない書類を見せていただいてまとめてほしい、と頼まれたんだよね。資料も一緒に渡されたので、一日ちょっとで片付けることができた。書式は大丈夫かな、と思ったんだけど良かったみたいだ。


「あ、ありがとうございます。必要な資料は全部揃っていましたので、何の問題もありませんでしたよ」


「作業をお願いするのだから、そのくらいは当然だと思うのよ。調べなければいけないときはそう言うし……アルタートンでは、大変だったのね」


「……はい」


 義母上は、俺をいたわるように言ってくれる。それが嬉しくて、仕事をどんどん持ってきてほしいなと思ってしまう……のは、アルタートンでの生活の影響なんだろうな。いかんいかん、ここはハーヴェイだ。アルタートン、じゃない。


「セオドール様の文字はとても美しくて読みやすいので、皆から評判なのですよ。……ううう、羨ましいですわあ」


 ……何故か、ヴィーがふるふると震えている。なので、ぼちぼち書き方を教えていたりはするんだよね。その感想を、ここで述べるとするか。


「でも、ヴィーの文字も落ち着いてきたよ? 文字っていうのは、読みやすいのが一番だからね」


「そ、そうかしら? 良かったですわ」


「そうだね。騎士たちも言っているけれど、少しずつ読みやすくなってありがたい、ということだ。私も見習わないといけないね」


 あ、義父上まで入ってこられた。騎士団の書類を、ヴィーは何だかんだで自分で書いている。時々部下に手伝ってもらうこともあるそうだけど、それでも兄上よりはきちんと書類を読み込んでいるみたいだな。

 それと、兄上が俺に書類関係を丸投げした理由が、なあ。


「……その。比較するのもあれなんですけど、実家の兄よりはよほど読みやすいです。ヴィーも、義父上も」


『え』


 分かりやすく言えば、悪筆なのである。子供の頃から教師が付いていたはずなんだけど、これはどうしても直らなかったらしい。なので現在、兄上が書くのは自分のサインくらいのものである。


「といいますか、そのせいで兄は自分で書類の処理をほとんどしないんです。以前は右筆がいたんですが、俺がここに来るまではほぼ俺の仕事になっていました」


「なるほど。それで読みやすくてわかりやすい、きれいな文字と文章なのね」


「お父様の文字よりよほど酷い、となればそれはそうでしょうね……」


 これで女性二人はご理解をいただけた。義父上は……というと。


「まあ、私も正式な文書のときはダンテやデミアンに書いてもらっているからなあ。もちろん、内容については私も加わってしっかりと確認するけどね」


 これが、文字を書くことが苦手である貴族の当然の行動だよな、と今では理解できる。誰が文章を書くかはともかく、書類の内容については責任者がしっかりと抑えていなければならない。

 ……兄上、大丈夫なのかなあ。部下に書類を丸投げしているんだろうけれど、それで任務が滞ったら問題だろう。何しろ兄上は、王都を守護するための部隊に所属しているんだから。

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