14.昼歓談

 軽く水を浴びて汗を流し、着替えて昼食の時間。今日は辺境伯閣下……えーと、義父上は出ているので夫人……義母上とヴィーと三人で食べることになる。まだ婚約者なのだけれど、婚姻は決定しているので父母と呼んでほしい、と御本人からの要請だ。


「まあまあ。二週間でデミアンのネクタイを外させたのなら、誇っていいのよ? セオドール君」


「あ、ありがとうございます……………………は、義母上」


 きゃらきゃらと笑いながらサンドイッチを広げる義母上は、ヴィーという娘がいるにしては若く見える。

 ただし、貫禄は十分というか……まあ、義父上の暴走なりボケなりを止める役目だということだしなあ。ヴィーもデミアンさんもダンテさんも、そんなことを言っていた。


「ふふ。男の子に義母上、と呼ばれて悪い気はしないわねえ」


「お母様、息子がほしいって言ってましたものね。それに便乗して数名が、わたくしと次期当主の座を争いに来たわけですが」


「ああ」


 義母上の感想はともかく、その後にヴィーが言った言葉に少し呆れた。ハーヴェイ家の次期当主がヴィーに決まったのは、親戚の若い候補たちを……まあ物理的に叩きのめしたからだけど。


「ヴィーに勝ったらこの家の養子になって次期当主、ということだから義母上の望みも、まあ叶いますね」


 というか、その人たちは自分であればヴィーに勝てると思ったんだろう。だからヴィーに挑戦して、結果として敗北した。

 自分たちもハーヴェイの係累だから強いとか、実際に自分のいるところでは強かったとか、それで自信があったんだろうなあ。

 次期当主がだめならその配偶者、と考えた人たちもいたのだろうけれど、その時既にヴィーを筆頭にハーヴェイ家は俺の確保に動いてたようだし。

 ……違う意味で、俺も覚悟を決めておいたほうが良いかもしれないな。『ご挨拶』にくるやつがいるかも知れない。


「ところでヴィー。そろそろあなたも、愛称で呼んであげても良いのではなくて?」


「えええええ!?」


 もく、とサンドイッチを一つ片付けてから義母上は、いきなり話を変えられた。ヴィーの方は二つ目を手にしたところなので、さすがにむせたり咳き込んだりはしない。タイミング読んだな、義母上。


「か、勘弁してくださいお母様、は、はずかしいですっ!」


 義母上のタイミングはさておき、時々ヴィーはこんなふうに顔を真赤にする。浅黒い肌だけど、まあ分かりやすく赤くなっているんだよね。可愛いから良いけどさ。

 というか。


「俺がヴィーって呼ぶのは良いのに?」


「せ、セオドール様には、最初からヴィーの名しかお教えしておりませんでしたから……」


 俺が尋ねたら、ヴィーはサンドイッチと手で顔を隠してしまった。ああほんと、こういうときのヴィーはとても可愛い。

 うんまあ、たしかに初対面のときに君がヴィーとだけ名乗ってくれたから、俺はずっと君をヴィーと呼んでいる。本名のヴァイオレット、と呼ぶことはほとんどないなあ。

 そういえば義父上も、義母上のことをマージと呼んでいるんだよな。マジェスタ、だからマージ。いいなあ、と思う。

 俺も、混ぜてほしいなと思ったので。


「俺の愛称、ヴィーがつけてくれたら俺は嬉しいな」


「か、考えておきます……」


「あら良かったわねヴィー。私も楽しみにしているわ」


 義母上、ある意味とどめを刺さないでください。ヴィーがテーブルに突っ伏してしまったではないか。行儀が悪いとかそういうことではない。うん。


「あの、義母上。ヴィーが」


「あらいやだ。婚約披露や結婚式になれば、こんなふうに冷やかされるのよ? 今からメンタルを鍛えておきなさいな、ヴィー」


「……こ、心得、ました……」


 いえ、義母上。それはこじつけの理由だと俺は思います。だって、ものすごく義母上のお顔が楽しそうなんだものな。

 それでも、なんとかヴィーが立ち直りかけているのはさすが、かな。実際、そういうことはあり得るだろうし。

 ヴィーに負けてハーヴェイの次期当主になり損ねた方々とか、単純に冷やかしたい人々とか。


「セオドール君。アルタートン寄りの人も、呼ぶことになると思うの。だからあなたも、覚悟はしておいてちょうだいね」


「え。……あ、はい」


 俺にも矛先が向いた。とはいえ、たしかにアルタートンは俺の実家なわけで、式とかに呼ばないわけには行かないだろう。

 ……逆はどうなんだろうな。兄上の結婚式まで、もう四ヶ月は切れているんだから。


「そういえば、アルタートンの兄の結婚式があるんですが。もしかして俺、出ないといけないですかね」


「招待状が来れば、そうなるでしょうね。身内としては来てほしくなくとも、あなたをダシにヴィーを呼ぶこともできるから」


「ああ、ハーヴェイと縁続きになりましたっていう自慢ですか……」


 そういうことなら、あの父上は絶対に招待状を送って来やがるな。ヴィー宛に送ってきて婚約者様も一緒にどうぞ、なんてふざけたことをやりかねない。

 俺はあきれるだけだけど、それでヴィーが大人しくしているものやら。いや、物理的に暴れることはないとさすがに思うし、もしそういう気配がしたら俺が抑えるしかないのだけれど。


「その時はその時ですわ。わたくしとセオドール様がどれだけ相思相愛であるか、皆様にお見せするいい機会です」


 と考えていたら、ヴィーの考えは違う方向に物理的だった。それは確かに、ありか。


「なら、招待状が来たら礼服を誂えてもらおうか。お揃いで」


「はい!」


 この際、兄上にちょっとだけ自慢してもいいよななんて俺らしくもないことを考えてしまったけれど、でもそれをヴィーは大きく頷いて肯定してくれた。


「ふふ、もちろんよ。その頃には体格も変わっているでしょうから、シャナン・ファクトリーの皆を屋敷に呼ぶわね」


 ……義母上もものすごくやる気になっている、気がする。

 なんだろう、俺、とっても心強い。

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