13.朝鍛錬

 ハーヴェイ領に来て、二週間。俺の一日は劇的に変わった。

 まず午前中……というかそろそろ昼になるかというこの時間、俺はデミアンさん直々に剣術を習っている。今は辺境伯邸の中庭にある訓練場で、模擬戦の真っ最中だ。


「さて……」


 重心を落として、構える。両手で握った木剣はかなり重くて、先端が微妙にぶれているのが分かる。

 対して、鍛錬の相手をしてくれているデミアンさんは平然としていた。普段の家令スタイルからジャケットを脱いでネクタイを外して第一ボタンを外した、だけのどう見ても戦闘には合わないスタイルなのに、息の乱れすらない。


「たああああっ!」


 一瞬の隙はわざと作ったものだと分かってはいても、ここで突進しないとケリがつかない。そう判断して、木剣を構えながら突っ込んでいった俺の一撃は簡単に跳ね返された。ついでに、左の肩口にびしりと反撃を頂いて俺は、なんとか後退する。


「本日の鍛錬は、このくらいにしておきましょう」


 やっぱり息が乱れていないデミアンさんは、そう言って構えを解いた。……あ、ちなみにここから隙あり、と再度突撃したら簡単に弾き返されるんだよな。既に経験済み、「甘いですなセオドール様」と鼻で笑われた。


「はぁ、はあ……あ、ありがとう、ございまひたっ」


 とにかく鍛錬が終わり、ということで足を揃え、礼をする。うむ、少し声が引きつった。

 まあ、最初の数日は姿勢を整えることさえできなかったけどな。そのうち立って終われるようになり、なんとか声で挨拶できるようになり、と我ながら順応が早いと思う。


「いえいえ。この私の鍛錬に付いてこられるのは、さすがアルタートンのご子息ですな」


「……丈夫な身体をもらったことだけは、感謝してます……」


 まるで平然としているデミアンさん、さすがは辺境伯閣下の師匠だなと思う。最初の頃は完全家令スタイル、ネクタイすら緩めずに俺を叩きのめした人だ。そう考えると、それなりに俺にも実力がついてきている、ということなんだよな。


「セオドール様!」


「ヴィー」


 と、名前を呼ばれて振り返る。ヴィーはシンプルなクリーム色を基調としたドレス姿で、とことこと早足で歩いてきた。……足元は騎士のときのブーツだろう。こちらの方が足が楽だとかなんとか。


「ああもう、さすがはセオドール様ですわ。とてもかっこよかったです!」


「え」


 この言い方、もしかしなくても模擬戦を見ていたわけだな、ヴィー。いつからか、とは聞かない。まだまだ俺は、デミアンさんには敵わないし。


「あ、ああ、見てたのか……ありがとう、ございま」


「んもう。わたくしは婚約者なのですから、敬語は要りませんって何度も申し上げていますでしょ?」


 ついお礼を言ったら、途中で止められた。お礼が問題なのではなく、言葉遣いが問題なのだ。

 婚約者なのだから、敬語はやめてくれって言われたんだよね。なので直すようにはしているんだけど、時々出てきてしまうのが難点だ。


「あ、……そうだね。ごめん、癖になってしまっててさ」


「ふふ。そういうところが、セオドール様は可愛らしいんですけれど」


「え、ヴィーには敵わないな、もう」


 ヴィーといると、ついつい本音が出てしまう。本音を出しても怒られないし、殴られない。

 当然のことのはずなんだけれど、でもこの生活はたった二週間で俺にすっかり馴染んでしまった。

 ので。


「こほん」


「あらデミアン、このくらいは婚約者どうしの交流として普通でしょう?」


「……まあ、そのとおりではございますが。一通り汗をかかれたセオドール様の、御身にもなってくださいませ」


 こんな感じの、デミアンさんとヴィーのやり取りに俺は笑うことができる。

 いや確かに、俺は朝からの鍛錬をやっとこさ終えたところで、結構汗をかいているんだよね。せめて昼食前には、軽く水で流したいところだ。


「そうだね。あまり汗臭いとヴィーに迷惑じゃないかな、と思ったんだけど」


「まあ! 鍛錬の後なのですから汗をおかきなのは当然ですわ! わたくしだって、汗まみれになりますもの」


 なんだかんだで、汗かいたのをほっとくと結構匂いがするからそう言ったんだけど、ヴィーは平然と胸を張って言ってのけた。それはまあ、たしかに。


「騎士団副長だものね、ヴィーは」


「はい。ですから、鍛錬も実践も当たり前のことですのよ」


 ハーヴェイ家直属の騎士団の副長にして、いずれはそのハーヴェイ家を継ぐヴィー。戦士として己を鍛え、戦うために汗をかくのは当然だと考えている彼女の隣りにいるために俺もまた、汗をかいているわけだ。


「セオドール様も、一通りお教え終わりましたら騎士団の一員として働いていただこうか、と考えております」


「あ、俺もですか。……まあ、当然か」


 と、デミアンさんがそんなことを言ってきた。……ああなるほど、それもそうだな。

 そうすると、馬に乗る練習とかもしなくちゃいけないか。アルタートンでは、触らせてももらえなかったからな。まず馬に慣れるところからスタートかな。先は長いぞ、俺。


「あの。俺、そういうことなら乗馬の練習もしたいです。実家では全くやっていないので」


「ふむ。承知いたしました、手配いたしましょう」


 なのでデミアンさんに頼むと、即座に頷いてくれた。……これで乗れなかったら、事務官かなあ。歩兵でもいいけどさ。


「でしたら、わたくしもお手伝いいたしますわ。馬にも人との相性がございますから、まずは顔合わせからですわね」


「そうだね。じゃあ、ヴィー。先輩として、力を貸してくれ」


「ええ、もちろん!」


 まずは馬選びから、らしい。相性のいい馬を選んで、そうして一緒に強くなりたい。

 俺はヴィーに見つけてもらったから、今度は俺が見つける番だ。

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