11.思惑

 あの後、デミアンさんが「まずは皆様、お茶をいただきながらお話しなさいませ」とその場をとりなしてくれたので、全員でぞろぞろと応接室に移動した。ああうん、俺はちょっと固まってしまっていたしね。ありがたい。

 これは口には出さないけれど、辺境伯閣下が「睨むなよ、デミアン……」と微妙に凹んでいたのがおかしかった。そうか、武術の師匠だもんな。今でも、頭が上がらないところがあるんだろう。


「では、改めて。セオドール君、我がハーヴェイへよく来てくれた」


 そうして、応接室でお茶とお茶菓子を準備されて、辺境伯ご夫妻とテーブルを挟んで向かい合う。ヴィーは、当然のように俺の隣に腰を下ろした。ま、まあいいけど。


「私がヴァイオレットの父、クランド・ハーヴェイだ。辺境の地を護る、伯爵の位にある」


 先程のでれでれとは一変、きりと引き締まった表情はさすが辺境伯閣下の威厳を感じさせる。……第一印象がこれだったら、かなり怖かったかも。


「クランドの妻、ヴァイオレットの母のマジェスタよ。ようこそ、セオドール君」


 そのお隣に座っている辺境伯夫人は、艶やかに微笑む。細められた目にはかなりの力があるな、と感じて俺はつい背筋を伸ばした。

 ヴィーは本名がヴァイオレットで家族にヴィーと呼ばれてるって言っていたけれど、夫人は先程辺境伯閣下にマージと呼ばれていたな。そういう愛称、羨ましいな。


「セオドール・アルタートンです。この度は良いお話をいただき、ありがとうございます」


 で、俺はこういうときどう挨拶していいか分からなかったので、開き直って本音を言うことにした。いやだって、アルタートンの実家を出て、ヴィーの婿としてハーヴェイに入るというのは俺にとってはとても良い話、だし。


「ヴィー……ヴァイオレット様に九年前かけていただいた言葉を胸に、大したことではありませんが努力はしてきたつもりです」


「ふむ」


「彼女の言葉を受け入れてくださって、迎えに来てくださって、ほんとうにありがとうございます」


 座ったままだけど、深く頭を下げる。デミアンさんや使用人には下げない方がいい頭だけど、相手は辺境伯家当主夫妻だからな。

 ヴィーの話を聞いてくれて、彼女の口約束を現実にしてくれた人たちだから。


「頭を上げてくれ。礼を言うのは、こちらの方だよ」


「……はい」


 ひどく落ち着いた辺境伯閣下の声に、姿勢を元に戻した。ヴィーも含めて皆の視線が、俺に集まっている。

 ただ、閣下にお礼を言われる理由は……ああまあ、次期当主であるヴィーに配偶者ができたのは、ハーヴェイ家としてありがたいよな。


「まあ、こちらにもいろいろ思惑はあるからね。この際、はっきり言ってしまおう」


 ただ、閣下のお言葉はそれ以外にも考えるところがあるのだ、ということを示している。俺をヴィーの配偶者として受け入れる理由を、ここで教えてくれるのだろうな。ちゃんと、聞こう。


「もちろん、可愛いヴィーの言葉は君を受け入れる要素の一つとなった。こちらとしても、ヴィーを嫁に出すよりは婿をもらったほうが家のためになる、と思っているからね。ただ、君がアルタートンの子であることもまた、同じ要素の一つだ」


「はい」


 そして、俺がアルタートンに生まれたことが受け入れられた理由の一つでもあるらしい。それは分かる。


「アルタートンの血を引く者は、総じて強い身体を持つと聞く。現在の当主はよくわからんが、先代の当主については我が父が戦の訓練で手合わせをしたことがあってな。デミアン、お前も同席していたな」


「はい。先代アルタートン伯爵は強い肉体と筋力、そして武術をもって大旦那様と互角に渡り合いました。側近のバロットは、それほどでもありませんでしたが」


 ……うわあ。ハーヴェイの先代と互角、ってお祖父様、実はすごい人だったのか。というかデミアンさん、バロットより強いのかな、もしかして。

 いや、アルタートンのお祖父様とは、あまり顔を合わせたことがないから。あのパーティには確か来ていたと思うのだけれど、その前後で数回会った程度じゃないかな。

 ただ、お祖父様が家に滞在しているときはそれなりにちゃんとした扱いをされた、気がする。もうだいぶ昔のことだし、あの頃の記憶で一番強いのはヴィーだから、あまり覚えていないけれど。


「ヴィーに寄り添う、すなわちこのハーヴェイ家を率いていく者にはその強い身体があれば心強いことこの上ない。それに、君はアルタートンの家で兄上の書類に係る作業を一手に担っていたのだろう?」


「はい、え?」


 そんなことを考えているうちに投げかけられた質問に、ついするっと返事をしてしまってから気がついた。

 兄上の書類関係の作業を、一手に担っていた。そんなことを知っているのは兄上と、兄上の近しい配下とか侍従とかくらいなのに。父上も母上も、俺のことをほとんど見ていなかったから知らないのに。


「これでも、王都守護騎士団には知り合いが多くてね。君の兄上の配下に、うちの親戚の子が入っているんだよ」


「セオドール君とは、お顔を合わせていないかもしれないわね。でも、資料集めとかはやらされているようで、その流れであなたの話も出てきたのよ」


「……ああ。俺、集められた資料とかまとめてましたからね……今は大丈夫なのかな、兄上」


 閣下と夫人、お二人の言葉にちょっと驚いた。もっとも、ハーヴェイ所縁の人物が王都守護騎士団に入っていることは何らおかしくないというか、当然いるはずだよな。アルタートンもそうだけど、武闘派の家系だし。

 というか、本当に大丈夫なんだろうか、兄上。俺がやっていた書類のまとめとか清書とか、今どうしてるんだろう?


「セオドール様がこちらに来られたのはアルタートンが許したことなのですから、お兄様もちゃんとその辺りはお考えですわよ。大丈夫ですわ」


「そうね。まさか、何も考えていないことなんてないでしょうしねえ」


「まあ、それで事務作業に支障が出たところで、我々の知ったことではないからねえ」


 俺の不安というか疑問は、ハーヴェイの一家が全員で笑い飛ばしてくれた。そうか、俺の知ったことではないんだ。

 父上や母上は、俺がやっていたことを知らないだろうからいなくても問題はないとか考えていそうだし。

 兄上が苦労したところで、それは自業自得というものだってことか。


「さあセオドール君、お茶が冷めてしまう前にどうぞ。王都で人気のあるものを選んでみたのだけれど、好みがあれば言ってちょうだいね?」


 楽しそうに夫人がおっしゃったので、お茶をいただくことにしよう。いや、わりかし何でも飲むんだけどね。こう……実家では、俺の好みとか気にされたことなかったし。

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