10.到着

 ハーヴェイ辺境伯邸に、到着した。

 かなり広々とした敷地の中に、二階建てのがっしりした造りの屋敷と果樹園、畑などからなっている。

 アルタートンの屋敷は一応二階建てなんだけど、こじんまりした感じ。畑とかはなくて、庭園になっている。まあ、このあたりは地域によっていろいろ違うからいいか。

 玄関前の馬車止めで、俺が乗ってきた馬車は止まった。扉が開いて、そこから見えたのは……ヴィーの晴れやかな笑顔。


「セオドール様!」


「到着したんだね、すぐ降りるよ」


「はい!」


 腰を上げたところで、ヴィーがこちらに手を伸ばしているのがわかった。あ、これ、もしかして。


「お手をどうぞ。一度やってみたかったんです」


「え、ああ、うん」


 やっぱりか。

 ルフェンやシャニオール、他の街ではダンテさんがこの役をやってくれていたんだよね。あんまり、乗ってる男性の手を女性が取って降ろさせるっていうのは聞かないから。

 けれど、ここはヴィーの実家で俺もこれからお世話になるところだ。その玄関先なんだし、何の問題もないだろう。そう思って、俺はヴィーの手を取らせてもらって馬車を降りる。今のヴィーは騎士姿だし、本人がやりたいと言うんだから。


「まあ、女性がやる機会なんてめったにないですよね」


「そうなんですの。それに、セオドール様にくらいしかしたくないですし」


「なるほどね。次からは、俺がやりますよ」


「うふ、楽しみにしています」


 地面に降りたところで手が離れたので、逆に肘を差し出してみた。うん、ヴィーはちゃんと腕を絡めてくれた。これでいいみたいだな。

 そうして進んでいく玄関先には、何かえらく肩幅の広い銀髪のおじさんがいた。正装しているけれど顔に傷があって少々いかつい感じ、背筋もぴんと真っ直ぐだし元軍人が引退して内務を行っているということかな。


「お帰りなさいませ、お嬢様。その方が?」


「ただいま、デミアン。ええ、この方がセオドール様ですわ。というか、知っているでしょう?」


「はい、それはもう」


 ヴィーと会話するおじさん、デミアンさんというらしいけれど俺を知っている、ということは辺境伯閣下と共にアルタートンや俺のことを調べた人のひとり、か。お世話になりました、と言いたいな。


「お初にお目にかかります、セオドール様。ハーヴェイ家の家令を仰せつかっております、デミアンでございます」


「初めまして、セオドール・アルタートンです。これからお世話になります」


「おっと、礼はそこまでで」


 挨拶をされたので、こちらも頭を下げかけたところで手のひらで止められた。思わず顔を上げると、デミアンさんは冷徹な目で俺を見ている。……観察か。


「アルタートンのお家では御苦労なされたようですが、ハーヴェイではセオドール様はお嬢様の配偶者となられるお方。つまり、私を始めとする使用人にとっては主でございます。そのことをゆめ、お忘れなさいますな」


「……そうですね。気をつけます」


 この人、というかハーヴェイ側では、俺のアルタートンでの扱いをかなり知っているらしい。その上でデミアンさんは、俺に主たれと言っているわけだ。ヴィーの隣に立つのであれば、それが当然のことだと。

 俺には、帰る場所はない。アルタートン家はもう、俺のことを婿に出した次男とすら思っていないだろう。ハーヴェイとの繋がりのために差し出したモノ、くらいではないだろうか。

 対してハーヴェイ家には、ヴィーがいる。ちらりと視線を向けると、すぐに気づいてふんわりと笑ってくれる彼女が。そして、幼かった彼女の言葉を元に動いてくれて、俺をここに連れてきてくれた人たちが。


「あなた方が仕えてよかった、と言ってくれるように精進します。こちらの風習なども学んでいきたいと思いますので、力を貸してください。デミアンさん」


「はい。お任せくださいませ、セオドール様」


 だから俺の決意を伝えると、デミアンさんは深々と頭を下げて、それから俺たち二人を見比べて。


「お嬢様、セオドール様。中で、旦那様と奥様がお待ちでございます。どうぞ」


 うっすらと目を細めて、それから俺たちを先導するようにくると身を翻した。ああ、やはりかっこいいな。

 と、ここでヴィーが俺の耳元に顔を寄せて、ひそりと教えてくれた。


「デミアンはお祖父様の信頼する部下でね、引退するまでお父様の武術の師をつとめていましたの」


「先代の……なるほど。それはそれは」


 ヴィーのお祖父様、だから現当主のお父上ということだろう。つまりは先代のハーヴェイ当主、その信頼する部下にして現当主の武術の師匠。

 もしかしたら、俺も鍛えられることになるのかもしれないな……俺は一応丈夫な身体のはずだし、頑張って教えてもらおう。騎士姿のヴィーの隣に立つのも悪くはないし、それがドレス姿ならもっと俺が守らないといけないから。

 ……いやまあ、ドレスでも普通に強そうな気がするんだけど、気のせいかな?


「さて。お二方、中へどうぞ」


 ぎい、と重い扉が開かれる。デミアンさんが開いたその中は、吹き抜けの玄関ホールだ。天窓があるのか、結構明るいな。


「お父様、お母様。ただいま、ヴァイオレットがセオドール様と共に戻りました」


「おお、可愛いヴィー。待っていたよ、結構早かったね!」


「そうね。途中の街で仲良くデートとかしてきても良かったのよ?」


 ……あのー。

 にこにこと上機嫌のヴィーはまあ良いとして。

 濃い赤のくせっ毛、デミアンさんよりも更にガタイの良い、おそらくは辺境伯閣下が見事にでれでれ顔で。

 その横にいる明るい茶の髪の女性……ヴィーと似てるから推定辺境伯夫人が、満面の笑みでそんなことを仰っていて。


 俺は、どう反応したらいいんだろ? 誰か、教えてくれ。

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