09.領都ハーヴ

 馬車の旅も、まもなく終わりに近づいてきた。窓から見える景色の中に、石造りの高い塀が見えてきたのだ。

 ハーヴェイ辺境伯領の中心都市、領都であるハーヴ。話には聞いたことがあったけれど、防御力がかなり高い感じだ。


「あれが、ハーヴの街なんですね」


「はい」


 馬車に寄り添うように歩く馬の背から、ヴィーが小さく頷いてくる。ちなみに街の名前はハーヴェイ姓にちなんだものだそうで、ヴィーは「先祖はネーミングセンスに欠けていましたから」と呆れ顔をしていた。いい名前だと思うけどな。


「もともと戦好きの領主ですから、どうしても砦っぽくなってしまっていますわね」


 どんどん近づいてくる塀は、本気でかなり高い。目測だけど、三階建ての建物くらいあるのではないかな。領地の中心に近いところにある街だけどまあ、領主がいるんだから防御を高めるのはおかしくないか。街ごと、というのは国境付近ならではだろうけれど。


「自然災害や魔物の襲撃もあるだろうし、そういったときは避難所になりますからね。これでいいと俺は思いますよ」


「はい。国境地帯ですし、どうしても大型の魔物が出てくることはありますわ。……それと、無法者と見せかけた近隣諸国からのちょっかいとか」


「そういうのもあるんですか」


「内々に片付けているので、表沙汰にはなりませんけれどね」


「はあ……」


 コームラス王国といくつかある隣国との関係は、今のところ小康状態といったところだ。俺が生まれてから大きな戦争は起きていないし、小競り合いというのも偶発的に起きている程度。

 けれどそれは、ハーヴェイを始めとする国境を護る人々の努力で成り立っているんだ。これからヴィーも、辺境伯閣下の後継者としてそこに立ち向かうことになるわけか。

 うん、俺も頑張らないといけないな。腹芸は得意、とは言えないけれどこれから修行……できるかな。もしかしたら、辺境伯夫人とかがお得意かもしれないな。当主の配偶者、ということなら俺と同じ立場になるわけだし。




 そんなことを話しているうちに、石の塀はもう目の前に来ていた。巨大な木造の門扉を通り抜け、街の中に入る。

 うん、中は普通の街だった。道が整備されていて、建物……いま馬車隊が通っているのはメインストリートだろうから、そこに沿って並んでいるのは店とか役所とか。住宅はもう少し奥まった方にあるようだ。

 人通りは領都ということもあってか、そこそこ多い。ただ、馬車隊が通るので皆脇に避けてくれている。……何か恥ずかしいので、顔が見えないように引っ込んでおこう。


「あ、姫様だ!」


「おかえりなさーい!」


「ひめさまー!」


 その人たちから、ヴィーに声がかけられている。領主の娘なんだから姫様、で問題ないよな。ランデールさんも姫様って呼んでいたし。

 で、ヴィーはというと……窓からこっそり覗いてみると、皆に視線を向けながら手を振っている。愛馬が落ち着いて歩いているから、危なっかしいこともない。


「すごいな、ヴィーは」


 これだけで、ヴィーが九年……いや、それ以上に努力を積んできた結果というものが見えてくる。良き領主、当主となろうとした彼女は、その過程を見ていたであろう領民から信頼と支持を得ているんだ。

 というか、その努力ってヴィーの発言が本気の本当であれば俺をここに連れてくるため、だよね。九年前、たった一度しか会っていない伯爵家の、『役立たず』と言われた次男を。


「……」


 あ、急に顔が火照るのが分かった。手のひらで頬を触ってみると、やはり熱くなっている、と思う。

 俺は、そこまで愛してもらえる人物なんだろうか。いや、俺だってずっとヴィーの言葉を頼りに頑張ってきたけれどさ。

 ああまあ、表向きには一応政略結婚、という感じではあるのだけれど。それでも、相手がヴィーだったから俺は今、ここにいる。


「姫様、その馬車に乗っているのがお婿さんですかー?」


「そのとおりですわ! まずはお父様にお会い頂きますから、皆様にはその後お披露目いたしますわね!」


「やったあ!」


「ぶっ」


 途端、街の人とヴィーのやり取りが聞こえてきて吹き出してしまった。ああそうだ俺はこれからハーヴェイ辺境伯閣下にお目通りを願って、ヴィーが九年前に話をしてくれた相手だということやら何やらでいろいろお話があるんだ。

 ……で、その後に街に出る、ということかな? いやまあ、これから暮らすことになるんだろうから、一通り見ておきたいけれど。

 なんだか、辺境伯閣下よりも街の人たちのほうが強敵だ、という気がしてきた。この人たちにも認めてもらって俺は、きっと胸を張ってヴィーの隣に立つことができる。


「……いや。俺はそもそも、そのつもりでここに来たんじゃないか」


 ぱん、と頬に手のひらを叩きつけて、気合を入れる。

 いくら父上が自分たちの利益のつもりで押し付けたと思っていても、ヴィーが俺を連れて来たいからと考えていても、俺はそれを受け入れて馬車に乗ってやってきたんだ。

 ヴィーと一緒にいたいから。


「セオドール様。まもなく、辺境伯邸宅に到着します」


「あ、はい」


 外から聞こえたダンテさんの呼びかけに返事をして、座席に座り直した。

 辺境伯の邸宅。辺境伯閣下がおられるところで、ヴィーの家で、つまりはこれから俺も住むことになる場所。

 辺境伯閣下に働きかけて俺を受け入れてくれたヴィーのためにも、俺は頑張らなくちゃいけない。

 主に、一族の方々や使用人さんたち、ダンテさんの下にいる騎士団の人々と交流して、仲良くなることを。


 実家のような扱いにはならない、と思うのだけれど……だ、大丈夫かな?

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