08.採寸

 翌日ルフェンを発ち、アルタートン領を出た。そうして別の宿場町で二泊、更にその翌日の夕方にやっとハーヴェイ領に入る。

 アルタートン領とハーヴェイ領は、そこまで離れているわけではない。アルタートン領が王都から馬車で一日の距離で、そこから国境に向かうと……途中でハーヴェイ領に入って、全行程で五日ほどだったか。コームラス王国自体、そんなに大きくない国だからね。

 そうして、ハーヴェイ領に入ったところの街でもう一泊して、翌日。お昼に到着した街は、とてもにぎやかな街だった。商業の街シャニオール、だったな。父上が絹を高く売りつけている商売相手の一つだった……書類を見たことがある。


「今日は、こちらのお世話になりますわ」


 街の中でも一、二を争うレベルの屋敷に、馬車ごと入っていく。何でも良いけど、俺が馬車に乗っていてヴィーが騎馬で先導してくれているんだよな……いや、騎士なんだし愛馬だそうだからなあ。

 「さあ、どうぞ」と手を差し伸べられて、馬車を降りる。普通は逆……うん、きちんとできるように俺、頑張ろう。そう思いながら屋敷を見上げた。


「ヴィーのお知り合いですか?」


「専属のデザイナーですの」


「え」


 せんぞくの、でざいなー。

 ああいや、それは貴族だしいるだろう。アルタートンにも、一応いたはずなんだよな。俺はお世話になったことがないけれど、兄上が九年前の誕生日パーティに着た服は確かそういうので作ってもらったはずだし。

 俺? 兄上のお古。だらしなく見えないように、手直ししてもらったけどな。


「我が家で必要な服を、お願いしているんです。セオドール様にも、新しいものをお仕立てしなさいと両親から言い付かっておりますの」


「それは、助かります。……その、あまり表に出ないもので礼服とか、ほとんどなくて」


「もちろんですわ。さあ、参りましょう」


「あ、はい」


 こういうとき、男前と言って良いのかわからないけれどきっぱりと断言してみせるヴィーはとてもかっこいい、と思う。でも、彼女に腕を差し出すのは、手を絡めてもらうのは俺の役目だ。これは、誰にも渡せない。




 扉の向こうは広々とした玄関ホール……というか、さまざまなサンプルであろう、ドレスや礼服が飾られている広間。

 その中央に、背の高い中年くらいの男性が立っている。背後には動きやすい服装だから、おそらくはお針子さんや作業員であろう人々も並んでいて。


「いらっしゃいませ、姫様。お待ちしておりました。お婿様も、いらっしゃいませ」


「ランデール、相変わらずお元気そうで何よりね」


 黒髪をオールバックになでつけている男性、どうやらランデールという名前なのか。……あれ、見たことがあるぞ。何かの書類で……と思っていたら、彼が俺に向かって軽く頭を下げてきた。


「わたくし、シャナン・ファクトリー、ハーヴェイ支店代表のランデール・シャナンと申します。どうぞ、お見知りおきを」


「え、シャナン・ファクトリー」


 柔らかめの丁寧な言葉遣いは、優しい人なんだろうなという第一印象だったけれど。

 けれど、シャナン・ファクトリーはアルタートン領産の絹を出荷している取引先のひとつだ。多分、実家に来たこともあったはず……参ったな。


「……アルタートン家の次男、セオドールです。……多分父がやたらふっかけてると思うのですが、すみません……」


 言ってしまってから、余計なことだと気がついた。けれどランデールさんは、うっすらと笑みを浮かべて軽く頭を振る。


「アルタートンの絹には、大変お世話になっておりますわ。確かに少々お高いのですが、質は大変によろしいですしご案じなさいますな」


「は、はい」


 俺が何を言っても、父上や兄上が絹の値段を下げるとは思えないからな。それどころか、関税をケチった上で国境の向こうに送り出して更に吹っ掛ける気だし。

 頭の中がもやもやしてきた途端、くいと腕を引っ張られた。その先で、ヴィーが微笑んでいる。

 そうだ。俺には、ヴィーがいるんだ。


「セオドール様。そのあたりのことは、家についてからにしませんか? まずは、セオドール様の採寸についてお願いします」


「ああ、そうですね。すみません、よろしくお願いします」


「お任せくださいませ。さあ皆様、お仕事ですよ!」


『はい!』


 酷く威勢のいい声を合図に、ヴィーの手が俺の腕から離れる。次の瞬間、ランデールさんの後ろで控えていた皆さんが巻き尺やら定規やらをいろいろ取り出して、俺を包囲した。ああもう、どうにでもしてくれ。いや、採寸だけど。




「はい、お疲れ様でございました」


 ……夕方になって、ようやく終了。足の型まで取られたので、どうやら靴も作ってもらえるらしい。ありがたいことだ。

 いや、めちゃくちゃ疲れたけれどね。腕上げてー腕下げてー背筋伸ばしてー息止めてーとか、いろいろ注文はあったし。

 それと、好みの色とか調べられたし、あとは髪と目の色のチェック。色見本があって、あれだこれだと作業員の皆さんがとてもたのしそうに選んでいた。俺は濃い目の金髪に明るめの青い目なので、選びやすかったと思うんだけど。

 その選んだ結果を見せてくれながら、ランデールさんと言葉をかわす。お互い、欲しい情報はあるしな。


「アルタートン家はお取引先の一つでございますが、失礼ながら次男様のお噂はほとんど伺っていなかったのですよ。ですので、どのような方か気にはなっていたのですが」


「どういった感想を持たれました? 素直なものを聞きたいです」


「姫様は、良いお婿様を選ばれたのではないかしら、と。少なくとも、あちらの長男様のような面倒事は起こしませんでしょうし」


「……何かやったんですね、兄上……」


「ですか、ではないのですね。ご想像にお任せいたします」


 ああ兄上、取引のときに何かやったな? 書類を見ていた俺が気づかないんだから、そういう方面ではないんだろうけれど。

 まあ、もう俺には関係のないことだ。兄上、そして父上や母上が頑張ってくださればいいことだからな。

 だから。


「次回からは、遠慮なく反撃することにいたしますよ。絹自体は他の領地でも生産されておりますし、その質もかなり向上しておりますからね」


「ええ、よろしくお願いします。アルタートンの絹は、領民に還元すべき利益が少なすぎるんです」


「おや。そういうことなら、冗談抜きで遠慮は要りませんね」


 何故かランデールさんと、うっひっひと変な笑いを同時に浮かべてしまった。このあたりの話も、辺境伯家の方々にお持ちすることにしようか。

 ヴィーが俺を見つけてくれた手土産には、足りないかもしれないけれど。

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