06.ヴァイオレットの回想
そうですわね、最初からお話ししましょう。
あれは九年前、ロードリック様の誕生日パーティが終わった、その夜のことでした。
「お父さま」
わたくしは、アルタートン家の近くに取った宿でお父様にお話を切り出したんです。ロードリック様との顔合わせは事実上のお見合いでしたから、お父様は一瞬ですがお顔を引きつらせておりましたわね。
「わたし、セオドールさまとおはなししました」
「セオドール? ……ああ、アルタートンの次男だったね」
ですが、わたくしがロードリック様ではなくセオドール様のお名前を出したことで、お父様はさすがに戸惑われたようです。もっとも、わたくしとセオドール様がお話をしていたことはお父様も見ていたはずですが。
「君がそう言ってくるってことは、ロードリック君よりは話をしやすかったようだね」
「はい! 戦をするより、ご本を読む方が好きだと言ってました!」
「うっ」
うふふ。
お父様は、今でも事務作業が苦手でいらっしゃいますのよ。もちろん、重要書類にはきちんと目を通しておられますし、文官との意思疎通もしっかりしているから問題はないはずけれど。それと、お母様がきちんと見ておりますしね。
まあ、それはそれといたしまして。
「……ふむ、なるほど」
わたくし、セオドール様から伺ったお話をきっちりみっちりお父様にお伝えしましたの。そうしますと、さすがにお父様の眉間にわずかながらしわが寄りましたわ。だってそうでしょう?
長男であるロードリック様の誕生日パーティとは言え、一歳しか違わないセオドール様に目立たぬよう会場の隅にいることを親が命じるというのは、いかがなものかと。普段から騒がしい方であればともかく、セオドール様ですものね。
まだ、退場を命じないだけマシだったのでしょうけれど……要は、セオドール様に目の届くところにいてもらったほうが監視しやすいからではないか、とお父様は推測しておられました。
さらにご両親はロードリック様を重用し、その当人はご自身の弟をどうやら自身の手駒として見ている風。ちょうど十歳になったばかりのロードリック様がこれでは、セオドール様に良いことはないと断言できましたわ。当時のわたくしでも。
「とはいえ、我々はアルタートン家の身内というわけではないからね。例えば、当主夫人の実家などであれば口を出すのも許されるが」
ですが、お父様のおっしゃる通り当時のわたくしどもでは、アルタートンの家の中の事情には口は挟めません。ですからお父様は、ひとまず情報を集めることにしたようです。
「まずは、アルタートン家の状況をしばらく見てみよう。一年待ってくれるかな? 可愛いヴィー」
「一年、ですか?」
「セオドール君は、ヴィーと同い年なんだろう? つまり、来年に十歳になる」
お父様の言葉の意味、今ならすぐに理解ができますが当時のわたくしには説明が必要でした。まだまだ、勉強が足りませんでしたわね。
「その時に、ロードリック君と同じように誕生日のパーティを開くかどうかを、まずは確認したい。伯爵家の次男であれば、結びつきを深めたい家との間で婿入り、という話もあるからね。その関係で、顔見せをすることは当然あり得る」
と、そういうことでした。なるほど、と思ってわたくしはお父様に、お願いしたんです。
「もし、パーティが開かれたらわたしはまた、参加したいです」
「そうだね。その時は招待状が届くように手を回す。そうでなければ、こちらも考えがある」
「わかりました。お父さまがそういうのなら」
……もし。翌年、本当にセオドール様のお誕生日パーティが開かれていたのでしたら、わたくしは大喜びで参加しておりました。
ですが、そうはなりませんでした。
「これはつまり、アルタートン家ではセオドール君の扱いをロードリック君と差をつけているということだ。婚約者を定めるにしても、完全に家の都合で決めるだろうね」
翌年……調べればセオドール様のお誕生日は分かりますから、その少し前まで待っていたお父様はそう結論づけました。
「もちろん、家を継ぐ可能性の高い長男とそうでない次男では、扱いの差はある。けれどアルタートン家は、一つしか歳の違わない次男を長男の誕生日パーティとはいえ、客である我々にはほとんど紹介しなかっただろう」
「はい。セオドールさまは、お兄さまのじゃまにならないようすみっこにいなさい、と言いつけられたそうです」
「うん。マージがそれとなく探ってきてくれたけれど、セオドール君はロードリック君の補佐につけるようだ。次男だからまあ当然だろうけれど、まだ実務を担当する年齢じゃないのにね」
つい先日まで、セオドール様はロードリック様の事務作業や書類をお手伝いなさっていたそうですわね。当時……ですから八年前になりますか、その頃からご両親はそのつもりでおられたようです。
こう、言っては何ですがアルタートンの家の中で飼い殺しにするつもりだったのでは、とわたくしは考えております。
まあ、セオドール様もそうとお考えでしたか。……これで、ほぼ確実ですわね。
「ロードリック君には婚約者ができたし、彼はアルタートンの家を継ぐことがまず決まっているね。さて、ヴィー。君は?」
それはともかく、お父様は不意にわたくしにそう尋ねて来られました。わたくしは胸を張って、答えました。
「わたしは、ハーヴェイ家の長女です。問題がなければ、わたしがハーヴェイの家を継ぎます」
「うん。けれど、まだそれは確実ではない。分かるね」
「はい。わたしは、わたしの実力をもって後継者の地位を確実にしなければならない……んですよね。お父さま」
ハーヴェイ辺境伯家は、そもそも武力をもって爵位を得た家柄です。当主もある程度は戦力となることが期待されますし、そうでなければ現当主の第一子であるわたくしでも家を継げるかどうか。
ですが、お父様はおっしゃいました。
「そうだ。私の後継者、ハーヴェイの次期当主としての地位を、君は確実に手に入れなさい。そうすれば、私は、ヴィーが望む婿を迎え入れてみせよう」
ええ。
わたくしは、わたくしのもとにセオドール様をお迎えするために努力しました。身体を鍛え、武術を学び、剣の腕を磨きました。
その結果、わたくしヴァイオレット・ハーヴェイは一昨年、十六歳の誕生日をもってハーヴェイの後継者の地位を手に入れました。物理的に。
え、物理的にってどういうこと、ですか?
分家の者たちにも、相応の年齢に達した者はおります。その者たちはハーヴェイ本家を訪れ、このわたくしと剣をもって勝負いたしました。最終的に勝ち残った者が、ハーヴェイの次期当主となるという決まりのもとに。
わたくしが敗北していれば、勝者がわたくしの婿もしくは義理のきょうだいとして次期当主に収まっていたでしょうね。ですが、わたくしは勝ち抜いてみせました。
なにしろわたくし、当時既にハーヴェイ家守護騎士団の副団長にもなっておりましたもの。セオドール様とお会いしたときに着用していたのは、わたくしが職務で着用しているものですわ。馬も、普段から乗っている愛馬でございます。
わたくしからセオドール様にお話できるのは、このくらいでございましょうか。
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