05.ひとやすみ
「ここにおいでくださったということは、もちろんお話はお受けしてくださるのですよね?」
「婿入りは父から強制された話ではあったのですが、お相手があなたであればこちらからよろしくお願いしたいです」
小首をかしげたヴィーに、一応事情はすっぱり言ってしまった。でも、俺の本音もきちんと言ってしまおう。
俺はきっと、あなたの隣に立つために九年、頑張ってきたんだから。
「ふふ、よかった」
俺の返事を聞いたヴィーは落ち着いた笑みを見せて、それから自身の胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「では改めまして。わたくし、ハーヴェイ辺境伯家の長女ヴァイオレット、と申します」
「アルタートン伯爵家次男、セオドールです」
俺も同じように頭を下げて、そうして気づく。
そう言えば結局、九年前はヴィーという呼称しか教えてもらってなかったからな。ハーヴェイ家の嫡女ヴァイオレット、という名前は知っていたけれどそれとヴィーが結びつかなかったのは、俺がうっかりしていたからか。
「ヴァイオレット、とおっしゃるのですか。それで、ヴィー」
「はい。家族の中でしか使っていない愛称ですので、それ以外でお呼びくださるのはセオドール様くらいになりますわね。あら、でももう家族なのよね」
「え。ああ、まあそうですよね」
ほにゃ、と笑うヴィーの表情はとても可愛らしくて、今着用している騎士服とは少々ギャップがある。でも、とても似合っているよな。
というか、この人がハーヴェイ家の次期当主で……俺の妻になってくれるひと、なのか。本当か俺、夢見てるんじゃないよな。
「ええと……それじゃあ、呼び方はヴィー、のままでいいのかな」
「もちろんですわ。正式名がヴァイオレットである、ということだけ覚えていてくださればいいのですよ。セオドール様」
本人から許可を得たので、このまま俺は彼女のことをヴィーと呼ぶことにする。うん、決めた。
なんてことを考えている間にヴィーは、俺の腕を取った。彼女の、細いけれどしっかりした感じの腕が絡まってきて。
「ではひとまず、ルフェンに宿を取ってありますの。今日はそちらでゆっくりして、我が領には明日出立しましょう。身支度もございますし」
「ええ、分かりました。きちんと支度ができるなら、ありがたいです」
ヴィーに今日明日の予定を教えられて、ホッとする。今朝は追い出されるように、実家を出てきたからな。
身支度とかはともかくとして、とりあえず休めるんだ。よかった。
よかったんだけど。
……ああうん、貴族なんだからそれなりの宿を取っているとは思っていたけどさ。
「明朝、わたくしどもが出立するまで貸し切りですの。まだ婚姻前ですから寝室は別ですので、セオドール様はゆっくり休んでくださいましね」
「は、はい」
ルフェンでは最高級らしい宿を、まるごと借り切っていた。俺とヴィーと、騎士団全員が泊まるためということらしい。確かに、高級すぎてあまり使われない宿、ということではあるんだが。
あと、ヴィーと俺はこの中で一番地位が高いということでそれぞれ個室をあてがわれた。今俺たちがいるのは、ヴィーの部屋のリビングである。個室と言いつつ二部屋あるんだよね、さすが。
なお、ヴィーが連れてきた侍女さんが淹れてくれたお茶を飲んでいる最中である。はあ、落ち着く。
「こういうところで金を落とすのも、貴族としての務めですわ」
「まあ、たしかに。貴族や大商人でなければこのランクの宿は使えませんし、相応の金を払うのは当然ですしね」
一応、俺としても納得はしている。俺には大して手をかけなかった両親も、アルタートンの後継者である兄上にはきっちりと金をかけている……はずだ。夜会などに出る際の衣装とか、私室の調度品とか、結婚式の準備とか。
なんだかんだで金はあるので、それを使うことで経済を回すのも貴族としての役目のひとつだ。実家の場合はその金の出処が少々、問題ではあるけどさ。
「昼食がまだですわよね。ご一緒にと思って、準備してもらっているのですが」
「それはぜひ」
ヴィーに誘われて、即頷く。正直、朝はろくすっぽ食べていないからな。それに、一緒に昼食をとるってことはゆっくりと話ができるわけでもあるし。
「いくら口約束したとは言え、どうやったら辺境伯家のご嫡女が伯爵家のあまり表に出ない次男を婿として迎え入れることができたのか。その辺りの話に、興味があります」
「ま、セオドール様ったら」
ちょっと意地悪な感じで言ってしまったかな、と思ったけれど。
今度はにんまりと目を細めて、それからヴィーは「もちろん、お話しいたしますわ」と頷いてくれた。
いや、本気で知りたいんだよな。あの父上が、いくらろくな扱いをしていないとは言え次男をほいほいと婿に出す気になったんだ。
ヴィーが、ハーヴェイ家がどのように話を進めたのか、ものすごく興味がある。
「ただ、わたくしでは知り得ないこともございますので詳しくは家についてから、父からお伺いくださいませ。わたくしは、わたくしが知るだけの事実をセオドール様にお伝えします」
「そう……ですね。確かに」
そうしてヴィーの言葉に、納得する。いずれにせよ、俺はハーヴェイ家に到着次第現当主であるヴィーのお父上とも顔を合わせるんだし、その時でなければ聞けない話もあるだろう。
大体。
『大きくなったらお父さまにおねがいして、かならずむかえにいくからね』
九年前、ヴィーはそう言ってくれた。少なくとも、ヴィーが俺を婿に迎え入れるためには、ヴィーのお父上に動いていただかなくてはならない。
一体どうやって、彼女はあのときの口約束を果たしてくれたのか。とてもとても、知りたくてたまらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます