04.街外れにて

 昼ちょっと過ぎくらいに、ルフェンの街に到着した。早朝に家を出ているからまあ、納得の到着時間である。

 厳密に言うと、街の少し手前で馬車隊は街道から脇道に逸れた。がったん、と一つ大きく揺れたので、俺ははてと首を傾げる。


「道、逸れました?」


「はい。セオドール様をお迎えの部隊とは、こちらで落ち合う予定になっております」


「ああ、そういうことですか」


 騎士さんに尋ねてみると、そんな答えが帰ってきた。

 要するに、俺を連れて街に入ったら騎士隊の私的利用がバレる可能性が高いので、その前にハーヴェイ家に引き渡すということなんだろうな。どこまでせこいんだろうなあ、父上。

 そのうち、馬車が停止する。窓から外を見てみると、広場になっているようだ。存在理由がよくわからないけれど、こういう場所があるんだな。


「アルタートン伯爵家次男、セオドール様ご到着です」


 騎士さんが、声を張り上げた。俺たち一行の前に、別の馬車隊が待ち構えている。

 質実剛健系の、しっかりした作りの馬車。先導に立つ騎士さんたちもまた、飾りではなくそのまま戦に出てもおかしくない装備だ。……先頭の人は、馬車についてる騎士さんより少し小柄だな。

 そうして、馬車や騎士に記されている紋章は、間違いなく俺が婿入りする辺境伯家のものだ。


「お待ち申し上げておりました。ハーヴェイ辺境伯家より直属騎士隊隊長、ダンテ・スタットがセオドール様をお迎えに上がりました」


 低くて張りのある声を張り上げたのは、先頭の人ではなくてその隣に従っているがっしりしたタイプの騎士さんだった。ダンテさんというらしいけれど、こういう声のほうが迫力はあるよな。

 いくら父上との合意とはいえ、辺境伯家からわざわざアルタートンの領内まで迎えに来てくれたのか。それも、直属の騎士隊の隊長さんが自ら。俺でごめんなさい、と馬車の中で祈る。


「スタット殿、お手数をおかけいたします。では、ここよりよろしくお願いいたします」


「無論です。それではマキシミル、積荷の引き渡しを」


「はい」


 と、こちらの騎士さんの呼びかけで、ダンテさんが部下の人に声をかけたようだ。積荷ってまあ、俺のちょっとした荷物以外は父上が押し付けてきた絹やら何やらなんだけど。

 部隊長である父上の命令とはいえ、こちらの騎士さんたちはしっかりとやってくれていると思う。なんとかして、この話は騎士団長さんにお届けしたいのだけれど……うーん。

 とかなんとか考えている間に、馬車の扉が開いた。俺と話をしてくれていたこちらの騎士さんが、手を差し伸べてくる。


「どうぞ、セオドール様」


「ありがとうございます」


 俺はここから、ハーヴェイの部隊と共に辺境伯領へ向かう。手を取ってくれた騎士さんたちとは、ここでお別れだ。

 地面に降りて、軽く体を揺すった。ずっと座っていたから、少し身体がきしんでいるな。

 それから向き直ると、ダンテさんがこちらを見ている。まずは、俺が名乗らないといけないんだったな。


「セオドール・アルタートンです。此度は急な話の上にわざわざのお出迎え、ありがとうございます」


「改めまして、ハーヴェイ家直属騎士隊隊長、ダンテ・スタットにございます。セオドール様をお迎えに上がりました」


 思わず頭を下げると、ダンテさんは俺の前に膝をついてくれた。慌てかけたけれど、一応礼儀には則っているのだから俺が慌てても仕方のないことなんだよな。

 一応俺は伯爵家の次男で、彼がお仕えしている辺境伯家に婿入りする身、なんだし。


「此度の話につきましては、ご案じなさいますな。我らはハーヴェイの家に忠誠を誓った騎士、主の家においでくださる方を迎えに来るのは当然のことです」


「そう言ってもらえると、こちらもありがたいです。どうぞ、楽にしてください」


「はっ」


 ひとまず、ダンテさんが動けるように声をかけた。そうでないと、特にこういうきっちりした人はいつまでも膝をついたまま動かない……らしいから。父上や兄上が、俺に対してそうするようによく言ってきていたから。

 俺は、貴族として生きるのにきっと慣れていない。ハーヴェイの家に、迷惑がかからないといいけれど。


「スタット殿。セオドール様をどうかよろしく、お願い致します」


「承知しております。ご心配なさいますな」


 俺に付き添ってくれているこちらの騎士さんと、ダンテさんが話している。そうしてダンテさんがわずかに横にずれると、俺の前にはさっき先頭に立っていた、小柄な人が進み出てきた。

 もしかしなくても、この人は女性だ。身体のサイズだけでなく、身体つきで分かる。乗っていた馬は後ろで、他の騎士さんたちに大人しく連れられているな。しつけが行き届いているようで、何よりだ。


「お久しゅうございます。セオドール様」


「え?」


 名前を呼ばれて、一瞬気づかなかった。目の前にいる人が、俺の名前を呼んでくれたということに。

 その人は兜を外し、さらりと薄赤色の長い髪をなびかせて微笑んだ。浅黒い肌に冴える、涼やかな金茶の目がとても愛らしい。


「九年前のお約束を、果たしに参りました。セオドール様」


「九年前……」


 手を差し出しながら彼女が言った言葉を、俺が忘れるわけはなかった。

 九年前。

 兄上の、十歳の誕生日。

 あのときの、薄赤色の髪の女の子。


「……ヴィー」


「はい! 覚えていてくださいましたか!」


 無意識のうちに手を取った俺の言葉に、ぱっと彼女の顔が晴れた。俺の手を、上と下から彼女の手が包み込んでくる。

 ああ、間違いない。俺に言葉をかけてくれて、迎えに行くから待っていろと言ってくれたヴィー。

 そうか。辺境伯家のご令嬢、だったのか。俺と同い年のはずだから、兄上より一つ下。確かに、兄上の婚約者候補には見合った年齢だよな、と思う。もっとも、兄上のお眼鏡には叶わなかったけれど……ま、いいか。


「遅くなりました。あのときのお約束どおり、お迎えに上がりましたわ」


「わざわざ、ご自身で」


「わたくしの婿になってくださる方ですもの、当然というものです」


 にこにこにこ。

 満面の笑みが、俺の努力が無駄じゃなかったことを教えてくれている。

 ……九年、頑張った甲斐があった。彼女が待っていてくれ、と言ったその言葉を信じて。

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