03.出立
そうして、三日後の早朝。
外面の良い父上は、俺の婿入りに際しそれなりにちゃんとした馬車と部隊を用意してくれた。アルタートンの紋章は入っていないけれど、そこそこきちんとした客人用の馬車だ。
ただ、馬車に付いてきてくれる部隊の人たち、騎士団の配下のはずなんだが。いいのかこれ? うちにも一応、私兵はいるはずだろ?
まあ、ツッコミ入れるつもりはない。入れたところで、どうせ鉄拳制裁だろうから。
「辺境伯閣下とご嫡女には、くれぐれも失礼のないようにな。最悪、種馬としての役割だけでも果たせ」
「………………はい」
にやにや笑いながら、酷い台詞で念を押してくる父上。見送りは父上とバロットくらいで、母上や兄上は出てこない。まだ普段の起床時刻には早いから、ふたりとも寝ているのだろう。
まあ、父上の台詞を聞かずともそこが目的だろうというのは分かる。辺境伯家に俺を婿入りさせることで結び付きを強めて、その伝手を使って隣国との関税や通行税などを値切ろうという魂胆だ。
「婿入り道具の中に、絹の反物を入れてやった。ちゃんと売り込むんだぞ」
「はい」
アルタートン領の特産品は、絹だ。王都のそばでかつそれなりに質が良いので、王家にも目をかけられているとのこと。そのおかげであちこちの貴族からも重宝されていて、アルタートン家の収入に貢献している。
まあ、ぼったくりなんだけど。原価とか人件費とか、いろいろ考えて本来つけるべき値段の倍は取っている。納税やら何やらの書類も見たことがあるので、知っているんだよな。
兄上もそれはいくら何でもご存知のはずなんだけど、何も言わない。俺が指摘したところで、父上ともども聞く耳を持たないだろう。
これでアルタートンは潤っているのだから、何の問題もないんだろう。彼らにしてみれば領民が安く作ってくれた絹を、他所に高く売りつけているのはただの商売上手だという感覚だ。……確か、母上の身内に商人がいたっけな。
こんな家に縛り付けられるくらいなら、他所の家に行って種馬になるほうがいくらかましかもしれない、と思ってしまったわけだ。ああもう、人生終わってるなあ、俺。
そんなことを考えつつ俺は、深く頭を下げた。
「それでは父上、お世話になりました。母上と兄上にも、よろしくお伝え下さい」
「うむ。セオドール、これよりお前の家はハーヴェイ辺境伯家となる。しっかり働き、骨を埋めてこい」
……二度と帰ってくるな。
父上、はっきり言ってくれてもいいのに。俺だって、そのつもりなんだから。
馬車に乗って家を離れ、家のある街を出たところで付き添いの騎士の人が「セオドール様」と窓越しに話しかけてきてくれた。
「ルフェンの街まで、ハーヴェイ家の部隊がお迎えに来られるそうです。我々はそこまでお送りします」
「はい、分かりました。お世話になります」
少なくともこの人は、ちゃんとした感じだな。……ん、待てよ。
ルフェンは、アルタートン領の端にある街だ。王都守護騎士団の出張所があるところで、父上や兄上が時々任務で派遣される。
ん、もしかして。
「あの、もしかしてこの部隊の皆さん、そちらに派遣される方々ですか」
「……はい。部隊長から、同じ街に行くのだからちょうどいいと命じられました」
勘が当たってしまった。父上は、自分のところの私兵を使うと金がかかるから、騎士団の派遣に乗じて俺を送らせたわけだ。
だから、アルタートン家の紋章が入った馬車を使わないんだ。紋章入りの馬車だったら、ルフェンから持って帰らなければならないから。
それは、騎士団の使い方としてはおかしくないだろうか。団長に訴えれば、父上はただでは済まないと思うんだけど。
「……騎士団の団長さんには、このことを報告したほうが良いと思うんですが」
「我々が提出する書類は、まず部隊長が点検することになっております」
本当に済まなそうに、騎士さんが言う。ああ、父上が先にチェックしてしまうから無理、ということだ。
「……分かりました。父が愚かで、申し訳ありません」
「いえ」
ひとまず、それで話を終える。どこに、父上の配下がいるか分からない。もしかしたらこの馬車の御者さんとか、騎士さん自身とか。
……父上は、妙なところで勘が鋭いことがある。これが兄上には遺伝していないようで、アルタートン家の未来は大丈夫かと思わんでもない。
まあ、俺はあの家から追い出された人間だけど。でも、何か問題が起きたら平然とこちらに協力を要請してくる、というよりは問題を押し付けてくる可能性がなくはない。そういうことも狙っての、俺の婿入りだろう。
「……」
窓から、外を見る。既に街を抜けているから、辺りは草原と森、あと畑と牧場がちらほら見える。この近辺は魔物はあまり出ないはずだけど、時々アルタートンの私兵や兄上の部隊なんかが見回っているよな。
俺はあまり家から出されることがなくて、ひたすら兄上周りの書類作成に追われていた。一応、家を出るまでにもらった仕事は全部片付けてきたけれど、この後どうするんだろう。新しい侍従でも雇うか、騎士団の配下を使うか。
「……俺にはもう、関係なくね?」
思わず言葉にして吐き出した。
俺はアルタートンの家から、ハーヴェイの家に婿として出された。父上からは、あちらに骨を埋めてこいと言われている。つまり、戻ってくるなと。
だったらもう、アルタートンの家……その中のことは、俺には関係ないと言っていいだろう。だって、俺は家の者ではないから。
これからは、ハーヴェイの家が俺の家。そちらのために、俺は働けば良い。まあ、どうなるかはわからないけれど。
ヴィー、俺は頑張ったから、あの家から出られたのかもしれないな。君の言葉のおかげだ、ありがとう。
そんなことを考えながら、少しうつらうつらとする。ルフェンの街は、半日もあれば到着する場所だ。
近くの街まで、婿に出る息子を送る費用すら出し渋る伯爵家。外から見たアルタートン家の評判は、一体どうなっているのだろう。
多分、俺は今後知ることになるんだろうな。
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