第26話

   水穂の告白6


 夏休みも終わりに近づき、今年の夏は夕君とあまり一緒にいられなかったことが、哀しく感じられた。


 夕君はどんどん心が消えていくように感じる。テクニックは上がった。中学生とは思えないほど……。最初のころ、私たちはAVをみて、それを真似するような感じだった。大人の真似事だった。


 でも、夕君は私とだけではなく、色々な子との体験を通じて、どんどん自分のものとしていった。


 今では私がイカされっ放しだ。


 私は夕君が他の子とエッチをしても、気にしない。嫉妬しない、という意味ではなくて、私と夕君とは恋人とか、そういうものではない。


 私は頭が悪いからよく分からないけれど、もっと深いところでつながっている、と思っている。


 でも、その深いところがどんどん、夕君の中からなくなっている気がする。


 陽葵さんと一緒にエッチをしたとき、強くそれを感じた。


 夕君は心を失くしている……。求められれば応えるけれど、自分から求めることがなくなった。そんな感じだ。


 あるとき、夕君の夏期講習が終わるのを待って、私は声をかけた。一緒に帰ろうと思った。


 夕君に尋ねてみた。「私と……エッチしたい?」


 夕君は少し驚いた様子だったけれど「したいよ」と応じた。


「そうじゃなくて、自分からしたいと思うか? ってこと。私がしたいから、してあげるんじゃなくて、自分からしたくなるかってこと」


 少し考えるようにしてから「したくなるか……。ごめん、今はそういう気になれない」


 そう言ってくれたけれど、多分それは気をつかっている。あんな可愛い陽葵さんとだって、夕君は自分からしたい、という感じではなかった。「今は」ではなく、今の夕君は、しばらく前からそれを感じていない。


「私……、夕君がなくなりそうで怖いの」


「ボクは死なないよ」


「亡くなる……じゃなくて、失くなる、の方。消えちゃうんじゃないかって……」


 夕君は立ち止まった。


「消える……。大丈夫、いなくならないよ」


 そういったときの夕君は、少し寂しそうだった。それは言葉のアヤだけれど、夕君は私の「失くす」を「いなくなる」ととらえたようだ。でも、そうじゃない。だけど今の夕君の様子で、私は悟った。


 夕君を苦しめているのは、ここにいなければいけない、ありつづけなければいけない苦しみなのだ、と。


 To be, or not to be.


 ハムレットはそう悩んだ。これは「生きるべきか、死ぬべきか」と訳されるけれど、もっと本質的な問いを発する。「あるべきか、あらざるべきか」


 自分の存在についての悩み。ハムレットは王子でありながら、父殺しの義父への恨みに悩んだ。


 夕君のそれは何?


 私はその腕をぎゅっとつかんで、懐にかき抱いた。夕君がここにいたい、と思ってくれるように。


 私の傍が、居心地いいとおもってくれるように……。


 夕君にも私の心が伝わったのか? 私の手にそっと手を添えて、もう一度「大丈夫だよ」と言った。今はその言葉を信じるしか、私にはできなかった。


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