第4話

   明日菜の告白1


 私は小学三年生のときに引っ越しをした。両親が離婚し、母親にひきとられたからだ。


 母親の実家、祖母の暮らす家に移り、そこから近い小学校に通うことになった。


 両親が離婚して……なんて、口が裂けても言いたくなかった。


 私は隠しごとをしている……との後ろめたさから、周りと距離をとってしまった。


 友達はできなかった。


 そのクラスには、妙に大人びている男の子がいた。いつもスカしていて、周りからも浮くけれど、本人は泰然自若として、気にする風もない。


 私もあんな風になりたい……と、いつのころからか、目で追うようになっていた。


 そんなある日、体育用具の後片付けを、二人で仰せつかった。


 彼はやりたくなさそうだったけれど、仕事はする人だ。二人でボールの入ったカゴを体育倉庫まで運ぶ。


 彼は後ろから押していた。体育倉庫に入ると、彼は重い鉄の扉を閉めてしまう。


 体育倉庫に、二人きりとなった……。


「何でいつも、じろじろ見ているの?」


 怒っているわけではないけれど、彼は冷静にそう尋ねてきた。


「そ、それは……」


 私も口ごもる。憧れているから……なんて言えない。でもそれ以外の理由を語ったところで、嘘になる。


 頭の中がぐるぐるして、どうイイワケしよう……と、考えがまとまらずにいたところ、彼がヅカヅカと近づいてきて、私の目の前に立っていた。


 私は後ずさりする間もなく、唇をふさがれていた。


 何が……起こっているの?


 温かく、湿った唇が私のそれを覆う。私の唇から、彼に事情を尋ねることなどできない。ちょっとでも動かすと、彼のそれにより強く、自分から押し当てることになりそうだから……。


 彼は唇を放すと、体育倉庫のドアを開けて「早くもどらないと、遅れるぞ」と声をかけてきた。


 何が……起きたの? 私には分からなかったけれど、彼に促されるまま、教室へともどった。


 それから、ますます彼から目を離せなくなった。


 でもそれは、憧憬……?


 あれが起きる前と、今はちがう。はっきりとそう思う。


 彼をみると、つい唇を湿らせてしまう。少し頬が赤くなる。


 相変わらず彼は一人だし、私にも友達がいないから、その事情を話すことなどないけれど、私と彼の間には、不思議な糸がつながっているような気がした。


 ある日、放課後の教室で偶然、彼と二人きりになった。


 私はドキドキしたけれど、それを彼に悟らせたくはない。


 私が真っ赤になって俯いていると、彼は私の手をつかんで、教壇の下へと引っ張っていく。


 その狭い空間に、無理やり二人で体を押しこめた。


 彼の息遣いが……顔が近い。私もきっと、呼吸が荒くなっている。それを知られたくなくて、私はぎゅっと口を閉じて、目もつぶった。


 でも、彼はそんな私の唇を、また奪ってきた。


 今は、時間がたっぷりある。彼は私の唇を、色々な角度から、またその触れ方を変えつつ何度も、何度も重ねてくる。


 私はそのうち、唇を開いて彼を受け入れていた。


 何度も、何度も、互いの唇の形を確かめるように、柔らかさを、その唾液の味さえも確認するようにそれをくり返す。


 私は、彼の沼に落ちていく……。


 彼が私の足の間に、手を添わせるのも気づいている。でも、私はそれをふり払わなかった。


 恥ずかしくて、足を閉じようとするけれど、この狭い空間で片足を別の手で押さえられているので、その抵抗も虚しい限りだ。


 私は、彼も私の沼に落ちて欲しい……そう願うようになっていた。私が彼の沼に、いつの間にか落ちていたように……。


 光も見えないけれど、その沼にいるときだけは少し温かさを感じたから。






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