第8話 『ノワール』の戦闘
街道は、ハイネ公国へと向かう別れ道から急激に荒れ果てていた。
石がゴロゴロと転がり、朽ちた倒木がいくつもあって、嵐の後というべき様相である。独特な生暖かい空気に包まれて、肌に薄っすらと汗が浮かんだ。
やつらの世界に入ったのだ。
クローネの背中からも緊張した雰囲気が伝わってくる。この辺にいるモンスターは雑魚ばかりだが、だからといって油断はできない。
まれに上位クエストの対象となるような強力なモンスターが紛れ込んでいるときがあり、「入り口」の冒険者の死亡率は意外なほど高いのだ。
私は、錫杖を振るった。
「
紫の光とともに、全長百五十センチほどの白色の鷲が現れた。私の召喚魔法の契約によって調伏したモンスターで、探索能力に優れている。
「上空から見張りなさい。オークを見かけたら合図するのよ」
命令を出すと、白鷲は高い声で鳴いて飛び上がった。
私の使う魔法は召喚魔法である。魔法は生まれながらにして身体に刻まれた魔法印により、使える魔法は決まっていて、原則一人一つの力だけだ。つまり、炎の魔法印をもつものは炎魔法、風の魔法印をもつものは風魔法のみしか使えない。
私の場合は召喚魔法のみである。しかし、使いようによっては応用が効くので便利な力ではあった。ただ、召喚を続けている間は魔力を消耗し続けるので燃費は悪い。
「……はやく見つかるといいな」
「そうね。出来る限り数は狩りたいから、魔力は温存しておきたい」
「どんだけ狩れるかなあ?」
「運次第ね。でかい群れに当たればいいけど、こればかりは女神イェルディス様の機嫌次第ってやつよ」
クローネは、小さく噴き出した。
「アイファがイェルディス様の名前を引用するなんて似合わねえ」
「うるさいわね。縛り付けて雌オークの前に捨ててやりましょうか?」
「それは勘弁してくれ」
クローネは肩を竦める。
「……まあ冗談はさておき、できるだけたくさんのオークを倒したいな。宿代のためにも」
「そうね。ギルドの情報はあまり当てになんないし」
ギルドのクエスト情報で、近隣の群れの状況は事前に知ることができるが、オークの群れは合流したり解散したりすることがしばしばあるので、あまり信用してはいけない。
オーク退治は完全に運だ。ギルドの事前情報はあくまで参考程度に留めておかないと、足元を掬われかねない。
運によるところが多いわりに、オーク討伐は人気が高いクエストの一つなのだが、理由は取れる素材にあった。オークから取れる油は灯油やロウソクにも利用されるし、調合次第で止血剤や薬にもなる。
つまり、素材を売ることでの利益を期待できるのだ。あんな醜悪なモンスターでも、使えるところはたくさんあって需要が高い。低級クエストしか受けられない私たちにとっては渡りに船のクエストだった。
「……」
私は空を見上げる。
白鷲が左旋回をして、標的外のモンスターの存在を教えてくれている。私たちは魔力の温存のために迂回した。
そうして何度か道を変えながら進んでいると。
白鷲が、今度は右旋回をした。どうやら標的を見つけたらしい。
私とクローネは顔を見合わせて、うなずいた。クローネが弓と矢を取り、姿勢を引くくして近づいていく。私もそれにならった。
岩が転げ落ちるような音が、遠くから聞こえてきた。いる。私たちは岩陰に隠れて様子を伺う。
二匹のオークが走っていた。思ったよりずっと数が少ない。
妙だ。群れをつくるオークが二匹だけでいるなんて。
「変だな」
クローネも同じことを感じたようだ。
「数が少ない。それにあの様子」
「ええ、まるで何かから逃げているみたいだわ」
「どうする?」
「決まってる。やるわよ。ここで逃したら、しばらくは宿にも泊まれなくなるかもしれない」
「そうだな」
クローネは弓に矢を番え狙いをつけた。矢に緑色の光が灯る。矢じりには魔石という魔力の伝導率が高い素材が練り込まれてあり、魔法を込めることができる。
クローネの魔法は「劣化魔法」だ。魔力や筋力といった相手の能力値を一時的に下げる魔法である。対象に直接触れて魔力を流し込まないと発動しない魔法であるが、だからこそこの矢とは相性がいい。
息を止め、数秒待ってから、クローネは矢を放った。風を切って飛んだ矢は、先頭を走っていたオークの肩に命中。オークたちの足が止まった瞬間を狙って、さらに二発目が放たれた。もう一頭のオークの胸に矢が突き刺さって、悲鳴があがった。
「今だ!」
クローネに言われるまでもなく、私は魔法を発動した。
光とともに使役するモンスターが出現する。
「
鎧を身に纏った四足獣が、唸り声を上げてオークに突進する。オークが慌てて棍棒をかまえて反撃したが、鎧獣は飛んでかわし鉄の爪を振るった。
腕を引き裂かれたオークが悲鳴を上げる。のたうち回るオーク。その喉元に鎧獣は喰らいついた。血しぶきをあげ、一匹が絶命した。
残り一頭。そいつは戦意を喪失したのか逃げようとしていた。その頭にクローネの矢が突き刺さった。防御力を下げられていたオークは、その一撃で倒れた。
「……」
クローネは弓を下げない。新たな矢を番え、油断なく周囲を見渡していた。まだどこかにオークや他のモンスターがひそんでいるかもしれないからだ。
白鷲は何の反応も示さない。
「居ないみたいよ」
私がそう言うと、クローネは頷いて矢を下ろした。
「ギルドの情報はあまり当てにならないとはいえ……あまりにも少なすぎる。もっと居るはずだぞ?」
「他のやつらに先を越されたかしら?」
「その可能性はあるな。それなら、群れからはぐれて逃げていたのも納得がいく」
クローネはしばし悩んだあと、口を開いた。
「探そう。これじゃ、エールにもありつけない」
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