第7話 久しぶりのクエスト
三日後。
ようやく解散届が受理された私たちは、久しぶりにクエストをこなせるようになった。
「……オークの小群の討伐クエストね」
私は、クローネが持ってきたクエスト依頼書を見ながら言った。
「まあ、それが一番ワリがいいからな。とりあえず宿代稼がないといけないし。数日クエスト受けれなかったのはやっぱ痛かったなあ」
「そりゃあそうだけど。それ以前にそもそも、あんたがまた武器を買い替えたせいでお金がないんでしょうが。これで何本目よ」
クローネの腰に佩かれたロングソードを睨みつけ、背中にある弓も睨めつけてやる。どちらも真新しい。
「し、仕方ねえだろ! どんなに手入れしてもなぜかすぐ壊れちまうんだから!」
「ほんとに手入れしてるんでしょうね? あんたの物持ちの悪さのせいで、『ノワール』は貧乏パーティになってると言っても過言じゃないんだから」
「ちゃんとしてるって! 貧乏なのは、たしかに俺のせいだろうけどさ……」
「だろうじゃないわよ」
私たちは下らない言い合いをしながら、ノルドブルクの東門まで歩いていた。
東門へ続く、豊穣の女神テレーザの名が与えられたテレーザ通りは、その名に相応しく野菜や果物などの露店、屋台が軒を連ねていた。漂ってきた香ばしい香りはトウモロコシだろうか。肉の香りもする。果実の甘い香りも――。
隣のクローネから腹の音が鳴っていたが、私は気づかないフリをする。お楽しみは任務帰り、ギルドから報酬を受け取ってからだ。
誘惑の多い通りを抜けて、東門が見えてきたときだった。
「我々は、難民や移民の方々の就職、衣食住を保証し、生活支援を押し進めます! また、ドワーフや獣人に対する根強い差別意識の解消に向け、広報活動を積極的に行い各職業ギルドとの連携を――」
道の端から演説の声が聴こえてきた。獣人族の大男が大げさなハンドジェスチャーを交えながら、声を張り上げ弁説を飛ばしている。
聴衆の数はまばらだった。聞いているのはドワーフと獣人族が多い。その中央にある高台には、灰色の立派な髭を蓄えたドワーフが立っていた。威厳のある佇まいで、聴衆たちを見下ろしている。
ふと、灰色髭のドワーフと目があった。私はすぐに目を逸らす。
「あれって、ユーリ候補だよな? ……こんなところまで出張って演説してるんだなあ」
「そうね」
クローネの言葉に相槌を打つ。
ユーリ・レントゲン。数少ないドワーフの政治家であり、ノルドブルク知事選に立候補した第三候補だ。第一候補で現職のグリム・リヒター、第二候補で一番人気のヒルフェ・ファルメールには人気で大きく劣っている。
無理もない。差別意識の根強いドワーフの候補という点ですでに不利だし、公約もマイノリティ中心の政策を掲げているからマジョリティからの支持も集まりにくい。
ユーリの当選はまず絶望的だろう。いわゆる大穴……いや、泡沫候補というやつだ。
「……個人的には一番支持してるんだけどなあ」
クローネが、複雑そうな表情を浮かべる。
「私もよ」
「アイファもそうか。一番いいことしようとしていると思うんだけど、みんなユーリ候補のやろうとしていることには関心がないんだろうな」
「そりゃそうでしょうね。ドワーフと一部の獣人族や貧困層以外にはあまり関係のない話だし、冒険者たちからの支持も集まりにくいわよ、あの手の善人は」
「……冒険者の優遇策を推し進めるグリム候補やヒルフェ候補の方が、そりゃあ有利か。それに一番人気のヒルフェ候補には、フィリーネたちがいるしなあ」
「そこが、冒険者の街の特殊なところよね。自分の支援するパーティの活躍が、票集めに直結するから」
「……ユーリ候補の支援するパーティって、どこだっけ?」
「名前が出てこない時点でお察しでしょ。……それより早く行きましょう。選挙のことより優先すべきは明日の衣食住よ」
「へいへい」
私たちはその場を後にして、東門へと辿り着いた。
見上げるほどに巨大な鉄の門は、朝方から日が沈むまでの間は開かれている。今は朝の遅い時間だからか、行商の馬車や冒険者たちが行き交い、賑わいを見せている。
厳しい顔をした衛兵に通行証を差し出して、通行の許可を貰うと、巨大な堀にかけられた吊り橋を通る。
空気を柔らかく揺らす鳥の声。青天のもとに、緑色の大地が広がっていた。薫風が、みずみずしい草の香りをのせて走っている。
穏やかに揺れる草木を見ていると、とてもこの先に凶暴なモンスターたちがいるなんて思えない。だが、少し先……国境へ近づくと伏魔殿が待っている。
そう、ハイネ公国との国境。
伏魔殿とは、ハイネ公国のことだ。
――私たちの故郷があった国。
「……」
今より十年前。テオドール歴1500年。
ハイネ公国で、原因不明とされるモンスターの大量発生……魔のアウトブレイクが起こった。突如現れた無数のモンスターたちは、公国の村々や街を襲撃し、犠牲者の数さえわからないほどの甚大な被害をもたらした。
アウトブレイクへの対処が遅れたハイネ公国は事実上壊滅してしまい、その肥沃な広土はモンスターたちが我が物顔でのさばる巣窟へと姿を変えてしまった。
現在、私たちの住んでいるヴォールテール共和国もモンスターたちの被害を受けたのは無論のことだ。だが、自慢の魔法騎士団の活躍や防衛拠点の構築などの対策を迅速に行ったことが功を奏し、被害を最小限度に食い止めることができていた。
ハイネ公国の国境沿いで、モンスターの侵攻はどうにか止まっているが、いつ均衡が崩れるかはわからないという危うい状況が続いている。その均衡を保つ上で、冒険者の果たす役割は重要だった。
だから、国境沿いには冒険者の拠点が無数に存在する。ノルドブルクは、その中でも最大規模を誇る拠点であった。
「……アイファ?」
景色を眺めているうちに、いつの間にかぼうっとしてしまっていたようだ。先を歩くクローネが、訝しげにこちらを見ている。
「ああ、ごめん。なんでもないわ」
「そうか。……行くぞ」
「ええ」
私は懐から小さな錫杖を取り出して、振るう。シャキンと小気味よい金属音を奏でながら、錫杖の持ち手が伸びた。
クエストが、始まる。
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