第4話 魔法騎士になりてえんだよ!





 クローネの呂律はあやしくなっていた。


「気をつけているはずなのに。そんな危ねえクエストを受けているわけでもねえし、危険度の高いクエストを受けるときは相談するよう言ってたのに……。なんで仲間になってくれたやつが次々と……リーナたちだって」


 私は唐揚げをかじって、頷いた。


「……んで、あいつら勝手にクエスト受けたりなんかしたんだよ。共同している間は、全部のクエストを一緒に受けるって取り決めていたはずなのに……。くそ、なんでだっ。自分勝手に動きやがって……!」


 パーティが単独で行動するよう誘導したのは私なんだけどね。


 そんなこと口には出せないから、代わりにエールを口にする。泡しか残っていなかった。


 酒が入っているからだろう。クローネはあまり不満を表に出すタイプではないが、堰が決壊したように次から次へと言葉が出てくる。


 クローネがヤケばちになっているときは、一度喋らせてあげた方がいい。


「くそっ、これ以上味方が死ぬのは嫌なんだよ。……でも、味方を増やさないと俺の目標は達成できない」


 クローネは口につけたグラスを傾けて、勢いよくテーブルにおいた。かん、と木槌を叩くような音がして、わずかに残った酒がこぼれる。


「これじゃあ、いつまでたっても魔法騎士にはなれねえよ!」


「……」


「三人以上にならないと、中級クエストも満足に受けられない。俺たち二人がどんなに頑張ったところで、受けられるクエストに制限があるんじゃ階級も上がらないんだからな。アインどころかツヴァイすら見えてこない。最近じゃ変なウワサも広がって仲間になってくれるやつもいなくなった。一体、どうすりゃいいんだよ……」


「そうねえ。現状じゃ厳しいかもね」


「ああ」


「もう一年になるんだしさ。ここら辺が潮時なんじゃない?」


 クローネの眉根がぴくりと動いた。


「どういう意味だよ?」


「言葉通りよ。冒険者を辞めることも考えたらどう?」


 テーブルの食器が、食べ物が浮かび上がった。クローネがテーブルを強く叩いたのだ。にぎわっていた店内が静まり返り、無数の視線がこちらに向けられる。


 突然の事態にも、私は動揺することはない。


 クローネのエメラルドの瞳は、刃のごとく鋭かった。


「馬鹿なことを言うなよ。今更辞められるわけないだろうが」


「……」


「俺が、俺たちがどんな思いで冒険者になったか忘れたわけじゃねえだろ。モンスターを滅ぼして、平和な世の中を手に入れる。そのためならどんなこともするって、あの日誓っただろ? お前にとって、あの誓いはそんなに軽いものだったのか?」


 私は目を背けそうになった。クローネと私の思いは別のところにあるのだが、クローネが自分と私の志が同じところにあると勘違いしているところに、こっけいなほどの皮肉があった。


 私には、世界を平和にしたいなんていう、ロマンス騎士みたいな高尚な目標はない。ただ、女としての素朴な願いしかありはしないのだ。


 ただ、クローネと一緒に居られればそれでいい。そのために、クローネには冒険者を辞めて欲しいと思っているくらいだった。


 睨むクローネを静かに見据えて、私は空のエールを口にする。


 ただ、クローネがこんな大逸れた夢を持つようになったのは、私に原因があるところもあった。だから、クローネの夢を真っ向から否定せず、こいつが諦めるまでじっくり待つことにしている。


 そのために、二流冒険者たちを十人以上殺すことになってしまったが、私は焦ってはいなかった。


 今の中途半端な生活も悪くはないと思っている。だから、何年でもじっくり待つ心構えは出来ていた。


 ようは、聖剣さえ壊せればよいのだ。それまでにはどうにかする算段もつけつつある。


「……わるかったわ。不用意なことを口走ってごめん」


 とりあえず場を収めるため、頭を下げた。


「軽くはないわよ。私だってモンスターに大切な人たちを殺されて片目を奪われたんだから」右目の眼帯を突きながら言った。「あんたの思いだって、痛いほどわかっている」


「……そうか」


「ムダに付き合いが長いんだからさ。腐れ縁とはいえ、幼馴染みを心配するのは当然でしょ。最近のあんたを見ていたら休むのも必要なのかなって思ったのも確かだったのよね。少しムリし過ぎかなって思う」


「ムリしてるかな?」


「してるわよ。死神なんて不名誉なあだ名をつけられて、白い目で見られていたら気が滅入るに決まっている」


 事情を知っている人間が聴いたら、どの口がそんなことを言うのかと指摘するだろうな。


「あんた、真面目だから」


 ロックグラスの氷がカランと揺れた。魔法で作られた氷は、溶けてなお人工的な整然とした美しさを残している。


 店内の喧騒は戻っていた。エレナさんとジークさんが心配そうにこちらを見ている。私は小さく手を振って「大丈夫だ」と合図を送った。


 静かになったクローネは俯いていた。陶器のように白い肌が酒に炙られてりんごのように赤く染まっている。目の下にできた薄黒いクマが、彼の苦労を無言のうちに訴えてくる。


 私が唐揚げを食べ尽くしたとき、クローネが口を開いた。


「すまん。ちょっと熱くなった」


「謝んな。気にしてない」


 ちょっと冷たい言い方になっちゃったかな?


 クローネが上目遣いでこちらを伺ってくる。その殊勝な態度に、心の内側がくすぐられるような気がした。かわいい。思わず抱きしめたくなるほどに。


 でも、私の素直じゃない口は、思いどおりに動かない。


「子供か! 本当に気にしてないからそんなこと気にするな!」


「すまん」


 肩を落として小さくなるクローネ。ああ、私の馬鹿。


「ええい。こうなったらとことん飲むわよ! エレナさん、エールもう一杯ちょうだい!」


 殻になったグラスを振り回す。キョトンとしていたエレナさんが何度かまばたきをした後、嬉しそうに笑って頷いた。











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