第4話 裏ボス

 魔王討伐隊の出発は一か月後となった。それまでに桜子の能力と、勇者たちとの行動連携を確認するのだ。


「聖女様、恐れ入りますが救護室までお越しいただけますでしょうか」

「わかりました!」


 桜子の周囲にはたくさんの護衛が付いていた。


(落ち着かない)


 とは言っても、桜子はこの世界にとってのリーサルウェポン。万が一でも失うわけにはいかない。


(でも、困ったわ……)


 今回桜子は魔王討伐ともう1つ別の依頼を受けていた。


『エリス姫が隠し持つアーティファクトを破壊してもらいたい』


 この世界の神が言うには、あれがあると例え今回魔王を倒したとしても、またいつの日か同じように魔王を創り出しかねないというのだ。

 隠し場所もその形もわかっている。見つけたらすぐにでも破壊してしまえばいい。聖女である桜子が少しでも力を込めればあっという間に砕け散る産物という話だ。

 

(考えてた作戦は全く実行できなさそうだし)


 エリス姫と仲良くなればアーティファクトの隠し場所、彼女の寝室に入れると思っていた。だが、初対面から彼女は桜子を嫌っている。正直、ここまで敵対視されるとは思ってもみなかった。仮にも一国の姫だ。表向きだけでも聖女である自分へ好意的であるべきだろう。


(まだ何もしてないのに!)


 エリス姫はグレンを深く愛していた。避暑地からの帰路、盗賊に襲われていたエリス姫一行をあっという間に助けたのだ。一目惚れだった。強く、賢く、勇ましい彼に夢中になった。

 だがグレンは身分が低い。勇者として名を馳せるまでは腕の立つ用心棒だったのだ。

 なんとか彼と結婚するために彼女が考えたのは、グレンを魔王を倒す勇者に仕立てること。この世界の法律で、魔王を倒した勇者は最大の褒美としてこの国の姫君との婚姻を許されているからだ。

 そうして導かれるように、魔王を生み出すアーティファクトを城の宝物庫から見つけ出した。

 彼女の期待通り、腕の立つグレンは多くの功績を残し、王から勇者という肩書を与えられた。伝説では勇者と聖女は共に行動し、愛し合った。だから勝手に聖女を名乗り始めたのだ。本物の聖女である桜子は愛の障害でしかない。


「勇者との打ち合わせっていつでしたっけ?」

「本日午後からになります。何かご用事がありましたらお申し付けください」

「ありがとうございます。その時、出来るだけ少人数で今後のことを打ち合わせしたいのですが」

「承知しました。そのように手配いたします」


 なぜ? と聞かれることもなく受け入れられ、桜子はホッとした。桜子が思っているよりずっと、聖女とは高貴な者として扱われるのだ。その彼女の発言に疑問を持つことなど許されない。


 案内された城に併設された救護室で、聖女桜子は治療を行った。魔王の森で戦いで敗れた兵士達で溢れていたが、彼女が触れた箇所は全て綺麗さっぱりと治っていった。

 桜子はその一人一人に、


「大丈夫ですか?」

「他に痛いところは?」


 などと当たり前に声をかけたので、兵士達はいたく感動したのだった。自称聖女のエリス姫は、救護室の兵士達には目もくれず、いつもグレンにべったりだった。


「エリス姫も治癒能力がおありなのですね」

「王家の人間は代々そのお力がおありなのです」


 それは王家の人間が聖女の血を引いているためだった。


(私の前の聖女か……)


 つまりその聖女は元の世界には帰らなかったのだ。この世界に残って、この世界で生を全うした。

 

(私はどうしたいんだろう)


 身体が元通りになり喜ぶ兵士達を、桜子はほんの少し寂しい笑顔で見つめていた。


 

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