第2話 異世界の神

 池崎桜子は真っ白な空間に1人ポツンと立っていた。ついさっきまで、昼休みの教室で友人とおしゃべりをしていたはずなのに。


「なに!? なにここ!? 誰か! 誰かいないの!?」


 声はどこかに吸収され、響くこともない。


(夢?)


 恐怖に飲み込まれないよう、桜子は大きく深呼吸をした。


『怖がらせてすまない。池崎桜子よ』

「わあっ!」


 急に美しい男性が目の前に現れ、桜子は思わず声を上げた。


『驚かせてすまない。池崎桜子よ』

「!?」


 ワンパターンな会話しかできないその男は、無表情のまま語り続ける。


「お願いがあって異世界から我が世界へときてもらったのだ。池崎桜子よ」

「はあ……」


 神々しい雰囲気から桜子は丁寧な返事を試みようとするが、同時に胡散臭さも感じかまえてしまう。


「我が世界は今危機に直面している。人々の恨みつらみから生まれた魔王が世界を滅ぼさんとしているのだ。池崎桜子よ」

「……。」

「聖女として勇者達と共に魔王を倒してほしい。池崎桜子よ」


 桜子はなんと言ったらいいかわからない。言いたいことがあり過ぎて頭の中が大渋滞しはじめていた。


「いくつか質問が」

「かまわない。池崎桜子よ」


 どうぞ。と、男性が手を前に出した。


「これは夢?」

「現実だ。池崎桜子よ」

「あなたはどなたですか?」

「お前たちの世界の言葉で表現すると、異世界の神だ。池崎桜子よ」

「その、池崎桜子よ。っていうのやめてもらうことってできますか?」

「承知した」


 桜子はゆっくりと息をはいた。


(どうしよう……)


 急に異世界を救ってくれなんて言われても困る。桜子はごく普通の女子中学生だ。なにより魔王だなんて怖すぎる。だが、この恐怖感を相手に悟られるのは嫌だった。自分の臆病さを他人に見られるのは、桜子のプライドが許さない。


「私は元の世界へ帰れるんですか?」

「帰りたいのか?」

「え?」


 予想もしない質問返しだ。そしてすぐに帰りたいと答えられない自分にも気が付いた。


(ああ、この人知ってるんだ)


 凍り付く思いだった。この神は、桜子が最も知られたくないことを知っている。彼女はネグレクトを受けていた。だが元来しっかり者だったので、それを決して他人には悟られないよう心掛けた。憐れまれたくなかった。可哀想な子になりたくなかった……。

 幸い、生きるための金銭だけはダイニングテーブルに放置されている家だったので、孤独感さえどうにかすれば生きていくことは出来たのだ。

 真っ青になった桜子を見て、神はまた無表情のまま声をかけた。


「触れられたくないことだったな。すまない」

「神様も謝るんですね」


 自嘲的に笑いながら吐き捨てるように言った。不敬だとはわかっていたが、どうしても止められなかった。


「そうだ。私は万能ではない。だから異世界の子供に頼むしかないのだ」


 相変わらず無感情な声色だ。

 そうして神は自身の能力について教えてくれた。直接自分の世界に手を加えられないこと。だが間接的には出来る。だから異世界の人間を自身の世界に投入し、変化を与えるのだと。


(理不尽だ)


 一方的に呼び出して、アレコレやってくれなんて、なんて勝手な。桜子側にはなんのメリットもない異世界転移だ。……そのはずだ。


「……断ったら帰れるんですか?」

「いや。だが私の願いを叶えてくれた後、お前を元の世界に帰そう」


 言葉に詰まる桜子を見て、神は続きのように話した。


「我が世界を気に入ってくれたなら残ってくれてかまわない」

「どうも……」


 気を使われたのだとわかった。感情がないのかと思ったがそうでもないのだろう。


(じゃなきゃ、自分の世界を守ろうだなんて思わないわよね)


 桜子は心を決めた。両手で自分の頬をバチンと挟む。やるなら前向きな気持ちでやったほうがいい。桜子は今までその考えでなんでもこなしてきた。その様子を神はやはり無表情に見ていた。


「やってやろうじゃない!」


 そう啖呵を切るように叫ぶと、なんと神が微笑んだのだ。


「!?」

「では、具体的に説明しよう」


 目を丸くする桜子のことなどお構いなしに、神はこれからのことを話し始めた。


 

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