第3話
もしかしてと思って、周りを見るが誰もいない。
「あのー? 人間って、もしかして私の事?」
「ぐぅぅ、人間め。俺を殺したければ殺……あれ?」
ビクビクと頭を抱えて怯えていた豚獣人の子供は、指の間からチラっと私の方を見るとキョトンとした顔で手をどけた。
「え? 兎獣人? あの魔法は誰が?」
「あの魔法は私だけど……」
「う、嘘をつくな! 獣人が魔法を使えるわけないだろ! 魔法を使えるのは人間と魔獣だけだ!」
そうなんだ。この世界では人間と魔獣?だけが魔法を使えるんだ。でも私は使えちゃうな。元が人間だからかな?
「でも使えちゃうんだもん。ほら、ファイヤーボルト」
右手を空に向けて魔法を使うと火の玉が飛び出すと空へと消えた。
「ほ、本当だ。まさか獣人で使えるやつがいるなんて……。本当にこの近くに人間はいないんだな?」
「いたら私が教えて欲しいわよ」
「はぁ~。助かった……」
緊張の糸がほぐれたのか豚獣人の子供は、力が抜けてへにゃへにゃと崩れ落ちた。
「……た、助けてくれてありがとう。おいらはブータ」
「私は藤沢柚乃よ。柚乃。よろしくね」
「兎の獣人はこの辺じゃ珍しいな。ユノはどこから来たんだ?」
「わたし? うーん、東京だけど……」
「トウキョウ? 知らねーな。まぁおいらも他の村の事を全部知ってるわけじゃねーしな」
豚獣人のブータはズボンの砂を叩くと立ち上がって、近くに落ちていたリュックを背負った。
「ユノはこんなところでなにしてんだ?」
「さあ? 私が聞きたいくらいだよ」
「変なやつ……。迷子ならうちの村に来いよ。お礼もしたいしさ」
「そう? お言葉に甘えちゃおうかな。私も聞きたいことがたくさんあるんだ」
「よし、行こうぜ。おいらの知ってる事ならなんでも答えるぞ」
ブータと森の中を歩きながら色々な事を聞いた。ブータは他所モンは何も知らねーんだなと驚いていたが、説明が難しいから勘違いしたままにした。
「でな? 魔法を使えるのが人間。スキルを使えるのが獣人。どっちも使えるのが魔獣だ。ユノは何故か魔法もスキルも使えちまうみたいだが、どうみても獣人だよな」
「そうだねぇ」
「でも村に入ったら絶対に魔法は使わねー方がいいぞ。村の大人たちは人間が大っ嫌いだからな」
「わ、わかった」
ブータによると、この世界には人間と獣人の二つの種族が生存していて、昔から戦争をしているらしい。その原因となるのが先ほど戦った魔獣の存在。
突如、世界中に現れた魔獣は田畑を荒らし、時には人間も獣人襲う厄介な存在らしい。
なぜそれが争いの火種なのかというと、人間側の主張としては魔獣は獣だから、獣人が魔獣を操って人間の街を襲わせているという。
逆に獣人側の主張はというと、魔法を使えるのは人間と魔獣だけだ。魔獣は魔法を使う。あれは人間が作った生物だという。
双方の主張は平行線のまま、もう何百年も争っているらしい。時には死者が出るほど激しくぶつかる戦争もあったとか。
「それでファイヤーボルトが飛んできたから、ブータは人間がいると思ったのね」
「そうだ。父ちゃんに人間を見たら逃げろと言われて育ったからな」
「ところで、さっきからやってるそれはなに?」
ブータは、リュックから取り出した黄色い葉っぱを何度も千切っては投げている。
「臭い消しの葉だ。ワイルドボアは超嗅覚のスキルを持ってるから、これで追跡されないようにしないと」
「なるほど?」
「あ、おいらの村が見えてきたぞ」
ブータが指差した先には、お世辞にも繁栄してるとは言いがたいボロボロの村が見えた。
村に近づくと、入り口にはそわそわしている大きめの豚獣人が立っていた。つなぎの服に麦わら帽子をかぶり、手には槍を持っている。
「父ちゃーん!」
どうやらブータのお父さんらしい。ホッとしたのかブータの声も先ほどより高音になった。超聴覚スキルのおかげか、声のトーンでその人の感情がどうなってるのかある程度わかる。
「ブータ! お前! どこ行ってた!」
「ご、ごめん。父ちゃん……」
ぽかっと殴られた後、ブータは両肩を掴まれた。
「おまえ、魔獣に手を出してねぇだろうな?」
「だ、出してないよ」
「……ならいいが。そちらの方は?」
「ユノだよ。森の中で会ったんだ。迷子らしいよ」
ブータのお父さんは、立ち上がると私の方へ歩いてきた。その瞳には警戒の色が見える。
「……失礼ですが、どこから来たんですか?」
「えーと、トウキョウです……」
「ふむ。何か事情がありそうですね、同じ獣人同士、力を貸しますよ。さぁ我が家へ」
ここがどこなのかとか、元の世界に戻るための方法も聞きたいし、私はお誘いを受けることにした。
付いていくとブータの家は村の入り口のすぐ側にあり、悔しいけど私の家より広かった。
「申し遅れました。私はブードン。これでもこの村の村長をしています」
ブータの父のブードンは、とても礼儀正しい豚だった。
「さぁ、なんでも聞いてください」
「はい、実は私は――」
「――なるほど、まるで勇者シシドのような話ですな」
「勇者シシド?」
「ええ、獣人が人間と争ってるのは息子から聞いたと思いますが、勇者シシドはとんでもない強さを持つライオンの獣人でして、なんでも噂だとトウキョウから来たと言っていたとか」
シシド? ししど……獅戸!? それ獅戸先生だ! やっぱりこっちの世界に来てたんだ……。でも先生は毎日学校に来てるよ?! ということは、帰る手段があるんだ……。よしよしっ!
「それで、その勇者シシドにはどこに行けば会えますか?!」
「それは難しいと思います。何せ神出鬼没で、どこからともなく現ては皆を助けてくれる勇者ですから」
「そうですか……」
こっちの世界の獅戸先生すごいじゃん!
となると、やっぱりあの草原にあっちとこっちを繋ぐのワープみたいなのがあるのかも。もう一度行ってみよう。
「よかったら村の中を案内させてください。この村に他の村から獣人が来るなんて滅多にありませんから」
「え、私は……」
「ぜひ」
ブードン、すっごい鼻息が荒い。ぶびぶひ迫られた私は断る勇気がなく、頷くしかなかった。
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