2−1

 あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ。


 私の記憶に残ったのはその言葉だけだった。

 がりりって面白いですよねって教師が語りかける。

酸っぱいレモンを思い切り噛んだらしい。


 ちょっと頭がおかしい。


 うつらうつらとした私の頭にそれだけが残った。

誰がレモンを噛んだのかもわからなかった。


 結末もわからないままチャイムが鳴る。

とりあえずそのおかしな人は酸味に耐えたのだから

ハッピーエンドを迎えていて欲しい。


 私、人の幸せ願える良い子だ。

レモンを噛んで長生きして欲しいのだと熱弁した。


 リクが、気まずそうな顔をしていた。


 「つまり、」ユミはため息を一つ。


 「授業中寝ていたからノートを写させて。でしょ?」

 「さすがユミ様話が早い」


 私はすかさず土下座のために膝の形を組み替える。

屋上のアスファルトは案外膝に刺さった。


 「わかった、見せる。様付けも土下座もやめて」

 「さすがユミちゃん」

 「ちゃん付けもやめて」


 クックックッ。

 眺めていたリクが愉快そうだった。


 「授業中いつも眠そうにしてるよな」

 「うるさいなあ」


 どうもこの男はオカンみたいに小うるさい。

将来主夫で大成するのかもしれない。

 実際リクが自分で作ったという弁当は私のより華やかだ。


「梅雨って眠くならない?

低気圧で頭が重くなるってよく言うでしょ」


 今日の空だって重たい。

 屋上にいるから、暗い色の雲が近かった。


 「アヤの場合は単純に寝るのが遅いんじゃない?」

 「夜中3時に返信来るのザラだしね」


 容赦ない言葉を聞き流す私は心底穏やかでいた。

スカートに乗せた弁当箱から卵焼きを掘り出して齧る。

日常の毒抜きを私は昼休み屋上でする。


 「まあ、部活ないときに写させてあげる」

 「マジでありがとう」


  冷たいご飯を頬張る。

 ほっぺがちょっと膨らんだ。

目を細めながら噛む私は上機嫌でいた。


 私とリクは友達特権をいいように使う。

ユミに教えてもらえるとたかを括って、同じような点数で滞っている。

 横でリクがムズッと様子を伺っていることに私は気づいていた。


 「ユミ、僕も昨日の授業でわからないとこがあって」

 「近藤先生のやつ?」


 リクが頷くのを私は横目で見る。

昨日は日曜だし、この学校にそんな名前の先生いたっけ。


 「そう、その人のやつ。

 塾の先生ってああいうパッション型の人多いの?」

 「そうかも。退屈しないからいいんだけどね」


 「ねえ」


 つい、口を挟む。


 「リクって塾通ってたっけ?」


 ユミはそれこそ出会った頃から通っていたけども。


 「先々週ぐらいからだよね」

 「うん」


 さくらんぼの片割れを口に入れる。

全然甘くなくて、口の中が渋かった。


 「二人は同じ授業受けてんの?」

 「まあ、そうだね」

 「私聞いてない」


 燻っている心臓の表し方が見つからなくて口を閉じる。

見えない場所で何かが進んでいる音がする。

それが不快でしょうがなかった。

 

 でもそんなこと言えないでしょ?


 「拗ねんなって」


 ユミは聡い。

 きっと、私が3人でいる均衡を望んでいることを

ユミは理解している。見透かされている。


 「ほら、特別にハチミツ梅をあげよう」


 ユミがボテっと大きい梅干しを蓋の上に転がす。


 「私酸っぱいの苦手」


 そんなものじゃ餌付けにはならないの。


 「これ、酸っぱくないよ?」

 「甘いもの食べたいならケーキ食べるもん」


 甘くないものを甘くするのって馬鹿みたいだって思う。

酸味を担当するものが私に歩み寄って来なくていい。


 ケーキが食べれる時代なのだから、

甘味がなければケーキを頬張る。


 「じゃあリクにあげる」


 ユミが箸でケイの口元に梅干しを運ぶ。

パクッと一口でリクが躊躇なく頬張った。


 「アヤも来なよ」


 ユミが私の腕を小突いてそう言った。


 「考えとく」


 私は釣り堀の魚よりは賢くありたい。

かぎ針についた餌を食べるのは癪だった。


 てか、この男が私を誘わなかったのはなぜなのか。


 「それ、甘い?」


 リクはプッと大きな種を転がす。

空になった弁当箱で愉快な音たてて転がった。


 「ちょっと酸っぱい」


 眠ったせいで、頭痛が重い。

 梅雨の暗い雲が来る。


 

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