スイートレモン
麻空
1
煩わしくない。人のいない場所で暮らすのが夢だった。
私は器用な人間ではないから、静かな場所にいたかった。
それが、独りを望むという意味ではないことも知っていた。
気心が知れた人さえいればいい。リクとユミとは一緒にいたい。
揺れない穏やかな日々が欲しかった。
片方の腕に空っぽのカゴを下げて森を歩く。
童話みたいだなって人ごとのように思った。
何をしているんだっけ。
ああ、レモンを拾いに来たのだ。
自分の重さに耐えられなかったのか、
この森にはレモンがいくつも落ちている。
薬草と違って色がわかりやすいからいい。
ちょっと土を被っていても黄色いのがよく見える。
私は屈んで拾い上げ、レモンから土を払った。
酸味を思い出して、ほっぺの内側がキューッとなった。
カゴがそれなりに重くなって、私は住処を目指す。
スキー場のそばにあるようなコテージ。
私とユミとリクがそこで暮らしていた。
私とユミはダブルベッドで寝て、リクはロフトの敷布団。
いつまで経っても新築の匂いがする。多分それは木の香り。
昼間は森の中を散歩し、それから川釣りなんかもしちゃって。
両手いっぱいで家に帰る。料理は交代制で、今日はリクがキッチンに立つ。
オレンジ色の灯りが空間を照らす。
キッチンにはIH。
Twitterをなぞる。
「あれ、ここの電気代って誰が払ってるの?」
ハンモックで寝ているユミに聞く。
「何のこと?」
呆けた顔したユミが私を見下ろしている。
ああ、ここは夢か。
随分居心地がいいのに。
中学生の私も、どうせ大人になった私も。
こんな生活は望めない。閉じた場所じゃ生きられない。
覚めないように持ち堪える。
額の奥の方に力をこめるように。
次の時。三人で魚の香草焼きを囲んでいた。
薄く切られたレモンが散りばめられている。
相変わらずリクは器用なことをするのだ。
箸で触れた魚の目玉がやけにリアルだった。
「アヤ、大事な話があるんだ」
リクの声は変に反響していた。
遠吠えのように連鎖して耳に届くのだ。
リクとユミが私の目を見ている。
「今晩から、ダブルベッドには私とリクが寝るの」
「アヤはロフトを使うといい。広いし、星空も近いんだ」
二人の声が重なって響いた。
金属が揺れる、頭が不快になる音。
「な・・・なんで?」
ガバッと。
私はテーブルの下を見る。
並んで座る二人の手がある。
硬く握り合っている5本と5本の指。
引き剥がそうとして、テーブルの下へ潜り込んだ。
真っ暗になる。浮遊感だけを感じていた。
ガタッ
机が揺れた。
突っ伏していた体が勝手に起きる。
私は教室にいた。頭を乗せていた手首がジンジンと鳴る。
何度か瞬きする。世界とピントを合わせられなかった。
「あなたの綺麗な歯ががりりと噛んだ」
スピーカーから枯れた男性の声が流れる。
間延びしたその音は眠い私の波長にひどく合っていた。
教卓の先の教師は私のことを見ていない。
最後に残った意志力を瞼を閉じることに使った。
また微睡に帰っていく。
リクとユミと三人で暮らせるのなら。それは素晴らしい空間だ。
寂しくない、揺れない日々がそこにはある。
そこにダブルベッドがあってはいけない。
三人別々の部屋があって、リビングで時間を共にするのだ。
それを、私は望んでいる。
だからあれは悪夢だった。
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