スイートレモン

麻空

 煩わしくない。人のいない場所で暮らすのが夢だった。

私は器用な人間ではないから、静かな場所にいたかった。


 それが、独りを望むという意味ではないことも知っていた。

気心が知れた人さえいればいい。リクとユミとは一緒にいたい。

揺れない穏やかな日々が欲しかった。


 片方の腕に空っぽのカゴを下げて森を歩く。

童話みたいだなって人ごとのように思った。


 何をしているんだっけ。

 ああ、レモンを拾いに来たのだ。

自分の重さに耐えられなかったのか、

この森にはレモンがいくつも落ちている。


 薬草と違って色がわかりやすいからいい。

ちょっと土を被っていても黄色いのがよく見える。

 私は屈んで拾い上げ、レモンから土を払った。


 酸味を思い出して、ほっぺの内側がキューッとなった。

カゴがそれなりに重くなって、私は住処を目指す。


 スキー場のそばにあるようなコテージ。


 私とユミとリクがそこで暮らしていた。


 私とユミはダブルベッドで寝て、リクはロフトの敷布団。

いつまで経っても新築の匂いがする。多分それは木の香り。

 昼間は森の中を散歩し、それから川釣りなんかもしちゃって。

両手いっぱいで家に帰る。料理は交代制で、今日はリクがキッチンに立つ。


 オレンジ色の灯りが空間を照らす。

 キッチンにはIH。

 Twitterをなぞる。


 「あれ、ここの電気代って誰が払ってるの?」

 

 ハンモックで寝ているユミに聞く。


 「何のこと?」


 呆けた顔したユミが私を見下ろしている。


 ああ、ここは夢か。

随分居心地がいいのに。


 中学生の私も、どうせ大人になった私も。

こんな生活は望めない。閉じた場所じゃ生きられない。


 覚めないように持ち堪える。

額の奥の方に力をこめるように。


 次の時。三人で魚の香草焼きを囲んでいた。

薄く切られたレモンが散りばめられている。

相変わらずリクは器用なことをするのだ。

 箸で触れた魚の目玉がやけにリアルだった。


 「アヤ、大事な話があるんだ」


 リクの声は変に反響していた。

遠吠えのように連鎖して耳に届くのだ。

リクとユミが私の目を見ている。


 「今晩から、ダブルベッドには私とリクが寝るの」

 「アヤはロフトを使うといい。広いし、星空も近いんだ」


 二人の声が重なって響いた。

 金属が揺れる、頭が不快になる音。


 「な・・・なんで?」

 

 ガバッと。


 私はテーブルの下を見る。

 並んで座る二人の手がある。


 硬く握り合っている5本と5本の指。


 引き剥がそうとして、テーブルの下へ潜り込んだ。

 

 真っ暗になる。浮遊感だけを感じていた。

 

 ガタッ


 机が揺れた。

突っ伏していた体が勝手に起きる。


 私は教室にいた。頭を乗せていた手首がジンジンと鳴る。

何度か瞬きする。世界とピントを合わせられなかった。


 「あなたの綺麗な歯ががりりと噛んだ」 


 スピーカーから枯れた男性の声が流れる。

間延びしたその音は眠い私の波長にひどく合っていた。

 教卓の先の教師は私のことを見ていない。

 最後に残った意志力を瞼を閉じることに使った。


 また微睡に帰っていく。


 リクとユミと三人で暮らせるのなら。それは素晴らしい空間だ。

寂しくない、揺れない日々がそこにはある。


 そこにダブルベッドがあってはいけない。

三人別々の部屋があって、リビングで時間を共にするのだ。

それを、私は望んでいる。


 だからあれは悪夢だった。

 

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