第5話

「空き巣と例の手紙には、関連があるんだろうか」

 帰りぎわもきっちりシロに吠えられたおれたちは、逃げるように三上さんの家を後にした。太陽はまだ現役バリバリのカンカン照り。暑い暑いと愚痴をこぼしながら坂を下ると、余計体温が上がる気がした。

バスには乗らなかった。人目を気にしたわけではない。ただ、肌を焼くような熱さと内からむせあがってくる熱気を我慢してでも、空き巣だの脅迫だのという物騒な話を公共交通機関の中でするのは気が引けたのだ。

「わざわざ犯行予告を送る空き巣がどこにいる」

 阿久津が汗をぬぐいながらつっぱねる。おれはむっとして、「だけどさ」と反論した。

「お前んちに行くぞっていう謎の手紙が来て、その三日後に空き巣も来るって……そんな偶然、重なるか?」

「……その理論で行けば、近いうち、空き巣がまたあの家に来ることになるな」

「……!」

 それを聞いた瞬間、息が止まった。

 そうだ、その通りだ。どうして気づかなかったのだろう。友枝さんがタケさんに手紙の相談をしたのがおとといで、前日に手紙が来たとしたら、去年とまったく同じ状況ではないか。

 言葉を探しながら振り向いて、下ってきた坂を見上げる。あまりの暑さに、アスファルトの道路から白い湯気が出ているような気がした。そんなぼやけた視界の中で、軽自動車が車庫から出てきて、坂の上へ走っていったのが見えた。

「確かに不用心ではあるな、あのばあさん。色々立て込んでるんだろうが、あの調子じゃ警察にパトロールを強化してもらうつもりもなさそうだ」

「友枝さんは、去年来た手紙のことは知らないのかも」

 ふとそんな可能性に思い当たる。阿久津が足を止めた。

「じいさんが黙っていたということか?」

「ああ。んで、今年は入院していたから隠すことができなかったと」

「なんでじいさんはそんな大事なことを隠すんだよ」

 ズバッと指摘されて口ごもる。

「うっ……。それは、心配かけたくなかったから、とかさ」

「そんなこと言って、実際に危害を加えられたら元も子もない。なおさら洗いざらい話すべきだ。さっさと警察に通報して、ホームセキュリティでも契約すればいい」

「本気にしなかったんじゃねえの」

「でも実際、空き巣は来たわけだ。ならその時点で情報を共有するはず。また空き巣が現れるとも限らないし、実際、一年後にまた手紙が来たんだから」

 そもそも、と阿久津が続ける。

「どうして空き巣が予告なんてよこすんだ。深夜に人目を忍ぶくせに、わざわざ怪盗みたいなことをする理由はなんだ。金品が目当てなら、いくらでもチャンスはあったはずだ」

「お前はどう思うんだ?」

「ただの愉快犯だろ」

 自分で疑問を投げかけておいて、最後で投げやりになる阿久津。脳がとけて頭が回らないのだろう。それはおれも同じだった。

 残念なことに、この世には人に嫌がらせをしたり、怖がってるのを見て楽しむやつが一定数いる。胸糞悪いが、もともと空き巣でもなんでもない、そんなただの悪質なイタズラであればいいのに。いや、そうであってほしいと切に願う。

 だが、そうは問屋が卸さない――そんな予感もした。阿久津の言う通り、実際に空き巣は三上さんの家に現れたのだ。手紙との関連はともかく、深夜に不審な男が自宅に現れた事実は変わらない。

「友枝さんはおそらく、去年の手紙のことを知らない。だから空き巣と手紙を、別の出来事として捉えてる」

 友枝さんは警察に連絡はしないだろう。でも気まぐれな番犬は、今回は吠えてくれないかもしれない。なによりいまは友枝さんただ一人だ。強盗事件にだって繋がりかねない。もう少し危機感を持ってほしいと思うのと同時に、友枝さんに去年の手紙のことを打ち明けるべきだったかと後悔する。

「去年の手紙を旦那さんが隠したまま、倒れてしまった。残されたのは、なにも知らない友枝さんだけ」

「どうすんだ? 病院から戻ってくるのを待って知らせるか、あるいは」

 そこで阿久津は言葉を切った。沈黙に乗って阿久津の視線を感じる。見上げると、その長いまつげの間の切れ長の目が、こっちを観察するように見下ろしている。

「なんだよ」

 おれは心なしか胸を張って、立ち向かうように言った。

「あるいは……セコムするか」

「はあ?」

 阿久津は汗をぬぐい、おれを見下ろして言った。

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