第2話

 カーテンの隙間から日光が入る。

 朝か。

 上体を起こす。

 隣ではまだユウナが熟睡している。

 起こすのは悪いと思い、そーっと部屋を出る。

 二人はもうおきているだろうか。

 一階に降りたが、人は見当たらない。

 家の外に出ると、昇り始めた太陽を背に剣を振っている人がいる。

「おはようございます」

「ウィルか、おはよう。早いな」

「そちらこそ」

 振っている剣はどうやら真剣らしい。

「いつも真剣を振っているんですか?」

「ああ。常に体に剣の感触を染み込ませたいんだ」

「実戦もするんですか」

「もちろん。定期的にギルドの依頼をこなしている」

 やはり。俺の願いが叶いそうだ。

「ウィルも持つか?」

「良いんですか?」

「せっかくだしな。それにやることもないだろ」

 言葉に甘えて、剣の柄を握る。

 ずっしりと金属の重みが伝わる。

「振れそうか?」

「どうでしょう」

 一度振り下ろしてみる。

「うわっ」

 バランスが崩れ、前につんのめる。

 はじめのうちは慣れなかったが、何度か振るうちに感覚が掴めてくる。

「筋がいいな」

「村にいた頃は毎日木刀を振っていましたから」

「そうなのか?」

「剣術を磨くぐらいしか、やれることがなかったので」

「へえ、一度手合わせ願いたいね」

「期待はしないでください」

 俺自身、対人戦はあまり経験していない。おそらくセイ相手には手も足も出ないだろう。

 剣をセイに返す。

 太陽が全体像を顕にしている。

「そろそろ中に入ろうか。朝食が近い」

「はい」

 タオルを借り、顔の汗を拭う。朝ではあるが汗ばむ。

 家に入ると、ちょうど起きたばかりのメイと顔を合わす。

「おはようございます」

「おはよう、ウィル。早いな」

「ええ。ところでユウナはもう起きていますか」

「うん。そろそろ降りてくるはずだよ」

 俺とセイはテーブルにつく。

「朝食は簡単なものでいいか?」

「大丈夫です」

 少しして、足音が聞こえてくる。

「おはようございます」

「おはよう、ユウナ」

 手を振って答える。

「そろそろ朝食だぞ」

「うん。ところでなんでお兄ちゃん汗かいてるの?」

「俺と一緒に軽く運動していたんだ」

 セイが言う。

「そうなの?」

「早起きしたら、たまたま運動していたから」

 三人食卓につく。

「はい、できたぞ」

 メイが皿を運んでくる。

 朝食はパンとサラダだ。

 四人揃って、食べ始める。

 そこまで量が多い方ではないので、易々と平らげる。

「ウィル、この後訓練を始めるから、着替えて色々済ませておいてくれ」

「はい。ユウナ、先に着替えておくな」

「分かったよ」

 食器をシンクに置き、部屋に戻る。

 ベッドの上に服が二セット置いてある。

 俺の服を手にとって、素早く着替える。

 いい匂いがする。しっかり洗濯がしてある。大きいところを見ると、もとはセイの服なのかもしれない。

 扉がノックされる。

「はーい」

「お兄ちゃん、入っていい?」

「問題ないぞ」

 ユウナが入室する。

「その服ちょっと大きいね」

「な。これ、ユウナの服だと思う」

「ありがとう」

「じゃあ、下行っているな」

 一階に降り、洗面所に向かう。

 そこにはメイがいた。

「お、着替え終わったか」

 昨日使ってくれと言われた、青色の歯ブラシで磨く。

 しっかりと磨いていく。虫歯は勘弁願いたい。

 歯磨きが終わったら、洗顔をする。

 寝癖はないので、これで準備は完了だ。

 ソファに座って、ユウナが着替え終わるのを待つ。

 メイによると、歯磨き等は終わっているらしいので、長いこと待たずに訓練が始まるだろう。

「お兄ちゃん、準備できた?」

「ああ。そっちは」

「準備万端」

 ユウナは髪を後ろで結っている。一つ結びにされた髪が揺れるのが可愛らしい。

「全員集合ー」

 メイが呼びかける。

「全員準備ができたようなので、訓練を始めまーす」

「魔法の訓練ですね!」

 ユウナが既に興奮しかけている。

「ああ。そのためにもまずは外に移動しよう」

 外には樹木の近くに、先ほどまでは無かった、椅子と机と黒板が設置されていた。一体どこにこんなものが……。

「そこの椅子に座ってくれ」

 椅子はぴったり三脚。俺とユウナとセイが座る。

「まずひとつ。これから私のことは師匠と呼ぶように!」

「何故ですか?」

「私のやる気があがるからだ!」

「はい、師匠!」

 ユウナはノリノリだ。

「これを配っておこう」

 紙が一人二枚、そして筆記用具が配られる。上半分に文字が書かれており、下半分は空白だ。

 セイがうへぇ、と言っている。嫌な思い出があるのかもしない。

「今日はこの内容を中心に講義を行った後、魔法を使っていこうか。余白に色々メモしておいてくれ」

「はーい」

 ユウナが元気よく返事する。なお、セイはえー、と文句を言う。

「まず基本的なことから。魔力は空気中に漂う魔素を原料として、体内で生成される。就寝中に特に生成される。また食事を取った後も、食べ物に微量に含まれる魔素を元に作られる」

 メイ、否師匠の人差し指に紫色の火が灯る。

 魔力の塊だ。

 すぐに火は霧散してしまう。

「と、このように魔力はすぐに形を失い、空中に霧散してしまう。じゃあ、ここで問題。制御した魔力を扱うための手段はなんだ?」

「はい!」

 ユウナが挙手する。

 この二人だけで講義が進んでいる気がする。

「魔法です」

「正解。魔法とは制御した魔力を用いて、さまざまな現象を起こすものだ。魔力が動力だとしたら、魔法は機械だな。じゃあ、セイ。やって見せて」

「俺ですか?」

「簡単なやつでいいから」

 苦手なんだけどな、と文句を言いながら、セイは師匠に従う。

 ぽっ、と彼の人差し指に火が灯る。先程の師匠と同じ炎系魔法だ。

「二個同時で」

 中指にも火が灯る。

「十個同時は出来るか?」

「いきなりハードル上げすぎじゃないですか?」

「細かいことは気にするな」

 師匠は笑って言うが、全く同意できない。

 呆れた様子を見せるが、断れないと知っているのか、セイは実行する。

 火が十箇所同時に灯る。そのまま実に三十秒近く維持してみせた。

「凄いです!」

 ユウナが拍手を送る。

 素直に俺も感嘆する。ナルフ村でもなかなか見れない光景だ。

「流石だな。ではもうひとつ。水系魔法を使ってみてくれ」

「はい?俺は……ああ、そういうことですか」

 何か納得した様子だ。

 セイは早速、魔法を披露しようとする。が、先程の炎系魔法より時間がかかっている。

 そして、バチィッという音と共に彼の腕が弾かれる。

 制御不可ファンブルだ。

「このように、制御不可になる場合もある。原因は魔法適性がないこと、魔力がないこと、魔力制御が未熟なことがあげられる」

「俺の魔法適性の低さを逆手に取らないでください」

「いいじゃないか」

 相変わらず、師匠はセイの扱いが雑だ。

「では、講義は一旦お休みして、実践に移ろう。さっき教えたことをやるんだ。まずは……」

「あのー、師匠。俺は辞退してもいいですか?」

「ん?どうしてだ」

 非常に言い難い雰囲気だが、これは伝えておかなければならない。

 勇気を出す。

「俺、魔法が一切使えないんですよ」

「一切、と言うと?」

「一つも、です。というか魔力制御すら出来ないです」

「「そうなのか!?」」

 師匠とセイが驚く。

「お兄ちゃんは魔力を持たないんです」

 ユウナが補足してくれる。

「ゼロってことか?」

「はい」

「聞いたことないぞ」

「言ってませんから」

 師匠はまだ半信半疑のようだ。

 それもそのはず、魔力は魔法を扱う際のエネルギーになるだけでなく、生きていく上でのエネルギーにもなっている。

 つまり、魔力がないということは通常、死を意味する。にも関わらず、俺は生きている。

 師匠の両目が淡く紫色に光る。魔力探知を行なっているのだ。

「……本当だ。全く魔力がない。どうやって生きているんだ?」

「さあ、分かりません」

 素直に答える。長年の謎ではあるが、生きていられるので、特に深くは考えてこなかった。

「そうだな、じゃあ実践はやらなくていい」

「じゃあ、俺も……」

「セイはただ苦手なだけだろ」

「ぐっ、サボれない」

 笑いがおこる。

「ただし、講義は受けるようにしてくれ。魔法を知っているか否かは実践において、生死に関わる」

「はい」

 引き続き、ユウナの実践が行われた。

 今まで俺が見てきた中で、一番上手に魔力制御が出来ていた。

 師匠も同じ事を思ったようで、

「流石だな……言うことがないぞ」

「えへへ、恥ずかしいですね」

 感嘆していた。

 何やら少しアドバイスをしていたようだが、俺にはよく分からなかった。

 その後も講義と実践は続き、気づけば昼になっていた。

 天高く昇った太陽が眩しい。

「一旦、昼食にしよう。その後にまた訓練再開だ」

 ユウナが地面に仰向けになる。

「疲れたー」

「お疲れ様」

 彼女の横に座る。

「どうだった?」

「楽しかったよ。でも、緊張するね」

「立てるか?」

「なんとか」

 かなり疲労している。相当魔力制御を集中して行った証拠だ。

「あまり頑張りすぎるなよ。疲れて体調不良になりでもしたら、どうしようもないんだから」

「うん、分かった。ありがとう、お兄ちゃん」

 そよ風が吹く。心地よい気温だ。

「おーい、出来たぞ」

 師匠に呼ばれ、リビングへ。

 昼食は野菜炒めだ。昨日と比べ、かなり男らしいというか、師匠が作ったようには見えない。

「今日は俺が作ったんだ」

 キッチンからセイが顔を出す。

 イメージどうりだった。

「男らしいですね」

「そこはきっぱり雑だと言っていいぞ」

 師匠がバッサリ切り捨てる。セイが少し不憫だ。

 昨日より早く昼食を済ます。

 午後の訓練はそれから、約三十分後に再開した。

「では、午後の訓練だが、予定を変更しようと思う」

「具体的には?」

「魔法の講義と実践は私とユウナの二人で行い、セイとウィルの二人で剣術の稽古等々を行ってもらいたい」

「なぜです?」

「ウィルが魔法を使えないからだ。その分ユウナに教える時間が割けるからな」

「了解です」

 それは俺としてもありがたかった。使えもしない魔法の訓練を受けるのは、あまり居心地のいいものではないからだ。

「じゃあウィル、向こうに行こうか」

「はい」

 朝、セイが剣を振っていた場所に移動する。

「ウィル、セイはこんな見た目をしていても、実力はかなりのものだ。しっかり学べ」

「分かりました」

 到着する。

「さて、始める前に一つ。俺に敬語を使うのはやめてくれ」

「なんでですか?」

「なんか、ムズムズするんだよ。ウィルって何歳だっけ」

「十六です」

「で、俺が十八だ。そんなに差がないだろ」

「かなりありますよ」

 呆れて言う。

「いや、ない。よって敬語はやめるように」

「分かり……分かった。これでいいでしょ」

「ああ。スッキリした。では、始めようか」

 無茶苦茶な理論だったが、今から剣術を教えてもらうので、従っておく。

「そうだな。まずは一戦交えようか」

「はあ?」

「剣は使わず、素手でだ。ウィルがどの程度動けるのか知りたいんだ。俺を殴り倒す勢いでこい」

 何を言っているんだ、この人は?

 もう少し確認できる方法はあるだろうに。

 と、ここで彼が朝言っていたことを思い出す。

(へえ、一度手合わせ願いたいね)

 この人、今がいい機会だと思っていないか?ありうる。

 だが、今俺は彼に様々なことを習う身。

「いつ始める?」

「俺が始め、と言ったらにしよう。怪我したら危ないから、準備運動をしてくれ」

 数日間、体を動かしていなかったので、入念に準備運動をする。

 恐らく少し無茶をしないと、良い勝負ができないだろう。

 じっくり、安全に安全を重ねて、体をほぐす。

「準備できたか?」

「ええ。いつでも」

 心拍数が上がる。

 訓練とはいえ、セイと一戦交えるのは緊張する。

「では、始め!」

 合図と同時に俺は地面を蹴り、セイに肉薄する。

 俺のペースに持ち込み、一方的に攻める算段だ。

 顔面にめがけて右ストレートを放つ。

 彼は易々と避ける。

 それは想定済みだ。

 伸びた右手で、服を掴む。後ろに下がり難くし、腹に膝蹴りをする。

 セイはそれを右手で受け止める。

 かなり勢いをつけたはずだが、ビクとも動かない。まさか右手だけで止められるとは。

 反撃を避けるため、彼を蹴って後ろに跳ぶ。

「凶暴だな」

 セイが言う。話す余裕があるのか。

 俺は再び接近する。

 今度は腹に連打を浴びせる。

 しかしそれも、両手で見事に受けられる。ミット打ちをしているようだ。

 埒があかない。

 そう判断し、素早くハイキックの姿勢になり、顔面目掛けて右足で蹴りを食らわす。

 バシッ!と乾いた音を立て、セイの左腕に妨げられる。

 ならばと、左足で蹴るが、同様に受け止められる。

 断続的に攻撃しているはずなのに、全て受け止められる。セイの反応速度に俺がついていけていない。

 一度距離をとる。

「いてて、さすがに痺れるな」

「まだ余裕そうだな」

「まさか、かなりギリギリだ」

 だけど、と彼は呟く。

「そろそろ決着をつけよう」

 身構える。

 恐らく短期決戦になる。意識をセイに集中させる。

 フッ、と彼の姿が消える。

 脳が理解するよりも早く、頭を少し右に傾ける。

 風切り音がする。

 視線を少し下に向けると、懐にセイがいる。瞬きする間もなく、ここまで踏み込んだということだ。

 また、視界の端で髪の毛がちぎれて散っている。

 色合い的に俺の髪か。彼の拳が掠れ、ちぎれたのだろう。

 冷や汗が流れる。

 脅威ではあるが、姿勢の関係で、先程のように力を溜めて、二撃目を加えるのは難しいはずだ。

 今度は俺が全力で殴る番だ。

 ボディブローを仕掛ける。

 クリーンヒット。腕に遮られることなく、拳が突き刺さる。

 更にねじ込む。天高く飛ばす勢いで力を加える。

 さすがのセイも無事では済まないだろうと思ったが、彼は笑っている。

 心底恐ろしいと感じた。化け物なのではないかと。

「いい動きだ。だけど惜しかったな」

 手首を掴まれる。

 逃れようとするが、先よりも強く掴まれており、微動だにしない。

「これで、終いだ!」

 セイは俺の手首と胴を持ち、投げ飛ばす。

 そのまま地面に叩きつけられる。

 息が詰まる。

 草原だったこと、なんとか受身を取れたことにより、再起不能とまではいかないが、背中が痛む。

 立ち上がる気力が湧かない。

「降参」

「お疲れ様」

 言って、セイは腹をさすりながら座る。

「ウィルさ、全力で殴ったでしょ」

「そっちが先に全力で殴ってきたし、隙だらけだから仕方なく」

「にしてもだ。最後ねじ込もうとしてたし」

「あそこまでしないと再起不能には到底できなさそうだったから」

「そう……」

 セイはさすり続ける。涙ぐんでいるように見える。笑っていたのはただの痩せ我慢だったのか。

「背中痛い」

「すまん」

 木の下の飲み物が目につく。

 拳を交える前、セイが家から持ってきたものだ。

 痛む体で何とか立ち上がり、それを手に取る。

 中身は何の変哲もない冷たい水だが、体に染みる。

「ああー」

 おっさんのような声が出る。

 気付かぬうちに、水分不足になっていたようだ。

「ウィルー、俺にも頂戴」

 もう一本を手渡す。

「染みるなー」

 一度にたくさん飲む。お腹を壊さないだろうか。

「さて、ウィル。もう少し休んだら、筋トレを始めよう」

「本気?」

「ああ。お前がどのくらい動けるか把握したから、次は真剣を難なく振れるようになるまでの体づくりだ」

「動けない、いや動きたくない」

 木にもたれかかって座りながら言う。

「そんなこと言うなよ。気合いで動け」

「今のあなたには言われたくない」

「そうだな、時間的に三時からにしよう」

「無視かよ」

 結局体の痛みが引かないまま訓練を続ける羽目になりそうだ。

 普段ならなんともないが、どうしても今は気が沈む。原因は、体の痛み以外にもあると思う。

 今日は晴天だ。見上げると雲ひとつない青い空が広がっている。運動日和だ。

 少し動いてみようと思えた。次回セイと手合わせする時に勝つためにも。




 ウィルとセイの戦いに決着がついたのと同時刻。

 彼らとは真反対の位置で、魔法の講義が行われていた。

「ユウナは筋がいいから、実践多めでいこう。まずはさっきの復習。魔力制御から」

「はい」

 答えると、ユウナは指先に紫色の火を灯す。午前のものよりも、あまり揺らいでいない。

「うん。しっかり制御できているな」

「ありがとうございます。ところで、魔力制御ができると、何がいいんですか?」

「そうだな。軽く講義しておこうか」

 再び午前と同じ講義の体型をとる。

「魔力制御ができているか、確認する術として、指先に紫色の火を灯すのが主流だな。この時火が揺らがないほど良いというのは知っているな?」

「はい」

「別に魔力制御が上手に出来ないからといって、魔法が使えないわけではない。が、魔法の威力が変わってくる」

 メイは地面に落ちていた、手のひら大の石を掴む。

「実践してみる。〈火球〉《ファイアーボール》」

 手のひらから火球が出現し、石に直撃するが、特に変化は見られない。

「では、もう一度。〈火球〉」

 今度は石が粉々に砕け散った。同じ魔法であるのにも関わらず、威力に大きな差が見られる。

「どうだ、分かったか?」

「一発目が魔力がほとんど制御されていなくて、二発目は魔力がしっかり制御されているんですよね」

「正解。制御するだけでこれほどまでの差が出る。魔力制御をする時に、魔力の流れを一方向に統一させることで、魔力の一部が霧散することを防ぐのがコツだ」

「なるほど、効率を良くしているんですね」

 早速ユウナは実践に入る。

 始めに、魔力制御から。

 メイほどではないが、素早く制御を成功させる。

「うん、そのぐらいなら実用圏内だ。試しにここに撃ってみて」

 メイが石を手に取る。

 言われて実行するが、制御不可ファンブルになる。

 さすがのユウナも一回では成功できなかった。

「魔力制御と魔法の発動を同時じゃなくて、気持ち制御を早く行うと成功するはずだ」

 感覚的なアドバイスだが、ユウナはしっかり意味を汲み取り、活かす。

 前にかざした彼女の掌に、魔法陣が出現する。

 ボンッ!とメイより二倍程度大きい火球が放たれる。

 危険を察知し、メイは咄嗟に石から離れる。

 直撃した瞬間、石は粉々に砕け散り、跡形もなく消え去った。

「規格外だな」

「自分でもやりすぎだとは思ってます」

 両者ともあまりの威力にたじろぐ。

「ところで、ユウナは魔法陣を使うのか」

「はい。個人的に制御しやすいので。今みたいに暴走することもありますが……」

「しょうがないさ。じゃあ、他の魔法も試してみようか」

 ちょっと待ってて、と言いメイは少し離れた場所から、石を何個か拾ってくる。草原なのにやけに拳大の石が多い気がする。

「水系魔法とかは使えるか?」

「一応全部使えます」

「……さすがだ。ではさっきみたいにこの石に向かって放ってくれ。くれぐれも私に怪我をさせないように」

 軽い冗談を言う。

 ユウナはプレッシャーには感じず、微笑する。

「好きな順番、好きなタイミングでいいぞ」

 一呼吸置く。

「では、いきます」

 ユウナの掌に魔法陣が出現し、水が細い線となり放たれる。

 瞬きをする間に、石に風穴が空いている。

「お見事。さっきより威力の制御が出来ているな」

「まだ、威力が過剰です」

「今日中にマスターする気?」

「もちろんです。やれそうな気がするんです」

 末恐ろしいな、とメイは内心思う。彼女の吸収速度は常人を遥かに凌ぐ。出会った時から薄々感じてはいたが、メイの予想を上回っている。

「次は風系魔法でいきます」

 宣言と同時、魔法陣が展開し、何かが通り過ぎる。石が真っ二つに切れる。断面に凹凸はなく、鋭利だ。

鎌鼬ウィンドカッターがここまで強力になるか」

「今度は想定通りの威力で放てました!」

 ユウナの言う通り、火球ファイアーボールよりも、大きさや威力は石に対して放つのに最適化されていた。

 メイ自身も同じように鎌鼬を放ったことはあるが、断面はここまで綺麗にならなかった。

 彼女の頬を冷や汗が伝う。

「次は……」

「ユウナ、一旦休憩を挟もう」

「休憩ですか?私はまだ」

「いや、休憩だ。師匠命令」

「分かりました」

 ユウナは渋々命令を受け入れる。

 途端、彼女の体を倦怠感と疲労が襲う。バランスを崩す。

「おっと、大丈夫か?」

「は、はい。すいません」

「疲れたか?」

「急に疲れが来て……」

「だろうな。私も初めて魔力制御をして、魔法を放った時は同じことが起きた。知らず知らずのうちに、ものすごく集中しているんだよ」

 メイはユウナを講義に使った椅子に座らせる。

「何十分かそのまま座っているか、寝ておくかしておきな」

「はい、師匠」

 メイは家の中に入る。飲み物を取りに来たのだ。

 ばったりセイと会う。

「あ、メイさん。どうですか?」

「ユウナか?成長速度が速いな。すぐに技術を習得する。恐ろしいくらいだよ」

「そうですか」

「どうだ、ウィルの調子は」

「なかなか動けますよ。今は俺と手合わせして、筋トレしたのでぐったりしてます」

「手合わせなんてしたのか」

 メイは驚いて質問する。

「ウィルがどのくらい動けるか知りたかったので」

「そうか。思い切ったことするな。怪我はしていないか?」

「ええ。むしろ俺の方がウィルよりも重症ですよ」

 セイは腹を殴られ、なおかつ拳をねじ込まれたことを話す。

 メイはそれを聞き、カラカラと笑う。

「ウィルも大した奴だ」

「ええ、でも……」

「でも?」

「いえ、なんでもないです。そろそろ戻りますね」

 セイは言葉を濁して素早く立ち去る。

 彼の行動を不思議に思ったメイだったが、追求することはしなかった。

 彼女は冷たい飲料を取ると、ユウナの元に戻り、彼女に手渡す。

「ありがとうございます」

「ただの水だけどね」

 ユウナはゴクゴクと一瞬にして半分ほどを飲んでしまう。

「久々です。魔法を使ってこんなに疲れるのは」

「いつぶりだ?」

「初めて魔法に触れた頃のはずです」

「へぇ、意外だな。はじめの頃から、魔法を使えていたイメージだった」

「これでも私は失敗も多いんですよ。何度も失敗して色々習得したんです」

「習得スピードが速かったのか」

「そうですね。先生からも異常だなんて言われました」

 あはは、と笑う。

「どうする?今日はもう終いする?」

「そうですね……」

 ユウナは少し考える。

「今日はもう厳しそうですね」

「そうか。かなり疲れる内容だもんな。練習あるのみだな」

「師匠は平気なんですか?」

「長年あのスタイルだから。逆にあれ以外のやり方ができなくなったよ」

 戻ろうか、とメイは立ち上がる。

 家に入るが、まだ男二人はいない。外で筋トレしているのが見える。

 二人の服が土で結構汚れている。

 どれだけ激しい運動をしたのか、とメイは不思議に思うと同時に不安にも思う。

 彼女はセイに剣術指南をしてみたら、と言っただけであり、特にやることを指定していない。故に師匠として、弟子を心配しているのだ。

「今から何をしましょう?」

「寝たらどうだ」

「寝るですか……でも、何かしたいような」

「素直に休んだ方がいいぞ。もしかしたら、魔力が枯渇していて、いつもの睡眠時間じゃ完全回復しない可能性もある」

「うーん、そうですが……」

 渋る。

「そうだ!ウィルに膝枕してもらえば?」

「な、な、な、ななな何を言っているんですか!?」

 顔を真っ赤にして、言葉も詰まりながら答える。

 できてるなぁー、とメイは感じる。私は……、とも思う。

「だって、昨日してあげただろ?理由はあるじゃないか」

「そ、そんな、でも……」

 また渋る。

 実際はして欲しいだろうに。

 メイは僅かにイラっとしてしまう。

 彼女は筋トレをしている方へ歩く。

「おーい、ウィル。ちょっと来てくれ」

「何ですか?」

 あわわわわ、とユウナが慌てふためくが、メイは無視する。

「ユウナがさ、訓練でヘトヘトなんだよ。だから膝枕してあげて。昨日やってもらったことだし」

 ボンっとまるで物語かのように、ウィルが一瞬にして赤面する。手品かもしれない。

「え、ええ。いいですけど」

「だって。よかったなユウナ」

 メイが振り返ると、

「きゅう……」

 ユウナが後ろに倒れる。

 素早くウィルが背後に回り、優しく抱きとめる。

「ごめん、やりすぎた」

 メイが申し訳なさそうに謝る。

「大丈夫です。まあ、膝枕してあげます」

 顔をトマトのように真っ赤にし、目が回ってしまっているユウナを抱きかかえ、ソファに座る。

 結局、今日の訓練はここで終了となり、晩御飯の準備が始まった。

 なお、一度目を覚ましたユウナだが、膝枕をされている事実により、もう一度寝込むこととなる。

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