第1話

「そこの子供二人を私が預かろう!」

 その声は、喧騒の中でもはっきりと捉えられた。

 気づくと、あれだけ騒がしかったギルドは静まり返ってしまっている。

 それほどまでに透き通る声で、爆弾発言だったのだろう。

 また、あらわになった顔は女性のものだ。

 俺と女性の距離は離れている為、正確な顔は分からないが、それでもかなりの美貌だと思う。

「何しに来た」

 ギルド長が聞く。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「何って特には」

 女性は物怖じせず、ギルド長にタメ口で答える。

「それより早く、彼らを私に渡してくれ」

 ……取引、それも人の取引はこんな公共の場で堂々と行われて良いものだったか?

「……とりあえず部屋に来い。話はそれからだ」

「ここで済ませばいいじゃないか」

「無理に決まっているだろ!」

 ギルド長は呆れてしまっている。

 おそらく女性は本気で言っている。その証拠に不思議そうな表情を浮かべている。

「こっちに来い」

 俺たちの方へ歩いてくる。

 特に指示を出したわけでもなく、自然と冒険者たちが女性の為に道を作る。

 女性の顔を近くで見ると、その美しさに圧倒されてしまう。美人なのだが、どこか人間離れしている美しさだ。銀髪が似合っており、より美しさが引き立っている。

 またスタイルが良く、世界中を探しても彼女に匹敵するような女性は一握りだろう。胸が大きい。

「すまないが、付き合ってくれるか?」

 俺とユウナは顔を見合わす。

「大丈夫です」

「そうか。では部屋に行こうか」




 ギルド長と女性が向かい合って座り、その間に俺とユウナが座る。コの字型に座っているわけだ。

「詳しく説明してもらおうか」

「さっき言ったじゃないか」

「もっと詳しくだ」

 張り詰めた空気が部屋を覆う。

 口調から親しい間柄ではあるのは推測できるが、仲良しという訳では無さそうだ。

「その子たちに見込みがあるから引き取りたいんだ。ここで腐るよりはいい」

「それはお前の論法だ。この子達のことを何も考えちゃいない」

「それはお互い様じゃないか?」

 火花を散らす。

 居心地が非常に悪い。秘書の出してくれる茶菓子を食べて、気を紛らわす。

「じゃあ本人に聞こう。私か、こいつか、どっちの世話になりたい?」

 急に話を振られ、飲んでいたお茶でむせそうになる。

「どっちって……そもそもあなたのことを何も知らないので、判断でき兼ねるんですが」

 女性は面食らっている。

「私のこと知らない?」

「ええ」

「おい、ギルド長どうなっている?」

「……今の世の中、お前の顔を知っている若者は、ほぼ居ないぞ」

「なに!?」

 女性はギルド長に掴みかかる。

「どういうことだ!」

「待て待て、落ち着け」

 胸ぐらを捕まれ、かなり苦しそうだ。

 女性は一旦、椅子に座り直す。

「前までは、私のことを知っている人は多かったはずだぞ」

「お前の顔写真が教科書から消えたんだよ」

「嘘だろ!?どうしてだ」

「お前に関して語ることがほぼないからだ。人前に出ないことが仇となったな」

 女性は魂が抜けたかのように、動かなくなる。放心というより放魂だ。

「あの、ところでこの女性は誰なんですか?」

 ユウナが恐る恐る聞く。

「こいつはメイ・オーガス。百年前、魔王討伐をした勇者パーティーの一人だ」

「「えっ!?」」

 二人して声を上げる。

「メイ・オーガスって天才魔法使いと名高い———」

「そう、そのメイ・オーガスその人だ!」

 女性改め、メイ・オーガスがユウナの言葉をさえぎって、名乗る。

 さっきまでの姿はなんだったのか、打って変わって生き生きとしている。

 コロコロと感情の変わる人だ。感情が豊か、と言ってもいい。

 ユウナが羨望の眼差しを彼女に向ける。

 そういえば憧れの人だって言ってたな。

「では、本題に入ろうか。ギルドかメイ、どちらの元に行きたい?」

 メイの自己紹介を終えて、ギルド長が俺達に問いかける。

 ユウナの気持ちを考えると、彼女の元へ行くのが良いのだろうが、一度ギルド長の申し出を受けた身、易々と断れない。

「私の世話になった方が断然良いぞ!」

 自信たっぷりに言う。

 それでも悩んでいると、ギルド長がぽつりとこぼす。

「正直なところ、こいつについて行った方が、君達のためになる」

 驚きを隠せない。

 先程までメイと言い争っていたのに、ギルド長は素直に負けを認めた。

 だが、一番驚きを隠せなかったのは、メイ・オーガスその人だった。

「はあ!?何を言っているんだ」

 またもや掴みかかりそうになるが、すんでのところで、彼女の腕は止まる。

「この子達の才能を発揮させようとするには、ギルドは力不足だ。こいつの言う通り、才能を腐らせる」

 メイの望みは叶ったはずだ。にも関わらず、彼女は不服そうな顔を浮かべる。

「どうする?」

 同じような質問をまた投げかけられる。

 俺達は、ギルド長の思いを尊重することにした。

「よろしくお願いします」

 手を差し出す。

 メイは、

「ああ、しっかり世話するよ」

 俺の手を握り返してくれた。

「彼らの冒険者手続きは既に済んでいる。そのまま帰ってもらって大丈夫だ」

「そうか」

 彼女は部屋を出ようとする。

「おーい。私についてこいよ」

 声をかけられ、気づく。

 もう俺達は彼女の世話になる身。つまり、彼女についていくことになるのだ。

「慣れないか」

 メイが笑って言う。

「ええ」

 俺も笑って返す。

「お世話になりました」

 退出する直前、ギルド長にユウナと二人でお辞儀する。

「また来てくれよ」

「はい」

 メイに続いて、ギルドを後にする。

 ギルドの前の通りは、人でごった返している。

「今からどこにいくんですか?」

 ユウナが質問する。

「私の家だ。これからのことはそこでゆっくり話そう」

「どのくらいで着きますか?」

「すぐだ」

 彼女はニヤリと笑う。

 俺達三人は人混みから抜け、路地に入る。人気はない。

「目を瞑っておけ」

 言われた通りにすると、突然強い光が発せられる。目を閉じていても、強烈だと感じられる。

「目を開けていいぞ」

 目を開けると、目の前には草原が広がっていた。先ほどまで路地があったとは全く思えない。

「もしかしてこれって……」

 ユウナは何が起こったか分かるらしい。

「おっ、気づいたか。今のは転移魔法だ。魔法使いらしいだろ?」

 子供のような思考回路だ。

「ユウナ?」

 転移してきてから、ユウナの様子がおかしい。

 ずっと小さく震えている。

 転移のせいで体に悪影響でも出たのだろうか?

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫も何も……」

 彼女は俺の方を向き、いきなり胸ぐらを掴み、ぐいっと俺を引き寄せる。

 か、顔が近い!

「お兄ちゃん、いい?転移魔法っていうのはね、すごい高度な魔法なんだよ!幾人もの魔法使いが研究しても、実用化ができなかったの。でも、メイさんはいとも簡単に転移魔法を使ってみせた。これは感動せずにはいられないよ!」

 いつもの二倍の速度で話す。

 威圧感がある。ちょっと怖い。

「とりあえず、家に入ろう。じきに風邪をひく」

 広大な草原に、ポツンと佇む木造の家。ここが彼女の家らしい。

 二階建てで一人で住むにはかなり広い。五人は住めそうだ。

「ただいまー!」

 メイが扉を開く。

 扉の先には、木製の机と椅子。その奥にはキッチンがある。ここでご飯を食べているのだろう。

 壁には絵が飾ってあったり、照明には装飾が施され、一目で高級品だと分かる。

「ここに座ってくれ」

 木製の椅子に座る。

 机の手触りが、非常に良い。これも高級品だろう。さすが元勇者パーティーの一員といったところか。

「さて、話をしようと思ったが、飯にしないか?」

 時計を見る。短針が十二に近づいていた。思いのほか長い時間ギルドにいたようだ。

 腹もある程度減っているので、言葉に甘えることにする。

 任せておけ!と言い、彼女はキッチンに引っ込む。

 暇を持て余し、家の内装を見る。

 壁や床、家具に至るまで木でできている。石材やレンガを使っている様子が一切ない。この家が建てられたのは、それほど昔ではなさそうなので、古いからというわけではなさそうだ。

 意図したものだろう。

 考えを巡らせていると、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

「いい匂いだな」

「うん。なんだろうね、お昼ご飯」

 二人して昼食に心躍らす。

 じゅぅー、と食材の焼ける音が聞こえる。そして、調味料を入れたのか、音が強くなる。

 よだれが垂れそうになる。

「おまたせしたな」

 メイが大皿と取り皿を机に置く。

 大皿には山盛りの野菜炒めが載っている。三人でギリギリ食べれるかどうかという量だ。

 彼女はさらに山盛りのご飯を持ってくる。茶碗二杯以上はありそうだ。

 ご飯がとても進みそうな組み合わせだが、流石の俺もこの量を食べきれるだろうか。空腹時ならまだしも、今は腹四分目ぐらいだ。

「すまないが、少し待っててくれ。一人呼んでくる」

「はい……」

 一人呼ぶ?

 他に誰かいるのだろうか。てっきり俺は一人暮らしなのだと思っていたのだが。

 ユウナも同様に不思議に思っている。

「おーい、昼食だぞ」

 メイは階段から二階に向かって声を発する。

 バタバタと足音がして、二階から一人の青年が姿を現わす。

 背は百八十センチ弱で金髪。目をこすっているところを見るに、寝起きなのだろう。

 彼は頼りない足取りで席に着く。

 そして、俺の顔をじっと見つめてくる。

「うおっ、誰だお前達!?」

 ひっくり返そうな勢いで、後ろに下がる。

 寝ぼけすぎて、俺達のことを上手く認識できていなかったらしい。

「メイさん、この子供達誰!?」

 いつのまにか座っていたメイに質問する。

 だが、

「あとで説明するよ。それよりご飯を食べよう」

 軽くあしらってしまう。

 今のやりとりで判明したが、彼女は同居人の青年に何も言わず、俺達を引き取ったみたいだ。

 自由すぎる……。

「さ、いただきますしよう」

 メイの提案に従う。

「いただきます」

「「「い、いただきます」」」

 一言で心情を表すと、気まずい、だ。

 加害者メイと被害者その他三名という構図。

 共通の話題がわからない為、何を話していいわからない。加えてメイがいつ説明を始めるか分からず、話していいタイミングすら不明。

 故にご飯を食べることしかできず、気まずさが加速する。

 野菜炒めを食べ終わった時、遂に助け舟が出される。

「じゃあ、そろそろ色んなことを説明をしようか」

 加害者、メイがそう発言する。

「まずは自己紹介からだな。改めて、私はメイ・オーガスだ。今日から君達の親代わりとなる。よろしく」

 親代わりか。何かが胸をちくりと刺す。

 メイに促され、次は金髪の青年が自己紹介をする。

「俺はセイだ。君達と同じく、メイさんに引き取られた身だ。彼女に魔法を習っている。よろしく」

 セイは、魔法を扱うにしては筋肉のつきが良い。運動のできる魔法使いなのだろうか。だとすればかなりの実力者に違いない。

「じゃあ、次は君達の番だな」

 小さく深呼吸をする。

「俺の名前はウィルです。ついさっき彼女に引き取られました。よろしくお願いします」

「私の名前はユウナです。ウィルは私の兄です。よろしくお願いします」

「と、いうことで家族が増えましたー!」

 メイが拍手をする。一人だけテンションが高いが、他の三人は全く彼女についていけない。

「なあ、メイさん。さっき引き取ってきたの?」

「うん?そうだよ」

「どのくらい前?」

「うーんと、午前十一時半ぐらいかな」

「俺に相談なしに?」

「うん」

 メイが満面の笑みでもって答える。

 そうですか、とセイは呆れ顔を見せる。

 今まで彼女に振り回され続けてきたことが一目瞭然だ。

「過ぎたことはしょうがないか。ところで君達はなんで引き取られることになったんだ?」

「ギルドにいたら、あの人が突然現れて、ギルド長に引き取りたいって言ったんですよ」

「……詳しく」

 セイは全く理解できていないようだ。

 俺だってこんな話聞かされたらそういう反応を示す。

「俺たちはナルフ村出身で、数日前に村が滅んです。だからギルドに引き取ってもらえるように手続きをしていたんですが、その最中にあの人が乱入してきて……という感じです」

「「ナ、ナルフ村出身だったのか!?」」

 話し終えた途端、メイとセイに詰め寄られ、仰け反ってしまう。

「そういえば言ってませんでしたか?」

 ユウナが言う。

「き、聞いてないよ」

「なんでメイさんが驚いてるんですか!事前に知っているはずでしょう?」

「い、いやそこら辺は何も聞いていなくて……見込みがあるからつい、ね?」

 はあ、とセイは冷たい視線をメイに投げる。呆れをとうに通り越してしまっている。

 本当に勢いに身をまかせる人だ。

 メイに対しそう思う。

「君達も大変だな」

「まあ、衣食住が安定するなら大丈夫ですよ」

 セイが同情の眼差しを俺たちに向ける。

 この人も引き取られたと言っていたか。もしかしたら、メイ・オーガス関連で大変な思いをしたのかもしれない。

「しかし、そうか。見込みがあると思ったら、ナルフ村出身だったか。どうりで」

「ねえ、メイさん。見込みがあるって、どのくらいなんですか?」

 一人考え込んでいたメイにセイが質問する。

「ああ、そうだな。ウィルに関しては未知数だが、ユウナは私に匹敵するかそれ以上の魔法使いになれそうだよ」

「未知数って」

「具体的にどのくらいの強さになるかは分からない。でも、私の長年の勘が大物になるって言っているんだよ」

 やはり、ユウナは凄いのか。

 世界有数の魔法使いであるメイ本人の評価に、本人でないのに関わらず、つい得意げになる。

 ユウナは照れているようだった。モジモジしている。

「おっと、話がずれてしまったな。それでは、これからの予定について話そうか」

 弛緩していた空気が少し張り詰める。

 真面目な話が始まる。

「まず、今日はゆっくり休む。活動は明日からにしよう。そして活動内容だが、ウィルとユウナには訓練をしてもらう。と、言ってもナルフ村で似たようなことをやってきたと思うが」

「訓練ってどうやて行うんですか?」

「いい質問だ、ユウナ。せっかく私がいることだし、魔法の訓練かな。あとはある程度の体力をつける為、筋トレ等も行ってもらう」

「も、もしかしてメイさん直々に?」

「ああ」

 わあー!とユウナは興奮する。

 憧れの人から直接魔法を習うのだ。彼女が興奮するのも無理はない。

 一方俺は苦い顔をする。

「そうだな……訓練は一週間程度行おうか。ちょうど一週間後に王都に用事があるから、その時に役所に寄って手続きをしよう。さすがにギルドカードだけじゃ心もとない」

「了解です」

 一点を除けば、異論はない。

「一つ質問いいですか?」

「どうしたウィル?」

「いつのまにか引き取られるだけじゃなく、訓練することになっているんですが、これはどういうことですか?」

「うーん、見込みがあったからとしか言いようがない。ウィルだって才能を持ってる奴がいて、今にもその才能を腐らせようとしていたら、開花させてやりたいだろ?それと同じさ」

 理解したような、していないような。

 要するに彼女の気まぐれというわけだ。そこにしっかりとした理由はないのだろう。

「訓練して身につけた力の使い方は自由ですか?」

「もちろん。悪いこと以外なら」

 考えてみる。

 もしかしたら、これを機に俺の願いが叶えられるかもしれない。

「私からの話は以上だ。このあとは各自自由行動でいい。君達の部屋は後で案内するよ」

 そう言うと、メイは残っていた自分の分のご飯を消化し始める。

 俺は既に食べ終わっていたので、ごちそうさまと言っておく。ユウナとセイも食べ終わる。

 さて、一気に暇になった。

 この家に来たのは初めてなので、暇をつぶす術がない。

 とりあえずソファがあったので座る。

 ふかふかだ。鳥か魔物の羽毛が詰まっているに違いない。

 腰掛けると、どっと疲れが押し寄せる。

 今日は午前のうちに色々ありすぎた。

 無意識のうちに精神がクタクタになっている。

「眠い……」

 つい口から溢れる。

「大丈夫、お兄ちゃん?」

 気づかないうちに、横にユウナが座っていた。

「眠い」

 先刻と同じことを言う。

「寝る?」

「ああ」

 ソファで横になる。

 そして、そのまま俺の意識は闇の中へと沈んでいった。




 昼食を食べ終えたメイが、ソファに近寄る。

「おや、眠っちゃったか」

「はい。疲れていたみたいです」

 ウィルがユウナに膝枕をしてもらいながら、熟睡している。

「羨ましいね」

「お兄ちゃん、好きなんですよ。いつも助けられているお礼です」

 ユウナの目は慈愛で満ちている。

 そう、メイは感じた。

「相思相愛だねぇ」

「何か言いましたか?」

「いや、何も」

 メイははぐらかす。

「どうしたんですか、二人とも」

 セイが近寄ってくる。

「ウィルについてな」

「ウィルについて?……あっ!」

 膝枕をされているウィルを見て、セイは叫ぶ。

 すぐに、女性陣から静かに、と怒られる。

「いいなぁ膝枕。俺、人生で一度もされたことないすよ」

「その年齢になったら絶望的だな」

「メイさん、そんなひどいこと言わないでくださいよー」

 小さな笑いが起きる。

 あいも変わらず、ウィルは幸せそうに眠っている。

「ところでさ、ウィルは王都に来てから今までに泣いていたかい?」

「うーん……私の記憶上では一度も」

「そうか……」

 メイは考える。

(もしかしたら、精神ケアを行う必要があるな)

「そういえば膝枕って、足痛くならないの?」

「痛くはなりますが、お兄ちゃんの為と思えば大丈夫です」

「あ、そうだ。ユウナいいもの持ってきてあげるよ」

 メイは突然そう言うと、階段を駆け上がる。

 しばらくして、右手に一冊の本を持って、帰ってくる。

「これ読むかい?」

 本はかなりボロボロで、所々破けてしまっている。

「これは?」

「私が書いた魔法についての本だ。世の中に一つしかないぞ」

「良いんですか!?」

「ああ。明日からの特訓に向けての予習だ」

 ユウナが目をキラキラ輝かせる。

「俺もそれ読んだなあ。全然理解できなかったけど」

「そうなんですか?てっきりセイさんは完璧に理解していると思っていたんですが」

「俺は魔法はからっきしだ」

 セイが言う。

「こいつは放っておいて、読むといい。自分で言うのもなんだが、かなりためになると思う」

「分かりました」

 ユウナはゆっくりと本を読み進めていく。熟読しているのだろう。

「さて、セイ。私達はいつものように、訓練でもしておくか」

「そうですね。また夜に」

 言うと、メイは二階へ、セイは草原に向かった。




 目を開けると、光と共にユウナの顔が視界に入る。

「おはようお兄ちゃん」

「ああ、おはよう。今何時だ」

「えっと……午後六時過ぎだね」

「そうか。かなり寝たな」

 昼と比べ、体の疲れは回復している。それでもまだ完璧とは言えないが。

「膝枕ありがとう」

「どういたしまして。お兄ちゃんのためならいつでもやってあげるよ」

「助かるね」

 頭を起こす。

 ソファの前のテーブルに見られない本が置いてあった。

「ユウナ、これは?」

「メイさんに貸してもらったの。メイさんが執筆した魔法についての本」

「へー」

 手に取り、はじめの何ページかを見てみる。

 魔法の定義や、基本原理など、図を交えながら分かりやすく書かれている。ちなみに一ページに夥しいほどの文字が書かれている。

「これはすごいな」

「学校よりも詳しく書いてあるんだよ。ついつい読みふけっちゃった」

「どのくらい読んだんだ?」

「うーんと、十分の一ぐらいかな」

「まじか……」

 この本は辞書ほどの分厚さがあり、十分の一と言っても百ページ近くあるだろう。

 よくこれほどの情報を数時間で処理できるものだ、と感心する。さすが我が妹。

 ユウナが背を伸ばす。俺と同様、こちらも疲れていそうだ。

「何か飲むか?と言っても何を飲んでいいか分からないが」

 ふふ、とユウナが笑う。

「メイさんなら二階に上がっていったから、どこかの部屋にいるんじゃないかな」

「分かった」

 玄関付近の階段を上る。

 二階には部屋が何部屋もあった。初めてこの家を見たときにも思ったが、五人くらいは余裕を持って住めそうだ。

 一部屋だけ灯りがついている。おそらくメイがいる。

 ノックをし、飲み物はどれを飲んでいいか質問する。

「冷蔵庫に入っているものは何を飲んだり、食べてもいいよ。君達はこの家の住人なんだから」

 そう返ってきたので、すぐさま二階に降りて、冷蔵庫を開ける。

 飲み物は、オレンジジュースや牛乳が入っていた。

 ユウナに手招きする。

「どれがいい?」

「オレンジジュースかな」

「じゃあ、俺は牛乳だな」

 適当なコップをとって、各々注ぐ。

「プハー。美味しいな」

「お兄ちゃん、ヒゲできてる」

 二人笑う。

「ウィル、今何時だい?」

 いつのまにか降りてきていたメイに聞かれる。

「六時半近くです」

「そうか。じゃあ、晩御飯を作ろうか」

「あ、私手伝っていいですか?」

 ユウナが挙手する。

「もちろん。助かるよ。ウィルもやるかい?」

「俺は大丈夫です。あまり得意じゃないので」

 牛乳の入ったコップを持って、ソファに座りなおす。

 メイが書いたと言う本を、読み始める。

 全く分からないわけではないが、かなり高度な内容だ。昔読んだ王都の学校で使われている魔法の教科書より難しい内容じゃないか?

「お、起きたか」

 セイが話しかけてくる。

「ええ。ぐっすり眠れました」

「そりゃあ膝枕なんてしてもらったんだからな。羨ましいよ」

 セイは汗を手ぬぐいで拭いている。

「運動していたんですか?」

「剣術の訓練をな。日課だよ」

 汗のかき具合から長時間運動していたことがうかがえる。

「ウィルもその本読んでるのか」

「ええ。暇だったので」

「理解できるのか?」

「ある程度は。理解が難しい部分が随所に見られますけど」

「凄いな。俺なんてさっぱり理解できん」

「意外です」

「ユウナにも似たようなこと言われた」

 ははは、とお互い笑う。

「おーい、ご飯できたぞー」

 ソファから立ち上がり、食卓に着く。

 晩御飯はステーキだ。それもかなり大きい牛肉だ。

「豪華ですね」

「本当は私とセイの二人で食べる予定だったんだが、君達のおかげで、ちょうどいい量になったよ」

 セイがよだれを垂らしつつ、肉を凝視してる。運動後だから、肉に飢えているのか。

「冷めないうちに食べようか。いただきます」

「「「いただきます」」」

 ナイフとフォークで切り分けて、口に運ぶ。

 肉は柔らかく、肉汁が溢れる。

「美味しいです。どこで買ったんですか?」

「これは貰い物だよ。前受けた依頼の報酬」

「メイさんが家に持ってきたときは困りましたよ。明らかに二人で食べられる量じゃなかったから」

「さすがの私もあのときは困ったよ」

 ステーキをある程度食べたところで、サラダを食べる。

「うん。美味しいな」

「サラダはユウナが作ってくれたんだ」

「さすが自慢の妹だな」

「は、恥ずかしいよ」

 恥ずかしさを誤魔化すためか、ユウナの食べるスピードが早くなる。

「そうそう、明日からの訓練だが、午前は魔法についての座学と実践。午後はトレーニングだ」

「しっかり寝ておけよ」

「分かってます」

 明日からのことなど、色々話しているうちに、あれだけあったステーキを平らげてしまった。

「後片付けは俺がやりますよ」

 料理を作れなかった代わりに申し出る。

「じゃあ、お願いしようかな。私は君達のお風呂の準備や、服を用意しておくよ」

「ありがとうございます」

 俺は四人分の食器と調理器具を洗いながら、明日に思いを馳せる。

 村が失くなって、辛かったが、ここならなんとかやり直せそうだ。

 ただ、俺が思っている以上に疲れているが。

 そして、食器を洗い終わった後、すぐに風呂に入った。

 風呂を出た後、メイに二階の奥の部屋に案内される。

「ユウナと二人でこの部屋を使ってくれ」

 ベッドが二つあり、部屋の広さもなかなかのものだ。

「服は一応あるが、近いうちに買いに行こう」

「楽しみです」

 ユウナが言う。

 そういえば王都にはあまり行ったことがなかったな。

 そろそろ寝ようと言うことで、ベッドに入る。

「ユウナ、寝られそうか?」

「頑張る」

「はは、ちゃんと寝るんだぞ」

「分かってるよ。おやすみお兄ちゃん」

「おやすみ」

 本日二度目の深い眠りにつく。

 こうして長い一日は終わりを告げた。







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