HEROES’ HEART

カミシモ峠

序章

 マルスコール王国西端に位置する村、ナルフ村。

 その村は他の王国郊外の村とは違い、栄えていた。王国は帝国ほどではないにしろ、首都と郊外での貧富の差がある。基本的に郊外の村は貧しいのだ。

 もちろん、ナルフ村が栄えているのには理由がある。

 それは村人たちだ。彼らは何かしら常人とは違った「ナニカ」を有している(実際には有しやすい、と言った方が確実だが)。それは天才的な頭脳であったり、圧倒的フィジカル、ブラコンであったりなどなど枚挙にいとまがない。

 お陰でナルフ村はそれらを生かした産業などで、優位に立っている。

 が、ナルフ村は五月二十日の今日、地図からその名を消すこととなる。




「よお、ウィル。おつかれ」

「コルクか。お互い部活お疲れ様」

 俺と友人のコルクは、石畳で舗装された大通りを歩く。

 辺りには商店が立ち並んでいる。ここは商店街だ。

「今日の座学が過去一で面白かったんだよ」

「どんな授業だったんだ?」

「センゴジュって樹についてだ。なんでも争いのあった場所に生えるんだと。真っ赤な赤い花を咲かせるらしい」

「また、悪趣味な……」

 俺は顔をしかめる。

「それで、その樹は約千個もの花を咲かせた後、全部が種になって、空に飛んでいくんだ。その時種は白く光るから、魂が天に昇っているように見えるらしい」

「へー、幻想的だな」

「ある地域では、鎮魂の樹だって言って神聖化されてるらしい」

「確かに興味深いな。悪趣味ではあるが」

 コルクは話をして火がついてしまったのか、早口でセンゴジュについて話し始める。

 どうやら、独自で調べたらしく、授業以上の内容を伝えてくれる。

 鬱陶しがることなく、しっかりと彼の話を聞き、相槌を打っていく。

「という訳だ。どうだった?」

「興味深かった。それと、相変わらずだな。植物に対する好奇心は」

「へへ、まあな」

 鼻下を指で擦りながら、得意げにコルクは答える。流石ナルフ村の住人と言ったところか。

 日は傾き、空は茜色から紺色に近づきつつあった。

「ところで、ユウナちゃんは元気してるか?」

「ああ。自慢の妹は元気だ。学校も順調らしい」

「そうか。凄いよな、彼女。ナルフ村でも指折りの魔法使いだもんな」

「そうなんだよ!凄いよな、我が妹は。俺はあいつのためならなんでも出来るからな!」

 ハハハ、と笑う。

「おっと、そろそろ夕飯の時間だから急ぐわ。じゃあな」

「おう、また明日」

 家に向かって走り出す。心は一日を何事もなく過ごせた喜びと、ユウナに会える喜びでいっぱいだ。


 まだ、この時は誰も知らない。

 もう二度とナルフ村で暮らせなくなることなど。




 時は遡り、丁度ナルフ村の学校で終礼が行われていた頃。

 ナルフ村の北に位置する甲蛇大山こうじゃたいざん。下の階層に行くほど、出現する魔物が強くなるダンジョンで、新米からベテランまで幅広い冒険者が出入りする。

 ギルドによって冒険者の実力に応じ、探索可能な範囲は決められている。

 そんなダンジョンで、ある一つの冒険者パーティーが探索をしていた。

 リーダーの名はモンテ。将来を有望視されている新米冒険者の一人だ。長剣とも短剣とも言えない長さの剣を右手に装備している。

 チェストプレートは新米のためか輝いている。

 彼の他にパーティーにはタンクのハンク、魔法使いのニーナ、弓使いのカナリアがいる。

 ちなみにモンテとカナリアは幼馴染だ。

「よっ、と。これで五匹目。今日はニードルラットが多いな」

「そうだな。魔石は小さめだし、渋いな」

 魔石とは、ダンジョンに出現する魔物のみから採取することの出来る鉱石だ。魔物の心臓である、と考えられている。

 魔導具などの材料となるため、ギルドで換金が可能だ。

「えー、今月ちょっとピンチなんだけどー」

 ニーナが愚痴をこぼす。

「まあまあ、魔石だけが収入じゃないから」

 すぐにモンテがたしなめる。

 彼らは会話を少し交しながら、甲蛇大山を進んでいく。

 そろそろ新米である彼らが行くことを許されている範囲の半分となる。

「それにしてもやけに魔物が少ないわね。ちょっと嫌な予感がする」

 カナリヤが呟く。

 ハンクは気の所為だと軽く受け止める。ニーナも彼に同調する。

 だが、モンテはカナリヤに同感だ、と告げる。

「俺たちがここまで倒した魔物はニードルラット七匹。キラーアント四匹。そして、ファイアバード一羽。いつもの半分ぐらいだ」

「たまたまなんじゃないか?」

「そうかもしれないが、ダンジョンは何があるか分からない。楽観視していると足元を掬われるぞ」

 四人は立ち止まり、ダンジョンの壁に寄り、話し合う。

 進むべきか、退くべきか。

 モンテの出した結論は、後退だった。死ぬよりは杞憂に終わった方が良いという判断だ。

「荷物はまとまったか?」

「ああ」

「もう少し居たかったなぁ」

 彼らはもっと早く気付くべきだった。魔物の数が少ないのは、偶然ではないことに。何かから隠れているということに。

 ダンジョンの奥から風切り音を立て、何かが飛来する。

 何かはニーナの腕を貫き、壁に突き刺さる。

「いやああああ!」

 状況を遅れて把握したニーナの絶叫が響き渡る。

「落ち着け、ニーナ!回復魔法をかけるんだ!」

 モンテはニーナを落ち着かせ、残りの二人は警戒を始める。

 彼女の腕に突き刺さっているのは、ガイアの枝。ダンジョン内にのみ生えている非常に強度の高い枝だ。

 こんなものがひとりでに高速で飛来するはずがない。

 そう考えて、ハンクとカナリアはダンジョンの奥を見据える。

 また、ニーナの絶叫に反応し、魔物が集まるかもしれないことを頭の片隅に置く。

 地震が起きたかのような揺れが襲う。だが、ダンジョンの地盤は安定しており、地震は起きない。

 つまり、大型の魔物の足音だ。

 ハンクは唾を飲む。カナリアの頰に一滴の汗。

 次第に足音、同時にダンジョンの奥の魔物らしき影が大きくなる。

 そして彼らの前に現れたのは、オークだった。

 三メートルはあろうかという巨体。目は赤くギラギラと輝き、口からはよだれが垂れている。手には棍棒と言うには粗末な木。太った体はより冒険者の恐怖を煽る。

 おそらく枝を放った張本人だろう。

「な、なんでこいつが……」

 ハンクはオークを見て驚愕する。カナリアは絶句している。

 オークは甲蛇大山の中層、モンテ達のような新米ではなく、一定以上の実力が認められた冒険者が行くことが許される階層に出現する魔物だ。

 しかし、現在オークは新米冒険者が活動の拠点とする階層の中間。本来いるはずのない場所にいる。

「どうする、モンテ!」

 ニーナの対処を終えたモンテは、退避を命令しようとする。が、それより早くオークが咆える。

「ゴアアアアアアアアア!!!」

 オークの咆哮は大気を震わす。

「ハンク!」

 咄嗟にモンテは叫ぶ。

 脳よりも先にハンクの体は彼の言葉に反応する。

 右手に構えていた盾を右に向ける。奇跡といってもいいほどの反応速度だ。

 ゴシャア!

 ハンクが吹き飛ぶ。

 オークが右腕を思いっきり左から右に振ったのだ。

 ハンクにオークの持っていた木が激突したことで、彼の盾や鎧はひしゃげてしまっている。息をしているのかすら怪しい。

「ひっ、いやああああ!」

 再びニーナがパニックを起こす。

 弓を引きしぼり、カナリアが反撃に出る。

 放たれた矢は、オークの目に向かって飛ぶ。しかし、オークは左手でそれを掴むと、簡単にへし折ってしまう。

 負けじとカナリアは矢を放ち続けるが、オークは気にする必要はないと考えたのか、カナリアへ向け歩を進める。

 実際、矢はオークの硬い皮膚に阻まれ、刺さる事なく地面に落ちる。

 遂にはオークはカナリアの眼前にまで迫り、彼女の頭を鷲掴みにする。

 ニーナのケアをしていたモンテは、オークに立ち向かう。幼馴染を殺されない為に、

「うおおお!」

 オークの足を切ろうとするが、皮膚に阻まれ、傷一つつける事さえ叶わない。

「くっ……!」

 諦めずにモンテは剣戟を繰り返す。だが、剣がどんどん刃こぼれするだけで、オークに通用してる様子は一切ない。

 時間だけがいたずらに過ぎ、カナリアのか細い悲鳴、頭蓋骨の軋む音、モンテの剣戟がダンジョンに響く。

 そしてモンテの健闘虚しく、カナリアは地面に叩きつけられる。カナリアはピクリとも動かず、頭は原形をとどめていない。遂にオークの注意がモンテに向くことはなかった。

「ニーナ、逃げろ!」

 せめて一人だけは逃がそうと、モンテはオークの前に立ちはだかり、ニーナの盾となる。

 過大な恐怖によって放心状態だったニーナは、モンテの言葉で我に帰り、一目散にダンジョンの出口へと走る。

「お前の相手は俺だ、豚野郎!」

 挑発する。彼の膝はガクガクと震えている。

「でやあっ!」

 剣を振りかぶりオークに襲いかかる。だが、オークの左腕を切断せんと迫った剣は、刀身が真っ二つに折れてしまう。カナリアを助けようとした時の剣戟で、相当負荷がかかっていたのだろう。

 オークは隙を見逃さず、モンテにボディブローを仕掛ける。

 モンテは飛び上がっていたこともあり、拳が突き刺さる。

 三メートルほどもある巨体の膂力は、軽々とモンテを宙に浮かせる。ゴバッと散ったモンテの血がオークの腕にかかる。

 モンテはろくな悲鳴を上げられず、天井に激突し息絶えた。

 フシュー。

 オークが息を吐く。

 低い唸り声を上げ、オークはゆっくりとニーナの後を追いかける。




 息が切れ切れになり、顔面が涙と鼻水だらけになりながらもニーナは走っていた。

 皆死んだ。皆死んだ。皆死んだ。

 そんな考えばかりが、彼女を頭の中を埋め尽くす。

 裾の長い服に何度も躓きそうになりながら走る。

 ダンジョンの終わりが見えない恐怖とオークという死の権化が後ろにいる恐怖が、彼女を蝕む。

 何分経ったか分からない頃、彼女は躓き転んでしまう。その時ズシンといつか感じた揺れが起きる。

 そしてニーナは三度目のパニックに陥った。

 泣き叫び、小便を垂らし服を汚す。

 不意に彼女の脳裏にモンテやカナリア、ハンクの顔が浮かぶ。走馬灯のように今までの冒険の思い出が溢れかえる。

 すると、体の震えは収まり、もう一度走れるようになる。

 ニーナは立ち上がり、ボロボロの体で走り出そうとする。そこにまたしても何かが飛来する。

 彼女の太ももに水晶が突き刺さる。

 彼女は叫びそうになるのを懸命に堪え、走ろうとする。しかし重傷を負った体は満足には動かず、地面に倒れ臥す。

 それでも……!

 彼女は両腕を使って進む。ダンジョンの硬い地面と肌が擦れ合う痛みに耐え進む。

 この間に振動は大きくなっている。

 遂に振動が止む。ニーナの真後ろで、だ。

 彼女は振り向く。

 そこには見知った魔物がいた。

「は、はは。あはは」

 乾いた笑いが溢れる。

 この時、ニーナの中にある感情が生じる。

「〈火球〉《ファイアーボール》」

 手のひらから火の玉が出現し、オーク目掛けて放たれる。

 ボンッ!

 オークの拳から煙が立ち上る。オークは少し焦げ付いた己の拳を見つめる。

 そして無慈悲に拳を振り下ろす。

 グチャッ。

 おぞましい音が響く。

 オークは進行を始める。

 殴った衝撃で陥没した地面に肉片がこびりついていた。




 俺が報せを聞いたのは、夕飯を食べ終わって、ユウナと談笑していた時だった。

「そんな。じゃあもう……」

「ええ。ですから今すぐ避難してください。持ち物は少なく、素早く準備を」

「ああ」

 玄関から緊迫した空気が流れる。父さんと衛兵が話しているようだ。

 それを察知し、談笑を止める。

「おい、今すぐ身支度しろ!避難するぞ」

「どうしてですか?」

 母さんが丁寧な口調で応える。

「魔物が攻めてきたらしい。あまり説明している余裕は無い」

「分かりました。二人とも準備しなさい」

「「了解!」」

 母さんの呼びかけに応じ、ユウナと二人で身支度を始める。

 と言っても、必要最低限の物を持つ為、時間はさほどかからない。

「よし、行くぞ」

 父さんが呼びかけた刹那、家の裏口が破壊される。

 扉からは、棍棒と言うには粗末な木が顔を覗かせている。

 果たして、破壊者の正体はオークだった。そして、モンテたちを殺したオークと同一の個体。

 咆哮。

 ビリビリと家全体が揺れ、軋む。

「逃げるぞ!」

 父さんが叫び、先導する。彼に続き俺たちも走り出す。

 俺たちの背後から殺気の塊が迫る。

 バキバキと音を立て、家の内装が壊されていく。

 外に出た時、俺たちの横を何かが高速で横切る。

 キィン!と金属音が家の中から聞こえる。

 振り返ると、オークの木と衛兵の剣がせめぎ合っている。

 衛兵が大きく飛びずさる。

「私が引き止めておきます!」

 衛兵一人に任せるのは心苦しかったが、再び走り出す。心の中で衛兵の無事を祈る。

 村は既に大打撃を負っていた。村のあちこちから火の手が上がっている。夕飯時というのが災いしたのだろう。

 また、魔物も先のオークだけでなく、ウォーウルフが何頭かいる。

 火事により、空気を貪ろうとすると、胸が焼ける感覚を味わう。

「はあ……はあ……。まだか?」

 俺は呟く。

 俺たちの家は、不幸にも村から王都に行く道から遠く離れている。

 故に走っていたとしても、すぐにつける訳ではない。

「大丈夫。もう少しだ」

 父さんが言葉をかける。それは俺に対して、もしくは父さん自信に対してかけた言葉かもしれない。

 突然、倒壊した家屋からウォーウルフが飛び出す。全員の死角から現れた。

 ウォーウルフは先頭を走っている父さんに飛びかかる。見事に左腕に噛みつき、押し倒すことに成功する。

「父さん!」

 叫ぶ。

「構うな!先に母さんとユウナを連れて逃げろ!」

 父さんが叫んで返す。父さんはウォーウルフの気が俺たちに向かないよう、抵抗する。

 逡巡も一瞬、俺はユウナと母さんの手を取り、駆け出す。

 ユウナは何か言いたげな様子だったが、俺の表情を見ておし黙る。

 走って走って走り続ける。途中手を離す。

 突然ガクンッ、と膝が崩れる。

「ぐっ……」

「お兄ちゃん!」

 後ろを走っていたユウナがすぐさま駆け寄る。

「大丈夫だ」

 ガクガクと震える膝を抑え、立ち上がる。

 少し無理をするかもしれないが、まだ走れる。そう判断し、己を鼓舞する。

 走り始めようとした時、耳が母さんの声を捉える。

 振り返ると、俺の方へ向かって走る母さんと、下敷きにせんと迫る燃え盛る家屋だった物が視界に入る。

 このままだとユウナも巻き込まれる。

 そう判断し、咄嗟に彼女を庇う。そしてその俺を母さんが突き飛ばす。

 突き飛ばされた俺とユウナは地面を転がる。

 視界には、笑みを浮かべる、下敷きになった母さんが映る。

 俺は唇を強く噛みしめる。鉄の味が口内に広がる。

 多分今顔は土と涙でグチャグチャだろう。

 母さんはわずかに動く手を、俺たちに向け振る。

 それは別れを告げているようで———実際そうなのだろう———余計にこの場から離れたくない。

 だが、段々とある感情が湧き上がってくる。そうすると、地面と結びついたのかと思う程、動かなかった足が少し軽くなる。

「ユウナ」

 静かに告げる。

 母さんに背を向ける。そして歩を進める。

 さよなら。

 振り向くが、もう母さんの姿は見えない。幻聴だったのだろうか。

 もう何度目かわからない再走。

 走るとすぐに大きな門にたどり着く。これが王都への道の始まりの印。

 安堵のあまり危うくへたり込みそうになるが、なんとか堪える。

 俺たちの目的は避難、魔物の被害が及んでいないだろう王都へ着くこと。門が目的地ではない。

「ユウナ、行くぞ」

「うん」

 疲弊しきった精神を奮い立たせ、最後の道を走る。




 冷たい感覚がある。地面か。辺りは森。夜空で星々が輝いている。

 いつの間に俺は眠っていたのだろうか。

 早く行かないと。

 思って顔を上げると、目の前に馬車があった。

 何故こんな時間にここに?

 馬車から二人降りてくる。馬車の明かりに照らされ、男だと分かる。

 彼らはユウナを抱き上げた。

 その時、全く動かなかい体に力が湧き上がる。

「ユウナを……返せ!」

 何とか立ち上がり、男達に襲撃する。

 片方を地面に押し倒す。

 大きく振りかぶった拳で、男の左頬をぶん殴る。

 血が少し散る。

 二発目を入れようとして、男に手を抑えられる。

 まだ、手を動かせたか。

 殴るには手が邪魔なので、折ることにする。

 俺の運動能力は一般男性よりもかなり高いはずだ。

 腕を折ろうとした時、口を塞がれる。

 油断していた。

 抑えていた男立ち上がり、二人がかりで今度は俺が抑えられる。

 抵抗することも出来ず、再び眠りについた。




「あの日のことをゆっくりでいい。説明してもらえるか」

 俺とユウナはギルドの二階、ギルド長室にいた。

「俺が夕飯を食べ終わって、ユウナ、妹と談笑していた時です」

 俺はギルド長に、オークに村が滅ぼされた時のことを説明する。

 さて、何故俺たちがこんなことになっているかと言おう。

 まず、俺たちは王都に辿り着くことに成功した。そして病院に運び込まれた。


 目が覚めた時、横のベッドにはユウナがいた。

「ここは?」

 ボケた頭で状況を整理しようとしたが、叶わない。

 足音が近づいてくる。

 部屋に入ってきた医者と目が合う。

「起きたか!」

 白髪混じりのおじさん医者だ。

「体調はどうだ?」

「……なんともありません」

「そうか。ああ、言い忘れていた。ここは王都中央病院。私は君の担当医、リターナーだ」

 彼によると、俺とユウナは道の真ん中で倒れているところを保護されたらしい。

 そしてそのままここに搬送、という感じだ。

「念の為に質問するが、君たちはナルフ村出身かい?」

「はい」

「……それは災難だったな」

「ナルフ村はどうなりました?」

 リターナーさんは一瞬逡巡する。

「滅びたよ。生存者は君たちだけだ」

「そう、ですか」

 夢ではなかったのだと、認識する。

 まだ大事なものを失った実感はない。悲しむべきなのだろうか。

「ところで、今は何日ですか?」

「今は五月二十二日だ。丸一日寝ていたね」

 うん、と横から声が聞こえる。

 部屋には俺とリターナーさんしかいない。

 ということは、

「ユウナ?」

 妹の上体が起き上がる。

「お兄ちゃん、ここは?」

「病院だとさ。王都の」

「へえ……っじゃあ私達……!」

「生き残れたんだな」

 声に出すと、そのことを改めて実感する。

「おはよう。私は君達の担当医、リターナーだ」

「よろしくお願いします。ところで村は、ナルフ村はどうなりましたか?」

 リターナーさんは、俺にしたのと同じ回答をする。

 話を聞いて、ユウナはしばらく黙ったままでいた。

「すいません。しばらく二人きりにしてくれますか?」

「ああ」

 リターナーさんは察し、素早く部屋を去る。

「お兄ちゃん」

 呼びかけに応じ、ユウナのベッド横まで移動する。椅子に腰掛ける。

 俺の胸に、彼女は頭を預ける。

 そして泣きじゃくった。

 多分ぐちゃぐちゃな感情が渦巻いているはずだ。得られたもの、失ったものは十三歳の少女には重すぎる。

 頭を撫でやる。

 ユウナは長いこと泣いて頭を離し、ごめんね、と告げる。

 大丈夫だ、と答えてやる。

 ユウナの目は赤く腫れ、俺の服は涙と鼻水でびちょびちょだ。

 ちょうどその時、部屋にリターナーさんが入ってくる。外で聞いていたに違いない。

「退院後の話をしたいんだけど、いいかな?……その前にウィル君は服を着替えようか」


 ということがあった。

 あの後は宿に一泊して、ギルドに来た。

「そうか、なるほどな」

 ギルド長は書類を見ながら頷く。

 ギルド長は恰幅が良く、髭を長く伸ばしている。考えている最中はあご髭をさする癖があるらしい。

「話を聞かせてくれてありがとう。助かったよ。今後も呼ぶことがあるかもしれないが、その時は極力来て欲しい」

「分かりました」

 ギルド長が秘書に命じ、書類を片付かせる。

「さて、僕から君達に提案をしたい」

「提案……得をしますか?」

「もちろんだ」

 俺は話を聞くことにする。ユウナにも確認はとった。

「君達にギルドに所属してもらいたい」

「メリットは何ですか?」

「ギルドに所属する際に作るギルドカード、これは身分証明書になる」

「身分証明書は役所で貰えるんじゃないんですか?」

「もちろん貰える。が、かなり面倒だ。特に君達は郊外の村から王都にやってきたから、手続きが複雑になる」

 考える。

 メリットとしては、まあまあか。面倒になっただけで、役所でもらうこともできる。わざわざギルドカードで代用する必要はあまりなさそうだ。

「そして、ギルドに所属していれば、ギルドの寮を条件付きで無料で借りることができる。衣食住のうち食と住は安定するはずだ」

 これはかなり魅力的だ。

 今俺とユウナは住所がない。宿に泊まってもいいが、どうしても金はかかる。それを条件付きとはいえ、無料で部屋を確保できるとなると、かなり生活に余裕が出てくる。

「その条件ってなんですか?」

 ここまで沈黙を貫いていたユウナが口を開く。

「難しいものじゃない。依頼を五つほど期間内にこなしてもらえればいい」

「依頼って?」

「魔物討伐や薬草採取などなどだ。ああ、もちろん薬草採取などの危険性の低い依頼だけをこなしているからといって、寮から追い出すことはしない。とにかく五つほど依頼をこなせばいいんだ」

 ハードルも低そうだ。話を聞く度に魅力的な提案に思えてくる。誘導されている気はするが。

 どうする、と視線で問いかける。

 首を縦に振ってくれる。

「分かりました。提案を呑みましょう」

「おお、そうか。では早速ギルドカードを作りに行こうか」

 全員立ち上がる。

 秘書の人がギルド長室の扉を開けてくれる。

 ギルド長、俺、ユウナ、秘書の順で階下に降りる。

「誘導しましたよね」

 ギルド長の耳元で囁やく。

「ばれたか」

 軽い口調で返される。

「どうしてですか?」

「冒険者の数を増やしたかった。ただそれだけだよ」

 はぐらかされた気がしたが、これ以上質問はできなかった。

 ギルドの一階についたからだ。ここで作るらしい。

 一階はギルド長室とは雰囲気が打って変わって騒がしい。

 昼間だというのに、多くの冒険者が詰めかけ、依頼の受注や報告をしたり、酒場で酒を飲んでいる。

 横目に見ながらギルド長についていく。

「ここだ」

 着いたのは受付の一画だった。

「すまないが、二人分用意してくれ」

 女性職員が奥から紙を二枚持ってくる。

「これに必要事項を書いてくれ」

 ペンで名前や姓、年齢等々個人情報を書いていく。

 数分で書き終わったので、女性職員に渡す。

「後はギルドカードができるのを待つだけだ」

 奥の方で何やら大きな機械が動いているが、詳しくは見えない。

 時間はさほどかからず、ギルドカードが完成した。

 鉄のプレートに色々と書かれている。

「ドッグタグみたいですね」

「元々はそれだからな。昔ギルドが配っていたものを参考にしたんだ」

 雑学を一つ知った。

「さて、身分証明書も手に入れたことだし、寮に行こうか」

 その時、騒々しいギルド内に鋭く響く声が放たれる。

「ちょっと待った!」

 声の主は一階の真ん中にある椅子に座っている、ローブを着ている人だ。フードで顔は見えない。だが、視線はしっかりと俺たちを捉えている。

「誰だ」

 ギルド長が問いかける。

「私が分からないか?」

 得意げな様子でローブを着た人は答える。

 これだけの会話で、ギルド長は正体がわかったらしく、困った顔をしている。

「要件は」

 聞かれ、その人はフードを払いながら、高らかに宣言した。


「そこの子供二人を私が預かろう!」




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