第2話.同窓会

 会場には、すでに多くの人がいてザワザワとしていた。色んなところから、久しぶりに顔を合わせた同級生たちが感嘆の声を上げているのが聞こえる。


 普段は結婚式の披露宴に使われるのか、ちょっとしたステージにいくつも円形のテーブルが置いてあった。すでに来ていた連中が仲の良い者同士で、それらのテーブルを囲んでいる。


 ざっと見渡した感じでは美咲の姿はない。不参加なのか、まだ来ていないのかは分からない。


 キョロキョロと警戒しながら会場を奥に進んでいくと、不意に一番奥のテーブルから声を掛けられた。


「ノリー! こっちこっち!!」


 俺は名前の『紀之のりゆき』から、中学時代の同級生からはノリと呼ばれている。


「おー、ヤスー! ひさしぶりー!」


 差し出された手をガッと強く握りしめ、そして抱き合う。


 ヤスとは小学校からの付き合いで親友とも言える存在。よくお互いの家で遊んだし、二人で自転車旅行と称して遠くの街まで行ったりしたこともあった。


 ヤスがいるテーブルには中学時代によく一緒につるんでいたメンバーが集まっている。全員と同じように熱い抱擁を交わす。


 ただ、実を言うと、みんなと最後に会ったのは去年の正月なので、そこまで久しぶりでもなかったりする。でも、やはり気の合う仲間と会うのはいい。


「おまえ一人で来たのか?」


「いや。兄ちゃんに送ってもらってさ」


「なんだ。てっきり葉山と来るもんだと思ってたよ」


 そうか。俺たちが別れたことは言ってなかったな。しかし、美咲が結婚する話は知らないのかなぁ。


「ハハッ、そっか」


 俺は、色々聞かれるのが面倒だったので適当に誤魔化した。まぁ、聞かれても何か言えるほどの話もなかったりするが。


 しばらく仲間たちとお互いに近況報告をしていると、突然会場が暗転した。そして、ステージにスポットライトが当てられる。


 最初に幹事の挨拶から始まり、来られた先生たちの紹介と、代表して学年主任だった山脇先生が挨拶を行った。先生たちも変わらず元気なようで安心する。


 その後は再び歓談となった。


 会場に美咲がいるのか分からなかったが、俺はできるだけ今いるテーブルから動かなかった。不用意に動いて彼女と遭遇するのは困る。


 しかし、時間が経つにつれ各テーブルとも仲が良かったメンバーから、部活や生徒会などの顔ぶれに変わっていく。


 俺はヤスが部長だった野球部の連中に押し出される形でテーブルを離れた。


 そして、飲み物を取りに行ったところで、ついに鉢合わせてしまった。


「紀之!? なんとなく声がするなぁと思ってたけど、やっぱり来てたんだ」


「よ、よう、美咲。久しぶりだな」


 彼女は別れる前と変わらない様子だった。気まずそうな感じはなく、やはり結婚が決まっていると心に余裕があるのかもしれない。


「来るなら連絡してくれればよかったのに……」


 なんだ? 別れた彼氏は友達ってか? そういうタイプ? ……ある意味、美咲らしいと言えばらしいか。


「いや、まぁ」


 彼女の態度に対し、結婚話に動揺している自分の情けなさが際立っていた。


「ねぇ、あっちのテーブルに陸上部が集まってるから紀之も行かない?」


「いや、俺は……、まだ先生たちに挨拶してないから、まずはそっちに行こうかなって」


「そっか。じゃあ、あとでね」


「うん……」


 正直、俺は美咲と一緒にいたくなかった。まだ、平気な顔で「結婚おめでとう」なんて言える気持ちじゃない。


 先生たちと長々と話をした後、トイレに行って戻ったところで、幹事から閉会を告げるアナウンスがあった。


 結局、俺は美咲がいる陸上部のテーブルには行かなかった。


 幹事の締めの言葉と一本締めの後、俺は酔ったふりしてこっそり会場を抜け出した。


 隠れるようにエントランスのソファーに座っていると、ヤスたちが会場から出てきたのが見えた。


「あれ? ノリ! 姿が見えないと思ってたけど」


「ちょっと酔ったんで、ここで休んでたんだよ」


「大丈夫か?」


「ああ、もう大丈夫」


「そっか。で、この後ノリはどうする? 俺らと二次会に行く? それとも葉山と?」


「もちろん、お前らと行くよ」


「いいのか?」


 ヤスは少し心配そうな顔をした。昔からこうして俺たちのことを気に掛けてくれることが多い。まぁ、ただ単に美咲のことが怖いだけという話もあるが。


「いいんだよ」


「まぁ、葉山とは明日とかに会うんだろ?」


「……まあな」


 美咲に見つからないうちに、すぐにヤスたちと二次会の居酒屋に向かった。


 このまま逃げ切れる、お祝いの言葉はいつか言えばいい、そう思ったところで……。


「紀之!」


 恐る恐る振り向くと怒り顔の美咲。


 あっちゃー。


 俺は逃走の失敗を悟り、天を仰ぎながら手で顔をぬぐった。


「待ってたのに、結局こっちに来なかったじゃない!!」


 彼女は眉間に皺を寄せズンズンと俺たちに近づいてくる。


「安本くん、ちょっと紀之を借りるわね!」


「あ、ああ。……どうぞ」


 彼女の圧に押されたヤスたちは、俺を残しておずおずと去っていった。


 くそっ。裏切り者め。


「紀之。色々と話したいことがあるから、ちょっとくらい付き合ってよ」


 怒り顔だが上目遣いの瞳は潤んでいる。


 きっと結婚の報告をされるのだろう。そんな話は別に聞きたくもないが、逃げていても仕方がない。


「ああ。わかった」


 俺は腹をくくり、彼女と話をすることにした。

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