最終話:新たな野望

「……はっ!」


 神那先は目を覚ました途端に飛び起きた。


「起きたか」


「こ……ここは……僕は一体……?」


「落ち着け。ここはあのビルの中だ。とりあえず移動はしているがな」


 今いるのは戦いを繰り広げた廃ビルの4階、凶龍連合が居住区として使っているエリアだ。

 戦いの決着がついてからまだ2時間と経っていない。


 倒れた神那先を4階まで運び上げてから諸々の用事を済ませていたらこんな時間になっていた。


 盛大に暴れまわっていたが警察ややじ馬が来る様子はなかった。


 人通りから離れた場所だし神那先の張った結界が効いていたのだろう。


 油断なく辺りを窺っていたいた神那先はやがて不審そうにこちらに眼差しを向けてきた。


「……僕を殺さなかったのか」


「殺す?何故そんな無駄なことを?」


「……僕は殺すにすら値しないというのか……」


 神那先の手が怒りに震えている。


「いや、こいつとの約束でお前を殺すわけにはいかなかっただけだ」


 そう言って神那先の手元にエレンシアを放り投げる。


「……この猫は……女神エレンシアか」


「その女神に感謝するんだな。お前が今も生きながらえているのはそいつのおかげなんだからな」


「ふざけるな!敵に負けたうえに命まで助けられて何が嬉しいものか!こんな恥辱を受けるくらいなら死んだ方がマシだ!」


 神那先が吠える。


 なんでこいつはこんなに死にたがっているんだ。


 敗北するくらいなら死を選んだという日本の武士を真似しているのか?


「ずいぶんと死にたがっているようだが、こちらとしてはお前に死なれては困るという事情もあるんでな」


「なに?」


「お前の魂はエルティアと結びついている。つまりお前が死ねばエルティアも死ぬことになる。それだけは避けなくてはならないんでな」


 あの場にいた3名が揃ってこの世界に飛ばされてきたのは偶然ではないはずだ。


 だとすると帰るのにも3名必要になる可能性がある。


 不本意だがそれがはっきりするまではエレンシアもエルティアも死なせるわけにはいかない。


「どういうことだ?何故魔王であるお前が勇者の命を気にかけるんだ」


「それはお前には関係ないことだ」


「……そうか……それなら……ここで僕が死ぬことはお前にとって不利益となるということだな!」


 そう言うと神那先は突然飛び起きた。


 部屋の隅にあるロッカーに駆け寄ると中から1本のナイフを取り出した。



「馬鹿め!このビルはいつ襲撃を受けてもいいように至る所に武器が隠してあるんだ!僕の躯の前で悔しがるがいい!」


 叫ぶなり首元にナイフを突き立てる。


「無駄なことを」


 実のところ神那先がそういう行動に出るだろうということはわかっていた。


 それでも止めなかったのは……


 必要がなかったからだ。


「な、何故だ!」


 首元にナイフを押しつけながら神那先が叫ぶ。


「なんで体が言うことを聞かないんだ!」


 ナイフの切っ先は首元からピクリとも動こうとしない。


「貴様!僕の体に何かしたのか!」


「したとも。というか、気付いていないのか?」


「どういうことだ!」


「口で言うよりも自分の体を見た方が早いぞ」


 ベッドに転がっていた手鏡を神那先に放り投げる。


「……な、なんだ!これは!」


 鏡を見た神那先の絶叫が部屋に響き渡る。


「なんで……


 そう叫ぶ神那先のほっそりとした首と肩に膨らんだ胸、すらりと伸びる脚はまさに女性そのものだ。


 元が優男だっただけに女性の姿になっても全く違和感がない。


 というかこちらの方が自然に思えるくらいだ。


「どういうことだ!これは!なんで……なんで僕が女なんかに……!説明しろ!」


 神那先が胸ぐらを掴んできた。


「お前の魂と勇者の魂を分離しようとしたんだが上手くいかなくてな。だからひとまずそれは諦めてその肉体における勇者の魂の優先度を上げることにしたんだ。お前に勝手なことをされては困るんでな」


「そ、それのどこがこの体と関係あるんだ!なぜ僕を女にした!」


「だから言っているだろう、優先度を上げるためだと。肉体と魂は相互に影響を与え合っている。つまり肉体を女にすることで勇者の魂の影響力を高くしたというわけだ。勇者エルティアはあっちの世界で女だったからな」


「そ……そんな……馬鹿な!」


「だからもはやお前の肉体はお前だけのものではないということだ。そしていつでも魂を切り替えられる。こういう風にな」


 指を鳴らすと糸が切れたようにカクンと神那先の頭が落ちた。


 すぐに頭を上げた神那先がこちらを睨み付ける。


 その眼付きは過去に何度も見てきたことがある。


 勇者エルティアの眼差しだ。


「……あなたに助けられるのは不本意ですが、仕方がありません。今はお礼を言っておきます。それにしても意外ですね……魔王と呼ばれたあなたがこの世界では悪漢を誅するなんて。どういう心境の変化なのですか?もしや人の姿になったことで正義の心に目覚めたのですか?」


「そんなことがあるものか。目の前に立ちはだかってきたから払いのけたまでだ」


 まあ思いのほか手こずったのは予想外だったが。


 俺の言葉にエルティアが大きくため息をつく。


「そうでしょうね。あなたならそういうと思っていました。少しでも期待した私が愚かでした。ともあれ彼らをこのままにしてはおけないでしょう。この世界の司法機関に連絡しなくては」


「は?なんでそんなことをしなくちゃいけないんだ」


 その言葉にエルティアが目を丸くする。


「な、なんでとはなんですか!あなたが倒したのは無辜の人々を恐怖に陥れていた悪党なのですよ!野放しにしておけるわけがないでしょう!」


「それはこちらに関係のないことだ。それよりもせっかくこれだけの駒を手に入れたんだぞ。わざわざ手放す理由がどこにある。それにこいつらは今後必要になってくるだろうしな」


 この世界に魔法と似た力が存在していたのは意外だったが僥倖とも言えた。


 それはつまり今後元の世界に戻れる可能性を示しているからだ。


 しかしそのためには調査が必要になってくる。


 おそらくそれは長期間に渡るだろうし労力もかかるはず。


 だったら使える駒は多ければ多いほどいい。


「勇者、お前にも協力してもらうからな」


「きょ、協力?」


「そうとも、お前は元々こいつらを管理していたんだ。それを今後も続けてもらう」


「ゆ、勇者である私がそんなことできるわけないでしょうが!」


 エルティアが食ってかかってきた。


「わ、私が悪党どもの頭領?ぶ、侮辱するのもいい加減にしなさい!」


「侮辱も何も体の持ち主がそうだったんだからいいだろう。なに、前の世界では何千何万もの兵士たちを引き連れていたんだ、このくらいの人数は余裕だろう」


「そういう話ではありません!……ああ、もう!やはりあなたとはわかりあえないようです!」


 エルティアは大きく飛び退ると床に放置してあった聖剣グランセーバーを拾い上げて身構えた。


「あなたはやはり私の敵です。今は倒せなくともいずれ力を付けて必ずあなたを討伐します。それまで首を洗って待っていなさい!」


「……相変わらず学習能力がないな」


 再び指を鳴らすとエルティアは力なく崩れ落ちた。


「言っただろう、いつでも意識を切り替えられると」


「……つまり僕は……いや僕たち2人の生殺与奪権は君に握られているということか」


 顔を上げたエルティア、ではなく神那先が苦々しく呟く。


「そういうことだ。お前は勇者よりも理解が早いようだ」


「……それで、君は僕に何をやらせようというんだ」


 その言葉にはどこか肩の力が抜けたような、安堵の響きが籠っていた。


「ずいぶんと素直じゃないか。プライドの高いお前のことだからもっと抵抗すると思ったぞ」

「別に……抵抗しても無駄ならしないだけの話さ。それに魔王で君がこの世界で何をするのか見たくなったというのもあるかな。言ってみれば知的好奇心さ。この体だって考えようによっては僕の新たな可能性を開いてくれたと言えるかもしれない。だったらその状況を楽しまなきゃ損ってものだろ?」


 そう言って神那先がこちらを見つめてきた。


「だがこれだけは忘れないことだ。僕の肉体を支配したとしてもこころまで支配することはできないと。もし一瞬でも隙を見せたら僕は容赦なく君を殺す」


「そうでなくてはな。必要なのは操り人形じゃない、明確な意思を持って動く兵隊だ。殺せるならいつでもそうするがいい。だがそれまではしっかり働いてもらうぞ。そのためにこれはお前が管理していろ」


 そう言うと床に落ちていた聖剣グランセーバーを拾い上げて神那先に渡した。


 神那先が驚いたように目を見開く。


「いいのかい」


「それは勇者出なくては使えない。俺が持っていてもただのガラクタだからな。それに今後はもっと必要になっていくだろう」


「……魔王、君は何をしようというんだ」


「そうだな、まずはこの世界の魔法について知る必要がある。差し当たってはお前がいた家とやらに案内してもらおうか。この世界の魔法を使える家系なのだろう?」


「……本気で言ってるのかい。僕の実家……神那先家は人の形をした魍魎たちが巣食う伏魔殿だよ。能力こそ僕に及ばなくても権謀術数では太刀打ちできないような連中がゴロゴロいるんだ、魔王である君でもただでは済まないぞ」


「それこそ望むところだ」


 そう言ってシーツ代わりに使われていた暗幕を拾い上げた。


「今の俺に必要なのは強者の存在だ。ぬるま湯に浸かってばかりでは体も魂も冷えてしまうからな」


 破り捨てたシャツの代りに暗幕を羽織る。


「行くぞ、まずはこの国の魔導士どもを全て支配下に置く。そしていずれはこの世界を我がものにしてやる」


「ふ……どうやら凶龍連合で遊んでいるよりも退屈しないで済みそうだね」


 神那先が軽く微笑んで傍らにやってきた。


「見せてもらうとしようか。魔王が進む道を」


「楽しみにしておくんだな」


 俺たちは並んでドアへと向かっていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


ご愛読ありがとうございます!これにて終了です!


本来はもっと早く終わるつもりでしたが思いのほか長くなりました。


何とか年内に終わらせることが出来て良かった……


それではまた、次回作にてお会いしましょう。

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陰キャに転生した魔王は現実世界で無双する 海道一人 @kaidou_kazuto

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